『余白に棲む』の中では、『未来の本』に次いで時間のかかった作品でございます。
あれは純粋に次の展開をどうしよう……と考え悩んで時間のかかった作品ですが、この『媼呑迦様』は結末——と言いますか、村上がどうなるのか、また媼呑迦様は一体何なのか、が既に決まってから執筆し始めたものでございました。けれども、宗教というものを取り上げる、しかもその宗教が邪教じみているとくれば、様々な信仰をお持ちの方々に配慮せねば、などと考えたりし……。けれども、私自身が信心深くないもので(「僕」と同じように、葬式が仏式なのでうちは仏教なのだろう、程度です)、どこまで書いて良いものやら、と頭を悩ませたわけでした。
結果、これは飽くまでも創作、フィクションなわけですから、あまり考えすぎて面白くなくなってしまっても良くないかと思い、割合好きなように書いた次第でございます。
この神様、かのクトゥルフ神話に多大なる影響を受けながら、「こんな神様いそう~~~!」とノリノリで書いたものでございます。
探索者たちが行方不明事件を解き明かすためにこの施設に侵入し、未知との遭遇を果たす……なんて、とても楽しそうですね。
良心的な新興宗教、友好的な信者たち。少し違和感はあれど、理解はできる教義内容。
だからこそ、信者たちの目指す「人間からの脱却」の意味と「壁一面の顔写真」が繋がった時、得も言われぬ不気味さを感じられるのではないでしょうか。
けれど、信者たちにしてみればそれは祝福すべきことであり、羨ましいことである。人間からの脱却が、救いであると信じて疑わない。それが一体どういうことなのか、理解しているわけでもないのに。
ぜひ、「僕」と一緒に傍観者として新興宗教の合宿に参加しにきたような気持ちで楽しんでいただければ幸いです。