パソコンのデータ整理をしていたら見つけたものです。
かなり昔、それこそ忘れてたくらいの頃に書いたことがあった作品です。
自分こんな感じで若干シリアス?な百合ものを書いてましたわ(笑)
↓以下から始まり
仕事終わりの夜、私は賑やかな繁華街を通り抜けながら住んでいるアパートへと向かう。夜とは言え腐っても都会の繁華街だ。まだまだ熱気は冷めることなく、これからまだ飲みに行こうと声高に話す若者たち、肩を組み合いながら既に出来上がっている中年のおじさんたち、そんな男性たちを客引きするお店の女性など様々だ。
正直な話、地元から訳あって上京してきた私にとっては五月蠅い環境だが時間というものは不思議で、数年前まで田舎者だった私もとっくにこの騒がしさに慣れてしまっていた。上京して暫くはこの騒がしさが脳裏に残って寝不足に悩まされたりもしたのだが、今となっては傍で怒鳴り散らす人が居たとしても寝てしまえる自信がある。まあこれは極端だろうけれど、それほどに疲れる仕事をしているからというのも理由の一つだ。
「……もうすぐ加奈の誕生日だっけ。そのうちプレゼントを買っておかないと」
加奈というのは私が生んだ子で、今年で七歳になる女の子だ。普段私は家におらず、今日のように夜遅くなることも多くて加奈には寂しい思いをさせていると思う。もう少しどうにかしたいと考えるのだけど、今やっている仕事が体への負担が大きいもののそれなりの収入があるため娘を不自由なく生活させられているというのが大きく、他の仕事をしようという踏ん切りが付かないのだ。
「……はぁ」
思わず大きな溜息が出た。
今やっている仕事は体への負担が大きい、それが示すように私が二十代後半に差し掛かろうかという今になって疲れが取れない日も多い。しかし今の仕事で私が使ってもらえるのはまだ若いとされる二十代だからこそだ。だから今のうちに出来るだけ稼いでおきたいのだ。もし体を壊すようなことがあっても、せめて娘がしっかり学校の教育を受けられるくらいのお金があれば私は安心できるから。
仕事で辛いことがあっても脳裏に描く娘の笑顔、それがあるからこそ私は辛くても頑張れる。本当に娘という存在は凄い。世の中の母親や父親が子供のことを宝物というのも大いに頷ける。
「よっしゃハシゴいくど~!」
「マジで? 俺もうお金ないんだけど」
「俺の会社ボーナス出たからおごったるわい!」
「いいのかよ!? ゴチになります!!」
……元気だなぁ。
すれ違った同い年くらいの男性たちの会話に思わず苦笑いを零す。思えば数十年前、それこそ学生だった頃は私を含めた友人たちも同じくらいに騒がしかった気がする。私を含めた女四人の集まり、高校を卒業してからは会うこともなくなったけどあの時は本当に楽しかった。
「……あぁ駄目だ駄目だ。ネガティブ思考禁止!」
楽しかったが同時に過ちを犯した高校生活を思い出すことを止めるようにブルブルと頭を振るう。そんな中、ビルに設置されたモニターがとある映像を映していた。
『今回のゲストはこの方! 二十二歳という若さで起業し、大成功を収めた若きカリスマ女社長――紫藤優奈さんです!』
番組MCに呼ばれ現れたのは美しい女性だった。
紫藤優奈、二十二歳で起業し大成功した女社長である。モデル顔負けの美貌、鋭い眼光を思わせる目付きをしているが口を開けば思いやりに溢れた優しさを感じられるということでギャップに惹かれる人も多いとか。現に彼女はSNSをやっているがどこのアイドルのファンなんだと言いたくなるようなフォロワーも居たりする。
『みなさんこんばんは。紫藤優奈です。今日は――』
画面から聞こえてきた“懐かしい”声から遠ざかるように私は足早に帰路に着いた。繁華街を出れば若干薄暗い街並みが広がる。勝手知ったる道を通り抜け、ようやく私はアパートへと辿り着いた。自分が住む部屋に向かう前に、娘を迎えに行くため大家さんの部屋に向かう。インターホンを押して少しすると、バタバタと走る音が聞こえてきた。
これは少しドアから離れておかないといけないかな、そう思って身構えた私の判断は正しかった。
「お母さんおかえりなさい!!」
そう言ってミサイルのように飛び出してきたのが我が娘の加奈である。ズドーンは言い過ぎだが結構な威力を伴った加奈の体当たりは疲れた体にそこそこ効く。若干後ろによろめいたが何とか加奈を受け止めた私はよしよしと頭を撫でた。
「ただいま加奈。お利口さんに出来た?」
「うん! 算数の宿題も終わったの! 褒めて褒めて!」
「そうなの。えらいわね加奈」
「えへへ」
にへらと笑って私のお腹に頭をグリグリする加奈に愛しさがこれでもかと溢れてくる。本当にどうして私からこんなにいい子が生まれたのか果てしなく疑問ではあるが、自分の子供が良い子に育ってくれることに喜ばない親は居ないだろう。
加奈とそうやって親子の触れ合いをしていると、大家さんも出てきて声を掛けてきた。
「おかえりなさい。加奈ちゃんとてもいい子にしてましたよ」
「みたいですね。本当にすみません大家さん。いつも加奈を預かっていただきまして」
「気にしないで。少しでも貴女たちの力になりたいの。いつでも頼ってちょうだい」
「……はい。ありがとうございます」
大家さんの優しさに思わず涙が出そうになる。駄目だな、年を取ると涙脆くなるというのは嘘ではないらしい……まだ二十七だけど。
「加奈、荷物を取ってきなさい」
「は~い!」
元気に返事をして荷物を取りに戻る娘が可愛い。それが表情に出てたのか大家さんがクスッと笑ったのを見て頬が熱くなった。しかし、大家さんはすぐに真剣な表情になって私に近づいてきた。
「少し顔色が悪いわね。大丈夫?」
……大家さんは良い人だ。でも、この勘の良さが時々恨めしく思うこともある。
「大丈夫です。あの子の為なら私はまだ頑張れます」
「……そう」
大家さんは優しい人でよく私の体調の変化にも気づく。以前話をする機会があったけれど、大家さんは私のことを娘のように思ってくれているらしい。反対に私も上京してからここにお世話になっていることから、実のお母さんのように慕っている部分も少なからずある。だからこそ、こうして体調の変化に気づいてくれるのはとても嬉しい……嬉しいけれど、その優しさを少し辛く感じることもあるのだ。体調についてあまり詮索してほしくないことを大家さんも分かっていることだろう。だからこそ、大家さんはこれ以上私に追及することはない。
「本当に辛くなったら言うのよ? 絶対に力になるからね」
「はい。その時はお願いしますね」
これで仕事に関する話はお終いだ。
それから荷物を纏めた加奈を連れて自宅でもある部屋に帰った。電気を付けて私自身の荷物を置いて簡単に夕食の準備をする。加奈はもう大家さんの所でお風呂もご飯を済ませてあるから用意するのは私だけでいい。
「加奈? 眠かったら先に寝てもいいのよ?」
「だいじょ~ぶ。お母さんが布団に来るまで起きてるも~ん」
「……本当にこの子は」
……良い子過ぎて辛い。
待ってくれている加奈のためにもと思ってテキパキと夕食の準備を終わらせた。夕食を食べる中、加奈が静かになっているので寝てるのかなと思ったけど、どうやらテレビに夢中になっているようだった。加奈が見ているのは最近始まったドラマで弁護士モノだが、昨今超人気のある女優が主演を務めていることもありこのドラマの視聴率は凄いらしい。
「……刹那ちゃん。カッコいい」
「……………」
加奈が口にした刹那とはおそらく、久代刹那のことだろう。彼女は大学を卒業してから本格的に女優業に取り組み始め、瞬く間に人気女優へと上り詰めた。女優として有名な俳優とそう言ったシーンを撮ることもあり、彼女に対する女性のアンチが多いというのも有名な話だ。とはいえ彼女の演技は共演者はもちろん、視聴者も見惚れてしまうほどのものであり、SNSなどで彼女の悪口を言おうものならファンから袋叩きに遭うことも少なくないとか。SNSって怖いね。
とまあこのように久代刹那について説明したが、昨今超人気の女優というのが彼女なのだ。
「加奈は刹那ちゃんが好きなの?」
「うん! あぁでもでも! お母さんの方が好きだよ!」
「……ああもう! 私も好きよ加奈。ぎゅ~!」
「ぎゅ~!」
加奈を抱きしめてナデナデしていると、加奈は眠いのかコクリコクリとしだした。加奈を布団に乗せてリズムを刻むように枕元をトントンとしていたら、すぐに加奈は眠りに就いてすぅすぅと寝息を立て始めた。
「……ふふ」
こういうところはまだまだ子供だなぁなんて、当たり前のことを考えてしまう。加奈が起きないようにゆっくり上体を起こしてお風呂に向かう。シャワーを浴び、体と髪を洗って湯船に浸かった。本来ならもう少し浸かっていたかったのだけれど、疲れがあるのか私も眠くなってしまった。
風呂から上がり寝間着に着替え終え加奈の元に戻ると、少し体勢が変わっているが起きた様子はない。少し蹴り飛ばした掛け布団を元に戻しテレビに視線を向けると、どうやら久代刹那が出ていた番組は終わったらしくスポーツドリンクのCMをやっていた。
『運動の後にはこれ! 失った水分をしっかり補給しよう!』
そう言っているのはこのCMに起用されたグラビアアイドルの子だ。名前は本条真白と言って、これまた今時超人気のグラドルである。清楚な見た目なのだが、それに反比例するかのように暴力的な二つの胸が特に印象的な子だ。この子もこの子でグラドルの宿命とも言うべきか、結構ビッチだとか何だとか言われているらしい。本人のことを何も知らないくせに好き勝手なことを言うなって感じだけど、基本SNSなんてものはそういうものだから仕方ない。
本条真白の出ていたCMが終わり、全く興味のない番組が始まったことでテレビを消した。部屋の電気も消そうと立ち上がりスイッチの元に向かった私は棚に置かれた一枚の写真に目を向けた。
「……かつて失った青春の一枚か」
自虐的な笑みが思わず零れた。
間違いなく私にとって一番人生が輝いていた時の写真だ。写真には四人の女の子が写っており、真ん中に映る活発そうな女の子の腕を抱くように両サイドに女の子が、そして後ろから真ん中の子に抱き着くようにして最後の女の子が写っている。
四人の女の子はみんな楽しそうで、その瞳には未来に対する希望のようなものがキラキラと映っているようにも見えた。
「……寝よう」
写真を裏向きにして棚に戻し、加奈の横に私も横になった。
加奈の頬に手を当てると柔らかい感触が伝わる。
「おかあ……さん……すぅ……すぅ……」
小さな寝言を聞いて思わず頭を撫でる。
今の私にはこの子だけ、この子を守るために私は頑張るんだ。
小さな愛おしい娘、何よりも大切な存在を傍に感じながら、いつの間にか私も眠りに就くのだった。
「……よ……もよ」
……? 何? 誰か呼んでる?
「ともよ……智代!!」
「うわひゃい!?」
いきなり耳元で名前を呼ばれて私は飛び起きた。
一体何だと声の在り処に視線を向けると、そこに居たのはいかにもギャルと言った容姿の女の子だ。場所はいつも通っていた学校の教室である。
「全く、いきなりボーっとしてどうしたのよ」
「……ボーっとしてた? 私が?」
さっきまでこの子と話をしていたはずだけど、私はボーっとしていたのだろうか。言葉が続かない私を流石に心配に思ったのかその手を私の額に置く。
「熱は……ないわね。ねえ智代、本当に大丈夫?」
「……うん。大丈夫。ごめんね刹那」
「まあ何ともないのならいいわ」
そう言って再び椅子に座った彼女は刹那、フルネームは久代刹那といって高校からの同級生だ。最初はあまり話すこともなかったのだけれど、ひょんなことから意気投合して仲良くなった。学校に居る時も普段一緒だし、帰る時や休日遊ぶ時も一緒だったりとそれくらいの仲が良い子だ。
……って、別に忘れていたわけじゃないんだけど、刹那同様に親友と呼べる子は実はもう一人居る。ていうかさっきから横からジーっと穴が開きそうなくらいの視線を感じる。
「……えっと?」
ちょっと困惑気味にそちらに視線を向けると、一人の女の子が私を見て頬を膨らませていた。
「なんか私のこと忘れてなかった? ちょっとショックだよぉ」
「あはは……ごめんね。忘れてないよ真白」
この子は本条真白、刹那と同じく私の親友だ。長く艶のある黒髪が特徴で雰囲気からも大和撫子のような清楚さを感じさせるが、何を隠そう真白は巨乳だ。高校生でそれはありなのかと言ってしまいたいくらいに立派な物をお持ちである。清楚な中に隠された巨乳は周りの男子を大層悶々とさせているらしい。刹那同様に真白とも席が隣ということもあって話すようになり、気づけば刹那も交えて一緒にいる時間が当たり前のようになっていた。
「ならいいんだけど。それよりさ、二人とも放課後はどうする? 私、行きたいクレープ屋さんがあるんだけど」
そんな真白の提案に私と刹那は特に断ることもないため了承した。
「アンタ、そんな甘い物ばかり食べてると太るわよ?」
「大丈夫。刹那ちゃんと違って胸に栄養が行くからね!」
「はっ、てめえぶっ殺すぞ」
「や~ん助けて智代ちゃん!」
「智代を盾にするなこいつ!」
そうして私を間にして行われる不毛な争い。クラスの他の子たちに五月蠅くしてごめんねと目線で謝ると、みんながみんな別にいいよって感じで頷いてくれる。あぁいいクラスやなぁ。
「まあまあ刹那、抑えて抑えて。真白もあまり挑発しないの」
「……智代がそう言うなら」
「は~い」
こうしてすぐに収めてくれるあたり二人とも根はやさしいよね。まあ分かっていることだけど。そんなこんなで騒がしくしていると次の授業の先生が来たことで二人とも席に戻った。そうして授業が行われるわけだけど、どうしたことか私はあまり授業に集中できなかった。
(……何だろう。さっきの時間、何か夢みたいなものを見てた気がするんだけど)
考えても考えても答えは出ず結局最後までこのモヤモヤは解決できなかった。そうして音楽の授業の為の移動教室、その時に私は別クラスの闇を知ることになったのだ。
隣のクラスを横切る際に見えたもの、それは一人の女の子が多くの女子生徒に囲まれているものだった。根暗だの何だのと女の子を中傷するような言葉を周りの女子が口早に言っている。それに参加していない人たちは見て見ぬふりだ。誰も助けようとしないし止めようともしない。
「アイツらまたやってんのね」
「また?」
刹那がそう言ったことで私は気になり聞いてみると、刹那は頷いて教えてくれた。
「あの子、少し前からああやってイジメられてるらしいわ。先生もノータッチだし」
「……………」
「イジメなんてくだらないのにね。まあ、集団で生活する以上そういうことがあるのも仕方ないのかもしれないけどさ」
刹那の言葉を聞いていてもたっても居られなくなったのは私の悪い癖だ。テレビとかでたくさん目をしてきた。こういったイジメはよくあることで放置されるのが大半。そして最後には最悪の結末になるということも少なくない。
現にあの女の子……ちらっと表情が見えたけど、あの子の目は暗く濁っていた。もう今すぐにでも消えてしまいそうに私は見えてしまったんだ。だから――。
一歩、私は教室の中へと踏み出そうとすると、刹那と真白も付いてきてくれた。
「智代が行くなら私も行くよ。正直ああいうの見るとイラつくしさ」
「私も私も。流石に見過ごせないもんね」
頼れる二人が傍に居るって凄く心強い。
二人と一緒に教室に入ると、何事かと私たちに視線が多く集まる。中心で女の子を取り囲む女子たちは気づかないみたいで、一人の女の子が手を振り上げた。
「何とか言えって言ってんのよ!」
そう言って振り下ろした手は女の子を叩くことはなかった。
「はいは~いそこまで」
間に割って入った刹那がその腕を掴んだからだ。
俯いた女の子、取り囲んでいた女子たちはいきなりのことで呆然としていたけど、すぐに刹那に食って掛かろうとしたのだが、刹那の顔を確認するや否やその勢いを失くしていくのが見て取れた。
「……刹那ちゃん、普通に人殺しそうな顔してるね」
「うん。あれは怖いよね」
まあ刹那の場合その怖い顔もそうだけど、何より彼女の立場を考えれば敵に回さない方がいい。刹那は所謂クラスの中心的人物で、同学年はもちろん先輩や後輩も刹那を慕う人が多いのだ。そんな彼女を敵に回せば、これから先過ごしにくい学校生活が待っていることだろう。
とりあえずだ。
刹那が注目を受けている中、私は俯いたままの女の子の元へ。
「もう大丈夫だよ」
「……え?」
そう言って顔を上げた女の子の瞳はやっぱり暗く濁っていた。後どこかきつめの印象を与える目付きをしているのももしかしたら反感を受けた原因かもしれない。でも私はそんなのを帳消しにするくらい、この子はとても綺麗だと思ったんだ。
「か、風見さん……」
はい、風見智代さんですが何でしょうか。
ちらっと目を向けると、彼女たちは何故か罰の悪いような顔をして目を逸らす。刹那ならまだしもどうして私を見てそんな表情をするんだろうと気になっていると、真白がボソッと呟いた。
「クラスはもちろん、刹那ちゃんも纏める智代ちゃんだからね。敵に回したら終わりだもの」
「?」
「ふふ。なんでもないよ」
真白の意味深な笑みが気になるけどとりあえず置いておこう。
もう一度私はイジメられていた女の子を見つめてみると、彼女は茫然と私を見ていた。う~ん、根暗とか言われていたけどやっぱり綺麗だよねとっても。
「……凄く綺麗だと思うんだけどなぁ」
「っ!?」
「えっと……」
この子は誰だろうかと、机の右上に張られたネームカードを見る。
そこに書かれていた名前は紫藤優奈、そう書かれていた。
「優奈ちゃんか」
「……わたしの名前」
「うん。可愛い名前だね。優奈ちゃん自身は綺麗って感じだけど」
思えばこれが始まりだった。
何よりも輝いたと誰にでも自慢できる高校生活。
「ねえ優奈ちゃん、私と友達になってくれないかな?」
そんな一言で、私たちの新しい物語が始まった。
いつもと変わらない放課後だ。
刹那と真白、親友の二人と駄弁りながら帰路を歩く。でも、今日は一人いつもは居ない人が居た。
「勢いで引っ張ってきてごめんね? 大丈夫だった?」
「……う、うん。大丈夫です風見さん」
私たち三人からほんの少し離れてはいるけれど、しっかり付いてきてくれている女の子――紫藤優奈ちゃんだ。あれからの顛末を話すと、刹那も含め私や真白が優奈ちゃんのクラスの人たちと話をすることで、どうにか騒ぎは収まった。正直な話、最悪の事態にまで発展することはなかったけど、イジメという問題は根深く残る。反対に私たちが介入したことで優奈ちゃんに更なる矛先が向く心配もあったけど、流石の刹那と言うべきか冗談にならないくらいの勢いでリーダー格の女の子に釘を刺していたからたぶん大丈夫だと思う。
「まああれだけ言えば大丈夫っしょ。何かあったら言ってよ私たちに」
「うんうん。今度何かあったら刹那ちゃんが木刀でも振り回しながら助けに行くと思うよぉ?」
「そうそう助けに……って、木刀って何よ」
「ふふ、否定できないところが刹那らしいなぁ」
「智代も!? え? 私ってそういうキャラなの!?」
木刀は言い過ぎかもしれないけど、もし優奈ちゃんが集団に囲まれてイジメられていたら真っ先に飛び込んでいきそうだ。それこそ、昔に私や真白を守ってくれたみたいに。刹那は基本親しい人以外はそこまで気にしないけど、一度でもそれなりの関りを持ったなら気にしてくれる子だからね。
「……ありがとうございます」
消え入るような声だったけど、確かに私たちは優奈ちゃんのその言葉を聞いた。下を向いているから表情はよく見えないけれど、私たち三人にとってまずはそれだけで十分だった。二人と視線を合わせると笑みを浮かべながら頷いてくれる。
私は優奈ちゃんの隣に並び、鞄を持っていない方の手を優しく掴む。
「……あ」
優奈ちゃんは少し驚いたように私を見て、そして照れるようにまた下を向いた。その仕草があまりに可愛らしくて、私は握る手に少しだけ力を込めた。
「よ~し! じゃあ真白が言ってたクレープ屋さんにいこっか!」
「わ~い早くいこぉ!」
「……クレープ……カロリー……うぅ……」
少しだけ小走りに、甘い物を待ちきれない今時の女子高生のように。私たちはクレープ屋への道を急ぐのだった。その最中、私は優奈ちゃんにこんなことを言う。
「気づくのが遅れてごめんね? でも、もう大丈夫だから。これからは私たちが居る。突然のことで受け入れずらい部分もあるかもしれないけど、優奈ちゃんはもう私たちの友達だからね」
「……風見さん」
いきなりこんなことを告げたものだから優奈ちゃんの目には困惑の色がある。だけどそれでも伝えておきたかった。イジメられている場面を偶然見つけてしまったのが始まりだけど、だからこそ私たちは出会った……出会えたのだ。まだ優奈ちゃんの瞳は暗いままだけれど、いつかその瞳に光が戻るその日をどうか、私たちと共に迎えてほしいなって……私は誰に言うでもなく願うのだった。
「風見さんなんて他人行儀な呼び方やめようよ。智代でいいよ? 私も優奈ちゃんって呼んじゃってるしさ」
「……智代……ちゃん」
「うんうん! 優奈ちゃん♪」
「……っ~!」
あ、今度はもっと照れさせてしまった。
少しだけ勢い任せで急すぎたかなと思ったけど、嫌がられてもないみたいだし大丈夫そうかな。さて、そのように優奈ちゃんと名前呼びに関してやり取りしてたら他の二人の目にも入ってるわけで。刹那と真白も同じように優奈ちゃんに名前呼びをしてもらえることになるのだった。
クレープ屋に着き、各々が食べたいトッピングをしてもらって近くのベンチに座る。
「あむ! う~ん最高ぉ♪」
笑顔一杯にクレープを頬張る真白の顔を見ているとこっちまで幸せになるくらいだ。反対に刹那はカロリー云々を気にして一口目までが長かったけど、いざ食べてみたらパクパクと止まらなくなり、それに気づいてまた少し落ち込んでと忙しそう。
私はそんな二人を眺めながら優奈ちゃんと隣り合ってパクパクとクレープを食べる。
「う~ん美味しい♪ やっぱりクレープはチョコバナナに限るね。優奈ちゃんもそうおも――」
優奈ちゃんは私と同じトッピングだ。だからその感想を聞こうと思って優奈ちゃんに視線を向けた時、私は思わず動きを止めてしまったのだ。何故ならば、
「……ぐすっ……ひぐっ……!」
優奈ちゃんが泣いていたからだ。
止まることのない涙を流しながら、目を真っ赤にして泣き続ける姿に私はどんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。刹那と真白も気づいてこっちに視線を向けて来たけど、私と同じように優奈ちゃんにどんな言葉を掛ければいいのか分からないみたいだ。
周りの人もヒソヒソとこっちを見て