• SF
  • 異世界ファンタジー

第1話 この時を待ってたんだ

 この時を待ってたんだ
「やった!やっとだ!やっときた!」

 1年間この日を待っていた俺こと|須崎聡太《すざきそうた》は、眼の前にあるヘッドギアをベッドの上で高々と持ち上げていた。

 1週間前『Grand Magress Online(GMO)』の初回販売分に当選した旨のメールが届いてから、全てをこの日のために、そしてこの日から始まるGMOライフのために準備してきた。あとは1年前に落選したGMOβテストの情報をゲーム開始時間まで見直すくらいだ。

 1年前に1週間実施されたGMOのβテストでは、様々な職業を選ぶことができ、自由度も非常に高く、なにより目に映る全てのものが本物のようだと絶賛されていた。

 しかし唯一の欠点を挙げるとすれば、NPCとの会話に少し違和感があるといったもの。

 リアリティが増すと、どうしても少しの違和感が気になってしまう。そしてその違和感をなくすために、βテスト内でされたプレイヤー達の会話情報を元に、11ヶ月の間GMO世界を300倍速、つまり275年の間コミュニケーション能力向上のためだけにAIを学習させたわけだ。

「こういったAIの進化はどんどんしてほしいな」
 
 そんなGMOの275年の歴史は、進化したAIだけを残して今日の18時にリセットされる。俺達プレイヤーがこの世界に入る頃には、また新しくまっさらな状態で始まるのだ。

 このリセットがなければβテスターの何人かは伝説の新人冒険者などとして語り継がれていたかもしれない。

 本来GMOはβテストから1カ月後にそのまま正式リリースされる予定で、βテスター達にとってはデータがそのまま使えるという7日間の大幅なリードがあったはずだが、俺はβテスターではないし、そのアドバンテージが消えたとしても何も問題はない。むしろ全員横一列に並んでのスタートは俺にとってありがたいことだ。

 さて、そんなGMOのβテスト情報サイトは11ヶ月ぶりに栄えていた。やれ職業は戦士1択だの、魔法使いが最強だのというほぼ感想に近いものや、当時のGMO内の世界について細かく説明しているものもあった。

「1年待ったんだからしっかりと見ていこう」

 そのサイトの中でも気になるのは攻略情報だ。せっかくなら自分も攻略組になりたい。だが、よく読んでみるとその願いは叶いそうにないことに気付いた。

 職業最強ランキングや最強パーティー等、そのどれにも俺がなろうとしている召喚士が入っていなかったのだ。理由は簡単で、パーティー内をプレイヤーで埋めるのが1番強いから。

 召喚獣はどうしてもプレイヤーに比べて装備できるものが少なく、召喚獣に1枠割くのであれば、戦闘系職業のプレイヤーを入れる方が良い。

 また、ボスモンスターなどの特別な敵を倒したとしても、プレイヤーにしかドロップ品は落ちない。

 仮に召喚士1人とその召喚獣3体に、プレイヤー2人の計6人のパーティーで挑めば、召喚士1人とプレイヤー2人の3人にしかドロップ品は落ちない。

 その上装備やアイテムを召喚獣の分も用意しないといけないことを考えれば、召喚士が攻略最前線に居続けることの難しさは理解できただろう。

 更に言えば、召喚獣には装備やアイテム以外にもお金がかかる。プレイヤーがログアウトしてる間も召喚獣達は生き続けるのだ。

 ログアウト中に時間が止まったり、召喚獣を帰還させる等の方法は無い。あるとすれば召喚獣が倒された後放置しておけば、再召喚するまでは生活の面倒を見なくてもいいというものだが。

 そんなことをするならそもそも召喚士なんて選ばない。なので召喚獣達が過ごす宿や家にお金がかかることも考えると、どう考えても攻略には向かない。

 情報サイトでも当時強い召喚士は居たものの、召喚獣よりも召喚士本人の方が強かった等と言われる始末。

「正直あまり気分が良いものではないな」

 これは召喚獣と一緒にレベルを上げることを諦め、召喚士だけでレベル上げをしていたからだろう。その背景には召喚獣のAIの問題、つまり275年かけることになった意思疎通の問題なんかがあったに違いない。

 あとは召喚士のほとんどがスローライフ型であったことを考えると、もう自分で召喚士の道を開拓していくしかないと決心がついた。

 それに召喚士も悪い点ばかりでは無い。召喚獣に癒やされるのは勿論メリットの1つだが、ソロで冒険できることもメリットの1つだ。

 さっきの話だとプレイヤーで固める方が強いという話だったが、それはメンバーが揃えばの話。ある程度のレベルになった召喚士であればいつでもフルパーティーで召喚獣達と行動できる。

 それでも召喚士で攻略が難しいとなれば、1度スローライフに変えてもいいだろう。ゆっくりこの世界を楽しめばいい。なんせ1年も待ったのだから。

「そろそろゲーム開始の時間か」

 GMO正式リリースにより、現在SNSではスタートダッシュを切りたい者同士が、声を掛け合いパーティーを作っている。

「ま、ちょっと寂しい気もするけど俺には関係ないか」

 こんなことを呟いたが、少なくとも今はプレイヤーとパーティーを組むつもりは無い。そもそもプレイヤーと交流する気があれば召喚士は選ばず、攻略情報に書いてある職業から選んでいただろう。

 自分のことは1番自分が理解している。召喚士を選んだのも、自分のペースで誰にも邪魔されること無く楽しめるから。
 
「こんなにワクワクするのは久しぶりだなぁ」

 初めてMMOを遊んだのは小学生高学年の頃。あの頃は全てが新鮮で、毎日パソコンに向かって何時間も遊んでいた。いろんな思い出があるが、騙されてアイテムを奪われた時はめちゃくちゃ落ち込んだなぁ。

 多分仲間と冒険したいけど、騙されたくない、自分のペースで進みたいって想いが、俺を召喚士という職業にたどり着かせたんだろう。

「よし、始めよう」

 震える手でVR機材を被りベッドへと寝転んだ。睡眠は十分、食事もした。あとは時間に合わせて起動するだけだ。

 5、4、3、2、1、 起動

 起動の文字が見えてすぐに俺はGMOの世界に飛び込んだ。



『Grand Magress Onlineの世界へようこそ』

 機械的な女性の音声が流れる。

『キャラクター作成を行います。まずはお名前をお教えください。』

「とりあえず名前は『ソウタ』でいいな」

 偽名を使うか悩んだが、NPCにも名前を呼ばれることを考え自然に反応できる本名にした。

『次にキャラクターの身体のカスタムを行います』

 このゲームのキャラクターは現実世界の身体から逸脱した体型には出来ないようになっている。事前に送った個人情報や、現在着けているVR機材が調べた情報を下に、ある程度美化された状態でキャラクターが出てきた。

「自分の顔を綺麗にしてくれるなんてありがたいが、不思議なもんだな。身体もちょっと引き締まってるか? 変えるとすれば髪をちょっと茶色にするくらいかな。」

 顔を変えたりするのは面倒くさいし、どうせ人に会うこともあんまりなさそうだからいいかな。でも流石に髪色くらいは変えとかないと、下の名前もそのまま使ってるしね。

『では職業を選んで頂きます』

 さて、色んな職業があるがもうこっちは決めてるんでね。

「『召喚士』っと」

 よし、これでもう戻れなくなった。もし他の職業にしたいのであればまた新しく買い直さなければならない。

 運営としてはゲームであっても出来るだけやり直しはさせたくないのだろう。強いと言われるいくつかの職業だらけになっても面白さが半減するし。

 例外としてβテスター達はここで前回と違う職業を選べば、2つの職業を体験できることになる。まぁ多少の引き継ぎもあるため、ほとんどのβテスターは前と同じ職業だと思うが。全く羨ましいものだ。

『それでは召喚士のスキルを貴方に与えます。』

 そして授かったスキルは『召喚』のみ。少ないと思ったかもしれないが、どの職業も1つか2つしか貰えない。そしてこの世界ではスキルは自分で覚えていくものなのだ。まぁ例外はあるらしいが。

 しかしスキルを覚えると言っても本職の者には劣るだろうし、そもそも覚えられないものもある。召喚もその内の1つだ。

「そろそろ考え事はやめて始めようか」

 頭の中にはどんな召喚獣が仲間になるのだろうという期待と不安で一杯だが、いつまでもここに居られるわけではない。何より早く進まないと攻略組なんて夢のまた夢だ。最初だけでも喰らいついていきたい。
 
『それではチュートリアルを開始します』

 こうして俺のVRMMOライフが始まった


コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する