別に誠実な人間でいたいと思った事はないのだが、誠実であるとはどういうことかと暇なので考えていた。
とても疲れていてキャパオーバーな時に身内に寄りかかられた時、しんどいなと思いつつ笑顔で対応する事が誠実だろうか。それとも今は私もしんどいと伝え、距離を取ることが誠実だろうか。或いはどちらとも誠実だろうか。
共倒れにならないようにしようね、と子に伝えた。私には三人の成人した子がいるが、うち二人は自閉症である。一人は境界知能で、もう一人は知能指数がべらぼうに高い。そしてこの前まで精神科に入院していた。
ちなみに私は凡人であるが、統合失調症と解離性同一性障害、てんかんと、指定難病のシェーグレン症候群と乾癬性関節炎を患っている。薬で全体的になんとか寛解に近い状態に持っていっているが、人をサポートできるような器ではない。
しかし、自分は親である。母親である。子に対して愛情と責任がある。
自閉症の子を持つ親は、いつ子離れすればよいのだろう。18か、20か、それとも死ぬまでできないのだろうか。
令和の時代を子たちはどうやって生きていくのだろう。子といえど他人である。私がやれることは多くない。
何故か昨日はとても疲れて、キャパオーバーだと感じてしまった。未熟者である。
寝たら随分元気になり復活したが、また追い詰められることもあるかもしれない。
無限に体力と精神力があればよいのだが。
私は今年47歳、人生も折り返し地点である。残りの人生で、生まれてきてよかったと思う地点に到達できるのだろうかと考える。苦労ばかりだった? 縁に恵まれ幸せだった? 何を考えるのだろう。
ここからどんな人生になるのか分からないが、子の幸せを一番に願い、尽力し、そしてやり遂げたと思ってこの世を去りたいものだ。
幸せとは日常にある。
今日暖かな部屋で柔らかなベッドで眠れることが、私にとっての幸せである。今日寝て死に、明日起きてまた生まれるのだ。おぎゃあ。