こんばんは、仁科異邦です。
せっかく春なのでちょっと切ない短編書いてみました。
ここにあげていいか分かりませんが、よろしければご覧ください。
(できれば他作品も見て頂けると喜びます)
テーマは卒業と恋と失恋です。
卒業式の日は、やけに静かだった。
体育館に並べられたパイプ椅子。壇上の花。いつもより少しだけ丁寧に整えられた空間。
それなのに、どこか現実味がない。
終わる、という実感が、うまく湧いてこなかった。
「……あと少しか」
小さく呟く。
三年間なんて、あっという間だ。
気づけば終わっていて、振り返る間もないまま、次に進まされる。
そんな感じだ。
けれどひとつだけ。
今日、終わらせなきゃいけないことがある。
「──なあ」
不意に、背後から声がした。
低くて、少しだけかすれた声。
聞き覚えはない。
けど、妙に耳に残る声だった。
振り返る。
そこに立っていたのは──
「……誰だよ」
思わず、そう言った。
男だった。
制服ではない。黒いコートみたいなものを羽織っている。
この場には、明らかに似合わない格好。
年齢は……俺より少し上か。
いや、違う。
近くで見ると、妙に既視感がある。
顔立ちも、目の形も。
どこかで見たことがあるような──
「やっぱり、来てるな」
男は俺を見て、そう言った。
まるで、確認するみたいに。
「は?」
「その顔」
男は一歩近づいてくる。
距離が縮まる。
その瞬間、はっきりと分かった。
──似てる。
いや、違う。
「……お前」
喉が、少しだけ乾く。
「俺、なのか?」
言葉にすると、現実味が増した。
ありえないはずの答えが、妙にしっくりくる。
男は、少しだけ笑った。
「そう、正解、俺は未来のお前だ」
軽い調子で言う。
まるで冗談みたいに。
けれど、その目は笑っていなかった。
心臓が、大きく鳴る。
ドクン、と。
体育館のざわめきが、一瞬だけ遠くなった気がした。
「……は?」
理解が追いつかない。
未来?俺の?
意味が分からない。
「混乱してるのは分かるけど、時間ない」
男──未来の俺は、そう言って周囲をちらりと見た。
誰もこちらを気にしていない。
というより、見えていないみたいだった。
「……これ、他のやつには見えてないのか?」
「見えてない」
即答だった。
「安心しろ。頭がおかしくなったわけじゃない」
「その保証が一番怪しいんだけど」
「まあな」
あっさり認める。
なんなんだこいつは。
いや、俺なのか。
「んで、本題だ」
未来の俺は、少しだけ真剣な顔になった。
空気が変わる。
さっきまでの軽さが消えて、妙な緊張感が走る。
「今日、告白するつもりだろ」
言い当てられて、息が詰まった。
「……なんで」
「そりゃ、俺だからだよ」
当たり前みたいに言う。
そりゃそうか。
未来の俺なら、知ってて当然だ。
「でな、その告白やめた方がいい」
未来の俺は、一歩踏み込んでくる。
距離が、やけに近い。
まっすぐに、俺を見る。
「その告白やめとけ」
心臓が、また鳴る。
さっきとは違う、不快な音。
「な、なんでだよ」
思わず、声が強くなる。
「そりゃ成功しないからだよ」
即答だった。
一切の迷いもなく。
「お前は確実にフラれる」
はっきりと、言い切られる。
それは頭を殴られたみたいな衝撃だった。
「……そんなの」
分からないだろ、と言いかけて。
言葉が止まる。
相手は未来の俺だ。
つまり、それは“そう言う事だ“
「……マジで言ってんのか」
「ああ」
未来の俺は、淡々と頷いた。
「しかも、結構キツい」
余計な情報まで追加してくる。
「は?」
「ただフラれるだけじゃないって事」
少しだけ、視線を逸らす。
「まあ、その辺は……実際に体験したくなければ聞くな」
「いや、気になるだろ普通」
「‥やめとけ」
強く言う。
さっきよりも、ずっと。
「聞いたら、たぶんやめる気なくなる」
「……は?」
意味が分からない。
(やめさせるために来たんじゃないのか?)
「いいか?これは忠告だ」
未来の俺は、低く言う、
その目は、本気だった。
「お前は今日、告白する」
「……ああ」
否定はしない、するつもりだったから。
そのために、ここまで来た。
「そしてフラれる、んで」
一拍置いて。
「そのあと、めちゃくちゃ後悔する」
静かな声だった。
けれど、その言葉はやけに重かった。
「……後悔?」
「ああ」
未来の俺は、少しだけ笑った。
乾いた空っぽな笑い。
「なんであんなことしたんだって」
「なんで、やめなかったんだって」
「何回も思うことになる」
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感が広がる。
未来の俺は、最後に言った。
「だからやめとけ」
その言葉は、さっきよりもずっと重くて。
逃げ場がないくらい、真っ直ぐだった。
けれど。
「……それでも」
気づけば、口が動いていた。
「それでも、やめないって言ったら?」
自分でも、驚くくらい。
はっきりとした声だった。
未来の俺は、一瞬だけ目を細めた。
そして。
「……そう言うと思ったよ」
小さく、ため息をついた。
諦めたように。
あるいは、最初から分かっていたみたいに。
「だから、来たんだよ」
ぽつりと、そう言う。
「それでも止められなかったって、確認するために」
その言葉の意味を、理解するより先に。
体育館の方から、拍手の音が響いた。
卒業式が、始まる合図。
時間だ。
「……もう行く」
未来の俺は、そう言って背を向けた。
「待てよ」
思わず呼び止める。
「本当に、それでいいのかよ」
問いかける。
未来の自分に。
つまりは、これからの自分に。
未来の俺は、少しだけ立ち止まって。
「良くないに決まってるだろ、だから止めに来た」
振り返らずに、そう言った。
そのまま歩き出す。
「でも」
一歩、また一歩と離れていく。
「それでもお前は、行くんだよ」
最後に、そう言って。
未来の俺は、消えた。
まるで最初からいなかったみたいに。
「……なんだよ、それ」
ぽつりと呟く。
現実感がない。
夢でも見ていたみたいだ。
けれど。
胸の奥に残った感覚だけは、本物だった。
「……フラれる、か」
小さく呟く。
分かってしまった。
この先の未来を。
結果を、それでも。
それでも俺は──
「……行くしかないだろ」
拳を、軽く握る。
たとえフラれると分かっていても。
後悔すると言われても。
それでも。
ここでやめたら、それこそ一生引きずる気がした。
「……馬鹿だな、俺」
苦笑する。
未来の俺も、同じことを思ったんだろう。
だから、あんな顔をしていた。
それでも俺は。
体育館の扉を開ける。
光が、差し込む。
卒業式が始まる。
そして、その先に。
終わりが待っている。
分かっていても。
俺は、その道を選ぶ。
卒業式は、何事もなく進んだ。
壇上に上がって、名前を呼ばれて、証書を受け取る。
拍手があって、頭を下げる。
それだけだ。
ただ、それだけのはずなのに。
「……集中できねえ」
席に戻りながら、小さく呟く。
さっきのことが、頭から離れなかった。
未来の俺。
告白するとフラれる。
しかも、後悔する。
意味が分からない。
分からないけど──
妙に、現実味があった。
「……なんなんだよ」
視線を落とす。
手のひらが、少し汗ばんでいる。
緊張か?
それとも恐怖か。
式が終わる。
拍手の中、立ち上がる。
周りはざわざわしていて、泣いているやつもいる。
笑ってるやつもいる。
全部、普通の光景だ。
俺だけが、少しだけズレているみたいだった。
「なあ」
また、あの声がした。
今度は、すぐに分かった。
「……また来たのかよ」
振り返ると、やっぱりいた。
さっきと同じ場所に、同じ格好で。
未来の俺が。
「ちょっとだけ時間あるか」
「勝手に出てきてまた消えて、今さらそれ聞くのかよ、雑すぎだろ」
思わずツッコむ。
けど、少しだけ安心した。
さっきと同じ空気だ。夢じゃない。
「で」
未来の俺は、壁にもたれながら言う。
「まだやる気か」
「……ああ」
短く答える。
未来の俺は、少しだけ目を細めた。
「やめとけって言ったよな」
「聞いた」
「じゃあなんでだよ」
「やめる理由になってない」
即答だった。
自分でも驚くくらい、迷いがなかった。
「フラれるからやめるってのはさ」
言葉を選びながら続ける。
「結果の話だろ」
「……まあな」
「俺が聞きたいのは、その過程だ」
未来の俺を見る。
「なんで後悔するんだよ」
ただフラれるだけなら、納得できる。
むしろ覚悟してる。
けど。
“後悔する”っていうのが引っかかる。
「そこなんだよな」
未来の俺は、小さく息を吐いた。
「一番厄介なのは」
「だから教えろよ」
「教えたら意味なくなる」
「は?」
意味が分からない。
「お前はな」
未来の俺は、少しだけ真剣な顔になる。
「“分かってても行くタイプ”だ」
「……」
否定できなかった。
その通りだから。
「だから、情報渡しすぎると」
視線を逸らす。
「逆に突っ込む」
「……ああ」
なんとなく、分かる。
性格の問題だ。
止められれば止められるほど、行きたくなる。
最悪だな。
「じゃあどうすんだよ」
「最低限だけ言う」
未来の俺は、指を一本立てた。
「お前はフラれる」
「それは聞いた」
「で、そのあと」
一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……関係が、終わる」
「は?」
「完全にだ」
静かに言う。
「友達に戻るとか、そういうのもない」
「……なんで」
「さあな」
未来の俺は、肩をすくめた。
「そこは、俺にも分からん」
「お前の未来だろ」
「だからだよ」
意味深な言い方だった。
引っかかる。
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だ」
それ以上は言わない。
逃げるように、視線を逸らす。
明らかに、何か隠している。
「……もう一つだけ」
未来の俺が言う。
「これは、たぶん一番大事なことだ」
さっきよりも、ずっと低い声。
「お前が思ってるより」
一拍置いて。
「あいつは、お前のこと見てない」
その言葉は、思っていたよりも深く刺さった。
「……は?」
淡々と続ける。
「勘違いすんなよ優しいのは、誰にでもだ」
「特別じゃない」
胸の奥が、じわっと冷える。
「お前が勝手に、特別だと思ってただけだ」
「……」
何も言えなかった。
図星だったからだ。
「だから」
未来の俺は、最後に言う。
「やめとけ」
同じ言葉。
けど、さっきよりもずっと重かった。
「それでも」
気づけば、口が動いていた。
「それでも、行く」
未来の俺は、少しだけ笑った。
諦めたみたいに。
「だと思った」
小さく呟く。
「じゃあ最後に一個だけ教えとく」
「なんだよ」
「告白する場所」
視線が合う。
「桜の下にしろ」
「……は?」
「その方が、たぶん後悔しない」
意味の分からないことを言う。
「なんでだよ」
「さあな」
さっきと同じ答え。
でも今度は、少しだけ柔らかかった。
「少なくとも俺は」
小さく笑う。
「そうしてよかったって思ってる」
その言葉だけは、本音に聞こえた。
「……なんなんだよ、お前」
「未来のお前だよ」
即答だった。
それが一番厄介だ。
否定できない。
「じゃあな」
未来の俺は、手をひらひらと振った。
「次に会う時は、たぶん終わったあとだ」
「……来るのかよ」
「来るだろ」
あっさり言う。
「だって俺だからな」
それだけ言って。
未来の俺は、また消えた。
静かに何も残さず。
「……桜の下、か」
ぽつりと呟く。
校庭の方を見ると、満開の桜が見えた。
風に揺れて、花びらが舞っている。
あそこで。
あの場所で俺はフラれる。
関係が終わる。
全部、分かってる。それでも。
「……行くしかないだろ」
苦笑する。
未来の俺が何を言おうと、関係ない。
これは俺の選択だ。
俺の物語だ。
なら。
最後まで、自分でやるしかない。
最初は、ただの席替えだった。
窓際の一番後ろ。
そこに座った時、隣にいたのがあいつだった。
「よろしくね」
そう言って、軽く笑った。
それだけだ。
特別なことなんて、何もなかった。
けれど。
気づけば、それが当たり前になっていた。
「ねえ、また寝てたでしょ」
シャーペンの先で、軽く腕をつつかれる。
「起きてる」
「嘘つき」
即答だった。
呆れたような顔をして、それでも少し楽しそうに笑う。
「ちゃんとノート取ってる?」
「取ってるわけないだろ」
「ほら」
そう言って、自分のノートを差し出してくる。
綺麗にまとめられた文字。
見やすく整理された図。
「ここ、テスト出るよ」
「助かる」
「でしょー?」
得意げに笑う。
その顔が、やけに印象に残った。
──なんでだろうな。
その時は、ただそう思っただけだった。
放課後。
帰る方向が同じで、自然と一緒に帰るようになった。
「今日さ、暑くない?」
「まあ、春だしな」
「アイス食べたくない?」
「またそれかよ」
「大事でしょ、アイスは」
前にも聞いたような会話。
でも、何回でもいいと思えた。
くだらないやり取りが、少しずつ積み重なっていく。
それが、心地よかった。
「はい、半分あげる」
「なんでだよ」
「一人で食べるの寂しいし」
「理由が雑すぎる」
「いいからいいから」
押し付けるように渡してくる。
仕方なく受け取る。
甘い味が、口の中に広がる。
「美味しい?」
「まあな」
「でしょー?」
満足そうに笑う。
何でもない時間。
意味のない会話。
でも、それが良かった。
その“意味のなさ”が、特別だった。
「ねえ」
ベンチに座りながら、あいつが言う。
「卒業したらさ」
ドクン、と心臓が鳴る。
この話題は、いつも少しだけ苦手だった。
「どうするの?」
「どうって?」
「進学とか、将来とか」
「あー……」
言葉に詰まる。
正直、ちゃんと考えてなかった。
というより。
考えたくなかった。
この時間が続くわけじゃないって、分かってたから。
「まあ、適当に」
結局、曖昧に答える。
「適当って何それ」
「適当は適当だよ」
「ちゃんとしなよー」
呆れたように言いながら、それでも楽しそうだった。
「お前は?」
「私はね」
少しだけ考えてから。
「まだ内緒」
そう言って笑った。
「なんでだよ」
「なんとなく」
曖昧な理由。
でも、それがあいつらしかった。
全部をはっきりさせない。
少しだけぼかす。
距離を保つ。
「……ずるいな」
「なにが?」
「いや、なんでもない」
本当は、分かっていた。
あいつは、誰にでも優しい。
特別じゃない。
未来の俺が言っていた通りだ。
それでも。
それでも、勘違いしてしまうくらいには。
近かった。
「ねえ」
また呼ばれる。
「なに」
「もしさ」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから。
「私がいなくなったら、どうする?」
前にも聞かれた気がする質問。
「なんだよそれ」
「いいから」
真剣な顔だった。
冗談じゃない。
「……別に」
少し考えてから答える。
「どうもしない」
本音を、少しだけ隠す。
「そっか」
小さく頷く。
どこか寂しそうに見えた。
「でも」
続けて言う。
「私は困るな」
「なんでだよ」
「いなくなられたら」
さらっと言う。
心臓に悪い。
「……そういうこと、軽く言うなよ」
「軽くないよ」
少しだけムッとした顔。
「ちゃんと思ってる」
「……」
言葉が出なかった。
そういう顔をされると、余計に困る。
期待してしまう。
勘違いしてしまう。
‥特別なんじゃないかって。
「……なあ」
気づけば、口が動いていた。
「なに?」
「俺さ」
言いかけて、止まる。
今じゃない。
まだじゃない。
ここで言うべきじゃない。
そう思って、飲み込む。
「……なんでもない」
「なにそれ」
「忘れろ」
「気になるじゃん」
「忘れろって」
そんなやり取りも、もう終わる。
分かっている。
この時間には、終わりがある。
卒業すれば、それぞれの道に進む。
今みたいに、隣にいることはなくなる。
それでも。
最後に、ひとつだけ。
伝えたいことがあった。
それが、たとえ。
未来の俺に止められていたとしても。
「……なあ」
「なに?」
「卒業式のあと」
一瞬だけ、息を吸う。
「ちょっと時間くれないか」
あいつは、少しだけ驚いた顔をした。
「いいけど」
すぐに頷く。
「どうしたの?」
「大したことじゃない」
視線を逸らす。
「話があるだけ」
「……そっか」
あいつは、少しだけ柔らかく笑った。
「分かった」
それだけで、十分だった。
約束ができた。
逃げ場が、なくなった。
あとはもう進むしかない。
未来がどうであれ。
結果が決まっていようが関係ない。
「……ありがとな」
「なにが?」
「なんでもない」
同じ言葉を返す。
夕焼けが、街を染めていた。
オレンジ色の光の中で、二人並んで歩く。
影が伸びる。
その影が、少しずつ離れていく気がして。
胸の奥が、少しだけ締め付けられた。
それでも目を逸らさない。
これは、自分で選んだ道だ。
未来の俺が、何を言おうと。
関係ないし最後まで、自分でやる。
そう決めた。
卒業式が終わった。
拍手とざわめきの中で、現実だけが静かに近づいてくる。
終わりだ。
この日々は、もう戻らない。
「……はあ」
誰もいない廊下で、息を吐く。
胸の奥が、妙に重い。
理由は分かっている。
このあと、全部終わるからだ。
関係が終わる。
未来の俺は、そう言った。
そしてそれは、たぶん当たる。
あいつは、俺のことを特別には見ていない。
優しいだけだ。
誰にでも。
勘違いしているのは、俺だけ。
全部、分かってる。
分かってるのに。
「……なんでだろうな」
足が止まらない。
校庭の方へ向かっている。
桜の下。
あの場所へ。
行くなと言われた場所へ。
「ほんと、最悪だ」
苦笑が漏れる。
分かってる地雷に、自分から突っ込んでいく。
どうかしてる。
「──ほんとにな」
背後から、声がした。
「やめとけって言っただろ」
振り返らなくても分かる。
「……来ると思った」
「そりゃ来る」
未来の俺は、当たり前みたいに言う。
「ここが分岐だからな」
「分岐?」
「行くか、やめるか」
静かな声だった。
「どっちでも未来は変わる」
「……変わるのかよ」
「変わる」
即答だった。
それが、逆に重い。
「でもな」
未来の俺は続ける。
「どっち選んでも、お前は後悔する」
「……は?」
「性格的にな」
ため息混じりに言う。
「行かなかったら、“あの時行ってれば”って後悔する」
「行ったら?」
「“なんで行ったんだ”って後悔する」
逃げ場がない。
どっちを選んでも、ダメだと言われている。
「……終わってんな」
「終わってる」
あっさり肯定された。
「じゃあどうしろってんだよ」
「だから言ってるだろ」
未来の俺は、真っ直ぐこっちを見る。
「マシな方を選べ」
「……マシ?」
「後悔の質だ」
聞き慣れない言葉だった。
「意味分かんねえよ」
「簡単だ」
一歩近づいてくる。
「お前が“耐えられる後悔”を選べってことだ」
その言葉は、妙に現実的だった。
「……耐えられる、ね」
「そうだ」
未来の俺は言う。
「未来はな、やり直せない」
「……」
「でも、選ぶことはできる」
静かに、でもはっきりと。
「どの後悔を背負うかは、自分で決められる」
その言葉で、少しだけ整理される。
行かなかった未来。
たぶん、ずっと引きずる。
あの時、言ってればって。
もし、違ったかもしれないって。
何年も、何回も。
考え続ける。
じゃあ、行った未来は?
フラれて、関係が終わって。
痛い思いをして。
でも。
「……終わるんだよな」
「ああ」
未来の俺は頷く。
「ちゃんと終わる」
「……」
「だから、引きずらない」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
痛いけど、苦しいけど。
ちゃんと終わるなら。
それは、前に進めるってことだ。
「……お前は、どうだった」
気づけば聞いていた。
「どっち選んだんだよ」
「見て分かるだろ」
未来の俺は、苦笑した。
「お前だよ、俺は」
「……後悔してるって言ってたな」
「ああ」
短く答える。
「してる」
「じゃあ失敗じゃねえか」
「どうだろうな」
曖昧な答えだった。
「失敗かどうかは、今でも分かんねえ」
「は?」
「ただ」
一瞬だけ、真剣な顔になる。
「選んだこと自体は、間違ってなかったと思ってる」
その言葉は、嘘じゃなかった。
分かる。同じ顔だから。
「……矛盾してんだろ」
「してるな」
あっさり認める。
「でもそんなもんだ」
それが現実だと言われた気がした。
綺麗に割り切れるものじゃない。
後悔してるけど、間違ってなかった。
そういう選択もある。
「……なあ」
未来の俺が言う。
「最後にもう一回だけ聞く」
視線がぶつかる。
「やめるか?」
最後の確認。
ここで引き返せば、全部なかったことにできる。
傷つかないし、関係も壊れない。
今まで通りの距離で、終われる。
それはきっと、優しい選択だ。
でも。
「……やめない」
答えは、もう決まっていた。
「行く」
はっきりと言う。
迷いは、なかった。
「だと思った」
未来の俺は、小さく笑った。
「ほんと、変わんねえな」
「お前が言うな」
「まあな」
少しだけ、空気が軽くなる。
「じゃあ」
未来の俺は、体を起こした。
「行ってこいよ」
「……ああ」
「ちゃんと、最後までやれ」
「分かってる」
頷く。
「逃げんなよ」
「逃げねえよ」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
「……なあ」
呼び止める。
「なんだ」
「桜の下って、なんでなんだ?」
ずっと引っかかっていたこと。
未来の俺は、少しだけ考えてから。
「さあな」
いつもの答え。
でも、少しだけ違った。
「でも」
視線を向ける。
「たぶん、お前なら分かる」
それだけ言って。
未来の俺は、静かに消えた。
「……分かる、ね」
小さく呟く。
分かる気がし