昨日になって一度も手を付けていないことに気が付きました……。
短編小説「記憶の欠片」
* * *
『この登校拒否、今とても問題になってきています。特に今は、発売されたゲームを買うために学校を休む生徒までいるほどです。皆様はどう思われますか?』
『登校拒否は怠けです。本来あってはなりません。どんな手を使っても学校に引っ張り出すしか無いでしょうね』
かっちりとしたスーツを着た中年男性の顔がアップで映る。わざと臭い感嘆の声が上がった。
『というわけで、登校拒否の子を持つ親に取材しに行ってまいりました。それではどう——』
ぶつり、と音を立てて画面が暗くなる。何が怠けだ。何も……何も分かっていない。学校に行かないんじゃない。行けないんだ。
畳に寝転び、ため息を漏らす。出る杭は打たれる。弱者は強者の標的になる。そんなことは百も承知だ。変えられない。分かっている。
天井のシミをぼんやりと眺める。脳裏に浮かぶのは、いま流行っているゲームのCMだ。勇者が頼れる仲間と出会い、ときにぶつかり合いときに離れ離れになりながらも、力を合わせ魔王を倒す……実現することはないただの夢物語だ。だからこそ憧れる。勇者のように人を引きつける魅力があるのなら、勇者のように人々に尊敬される特別な力があるのなら。そう考えていると天井のシミがぼやけてきた。……別のことを考えよう。
寝返りを打つと、薄暗い窓ガラスが目に入る。地面を抉る、ドリルの音が響き渡った。この窓は南向きだ。昔は日が差して来て遠くの山がよく見えたのだが、地方都市開発のせいで、日光を遮る大きなビルが建ってしまうのだ。
不可抗力で逃げてきた俺を世間は否定し、他人の便利が俺の思い出を奪う……虚しい。ただただ虚しい。こんな世界でずっと生きてゆくなど、俺になんの特があるのだろうか。こんな世界で生きてゆくのなら、そう、例えば……。
「勇者に生まれ変わりたいな……」
無意識にそうつぶやいた瞬間、頭の中に耳障りなノイズが流れ込んできた。事態が飲み込めなくて硬直しているときに、今度は頭が割れるような轟音が耳を劈いた。大きな揺れ。一瞬の浮遊感と共に、視界が真っ暗に染まった。薄らぐ意識の中、何処かでブツリと何かが切れたような音が聞こえた。