皆さまこんばんは。
さて、先日の近況で少し触れました、小説描写におけるカメラ距離のお話に少将お付き合いを。
ふとあの近況ノートの後、改めて色んな作家さんの作品、出版されている小説なんかを読み返してみますと実にまあ、人それぞれで御座いまして。心理描写を随分と丁寧に書いておられる作家さんでも、どうも人物や物体からカメラまでの距離が感覚的な数値ですが2.0mくらいに感じられる。
いや、もちろん実際に測った訳ではないですが。
ところが別の作家さんになりますと、これが同じ様に5.0mくらい離れているように感じられる。
かと思えば、もうカメラを頭から被ってるのでは? というくらい登場人物の主観に密着している作家さんもおられる。
なんだこのド変態はと思って読み進めますと、時折その作者はカメラを部屋の片隅に三脚で据え付けて、今度はそこから眺めておられる。
……いや自由ですなあ。
まあ、そもそも小説にカメラなんぞありませんから、どこへ置こうが作家さんの勝手なんですけどね。
ところがカクヨムのとある所に『K易H護之介』とかいう、ちょっと頭の具合が心配になるお方がおりまして。
この男に至っては聞くところによると、どうやらドローン型カメラを採用しているらしい。
しかも室内でプルプル飛ばし、そのうち何事もなかったかのように窓から飛び出して、違う街へ旅立ってしまう。
部屋の中の花瓶という花瓶をことごとく破壊した挙げ句にです。
……今度見つけたら正座させて、説教の一つでもしてやろうと思っております。
さてまた話を戻しまして、今度はとあるサスペンス・ホラー小説のお話なんですが、こちらは基本的に主人公である刑事、あるいは探偵的な立場の人物を中心にして、一人称描写が進んでいく作品で御座います。
ただやはり登場人物が少々多いんでしょうな。
読んでおりますと一応、一人称視点ながら、どうも天井に据え付けられた監視カメラのような位置から、人物同士の動きや配置を眺めているような描写が多い。
これがまた面白いもので、主人公の視点を中心に据えているはずなのに、カメラそのものは案外、主人公から離れた場所にあるように感じられるんですね。
まあ、考えてみれば推理小説ですから。登場人物が主人公ともう一人だけ。
そんなもんでは、なかなか話が成立せんのでしょう。
……と、思いますでしょう? ところが世の中にはおるんですなあ。
別の作品でございますが、登場人物をこれでもかというほど削りに削って、極端に少ない人数できっちり読者を騙しにかかる作家さんが。
もうねここまで来ると、性格が悪いとしか言い様が無い。
普通は登場人物を増やして、誰が犯人なんやろうと読者を迷わせる訳です。
それをこの人らは、登場人物を減らして迷わせる。
犯人候補が少ないから簡単と思ったら大間違い。
少ない人数で成立してたのに、読んでるこっちは最終的に見事に騙される。
考えてみたら、これほど腹の立つ話もありません。
しかも最後には、ちゃんと辻褄が合うように出来ている。
文句を言おうにも言う場所がない。
……いやもう推理小説の作家という人種は、性格が悪すぎやしませんか。
それも、頭の良い性格の悪さとでも言いますか、まあ一番始末に負えんやつです。
そんな訳で本日の更新予定の宣伝です。
第五部序章6 『吹き荒れる桃と金の風』本日22:15投稿予定
そして最初から読んでみようという奇抜な方はこちら。
ギグ・マーガの星に捧ぐ唄。
https://kakuyomu.jp/works/16818622173811283960
そして添付絵は、ギグ・マーガの星に捧ぐ唄、第二話11P目です。