本作を書き終えたいま、私は「書き終えた」という実感を、あまり強く持っていません。
ある配列が、ある厚みをもって固定された、という事実だけが静かに残っています。
近況として語れるのは、出来事ではなく、時間の感触です。
進んでいるとも、停滞しているとも言い切れない速度、意味が立ち上がる直前で、何度も足を止めるような日々、最近は、言葉が意味になるまでの距離が、以前よりもはっきりと感じられます。
発されなかった一文、選ばれなかった構文、書かれなかった段落の重みが、書かれた部分と同じ密度で意識に残るようになりました。
何かを書くという行為が、前進ではなく、層を一枚めくることに近づいています。
生活そのものは、特別な変化を含んでいないです。
光の入り方、音の間隔、身体の疲労の残り方、それらが、以前と同じでありながら、同じではないという差分だけが、日々を構成しています。
この作品で扱った「夜明け直前」は、物語的な比喩というよりも、現在の感覚に近いです。
何かが終わったとは言えず、何かが始まったとも断言できないです。
ただ、確定を遅らせた状態が、思いのほか長く続いています。
書くことについて、結論は出ていないです。
むしろ、結論を出さないことが、いまの位置なのだと思います。
言葉を使って、言葉が成立する前の張力に触れる試みは、ここで一度、沈黙に戻ります。
近況とは、本来、進捗や変化を報告するための形式だと考えています。
だが今回は、変化しきらなかったもの、進行しなかった時間についてだけ記しておきたいです。
次に何を書くかは、まだ決まっていないです。
決まっていないという状態が、いまは十分に厚みを持っています。
このノートもまた、いずれ層の一つとして沈みますが、その沈み方が、急であっても、緩やかであっても、特別な意味は持たないです。
いまこの時点で、こうした時間が存在していたという痕跡として、ここに置いておきます。