後編がアップされるのは11月3日の正午です。

じいちゃん、書きやすい。
実はバイオレンスシーンを書いているとき脳をぐるぐる流れていたのは『恋(星野源)』
ごめん、星野源さん・・・

あと、これはあとがきのようになりますけど、思い返せば、二十歳になるまでに6回以上葬式に出て何度か自殺未遂をして(色々ありましてね)『自分が死ぬ直前に思うことって何だろう?』って想像したときに私が思った言葉が春平の最後の言葉でした。(さて、何でしょう?)

昨今、コロナ渦の中で命を絶つ芸能人がニュースなどを賑わせています。

批判も受けるでしょうが、正直に書きます。

――ああ、死に時だったのね

自殺を何度もやっているせいか、私は生に対して積極的ではありません。
精神的には。
肉体は他の人のように喉が渇けば飲み物を飲むし、美味いものは好きだし、トイレには行くし、素っ裸でいれば風邪をひきます。
ただ、精神が疲れ気味。
『ああ、明日辺り死神が【ノルマ達成のために魂ください。痛い思いはさせません!】ってこねぇか? 喜んでやるぜ』
等と思っています。
しかし、死にません。
死ねないのです。
どれだけ、睡眠薬を飲もうとリストカットをしようと私は生きています。
むしろ、その副作用で脳がくらくらする、傷が痛いなど余計辛かったです。
なにより、周りの人が泣いたり怒鳴ったり大変。
そこで思ったわけです。
「人間にはどうも、『死に時』みたいなのがあって誰が決めたか分からないけどそれまではどんなにあがいても死ねない」
――だったら、その『死に時』まで生きるしか選択肢がない。

もちろん、自殺は決して『いい事』はありません。
これは断言します。
(まあ、今のモラルに照らし合わせての話。時代や場所によっては自殺は推奨されていた場合もあるので)
ただし、成功しなかった場合も悲惨です。
私の場合はまだ意識があり差して問題はない(あるけどね)のですが現代医療では「植物人間」「脳死状態」になることが多々あります。
そうなると悲惨です。
本人も家族も周りの人間も・・・

読書に限りませんが、スポーツにしろ、仕事にしろ、俗にいう「生き甲斐」というものは見方を変えれば「生きるための言い訳」なのかも知れません。