目を覚ますと、すぐ目の前にロボの顔があった。
「おはようございます。カノ」
「おはよう、ロボ」
起き上がり、無駄に伸びた髪を手ぐしでまとめる。
ひとつに束ねようとしたところで、ロボが小さく眉を寄せた。
「カノ、いつも言っていますが髪は私が結いますので触らないでください。」
「だって、時間かかるじゃん。」
「それがレディの嗜みです。」
「レディじゃないし」
俺の言い訳も虚しく、ロボは俺の背後に回り込む。
「座ってください」
有無を言わせぬ声に、俺は小さく肩をすくめてその場に座り直した。
背後で髪を梳かれる感触に、朝の冷たい空気が首筋を撫でる。
「……毎回思うけど、切ればいいのに」
「却下です」
即答だった。
この髪を結われている時間は、ロボとのお喋り時間だ。
「カノ、今日はどこに向かうんですか?」
「近くに軍事拠点があっただろ?」
そう言うと、ロボは手を止め、少し考える。
「第七自律防衛拠点、ですね」
「そうそれ、食料残ってるかも知れないし通信設備が生きてりゃ儲けもんだ。」
ロボは少し微笑む。
「そうですね。道案内は任せてください。」
「うん、頼むよ。」
髪を結い終えると、俺たちは立ち上がった。
「行くか!」
俺は自分の日記やチーズが入った鞄を持ち上げる。
ロボは、自分の背丈ほどもある荷物を軽々と持ち上げた。
「第七自律防衛拠点はここから13キロ先ですね。」
「急ごう。」
俺たちは、かつては賑わっていたであろう廃墟群を歩いていく。
「カノ、見てください。」
ロボの少し興奮した声に振り返る。
指差す先には、ガラスの割れたアウトドアショップがあった。
「カノが欲しがっていた、ホットサンドメーカーがあるかもしれません。」
「.......マジで?」
「可能性はあります」
俺たちの足は自然と店の中に吸い込まれていく。
中は荒らされた形跡があり、物が残ってるかも不安だ。
倒れた棚を跨ぎながら、店の奥へ進む。
ガラス片が靴裏で小さく鳴った。
俺たちは店の中の隅々まで物色する。
「ロボ、なんかあった?」
「まだ、確認できません。」
その時、ある物を発見する。
「ロボ! いいもん見つけたぞ!」
その声にロボは、てくてくと近づいてくる。
ロボは俺の手元を覗き込む。
「コーヒーミルですか?」
ロボはそれを手に取り、軽く回して確認する。
「手動式で品質も良好です。」
「つまり?」
「当たりです。」
俺たちはぱちんと手を合わせ、小さく笑った。
「やったな、ロボ」
「はい。今日は幸先が良いです」
「あとコーヒー豆があれば完璧だな。」
ミルを胸の前で持ち上げる。
ずしりとした重みが、少しだけ未来を楽しみにさせた。
「第七自律防衛拠点にある可能性が高いです。」
俺は、ロボの荷物の中にコーヒーミルを押し込む。
「荷物結構溜まってきたな。」
「ですね。いつか、拾ったものだけで暮らせる日が来るといいですね」
「そうだな」
俺たちは街を抜け、巨大な立体道路群へ出た。
空中で幾つも絡まり合い、まるで迷路だ。
「この道を右ですね。」
ロボの案内通りに道を進んでいく。
遠く、崩れた高架の向こうに、灰色の巨大な施設の影が見えた。
第七自律防衛拠点だ。
「でっかいな」
「昔は重要な拠点の一部でしたから。」
近くまで来ると、その巨体さはより際立つ。
「よし、行くか。」
「ええ、行きましょう。」
足を踏み入れた瞬間。
天井のどこかで、赤いランプが点いた。
次の瞬間――
ピーピーピーピーピーピー
けたたましい警報が辺り一帯に響き渡った。
「警備装置ってまだ生きてるの?」
「そのようですね。」
赤い警告灯が、薄暗い通路を断続的に照らす。
『未登録個体を確認。警戒態勢へ移行します』
無機質な女の声が、天井のスピーカーから響く。
ガシャガシャと金属音が響く。
気づけば、俺たちの周囲を武装した少女達が取り囲んでいた。
白い装甲。無機質な赤い瞳。
人間によく似た輪郭をしているが、その腕にはアサルトライフルが握られていた。
その中の一体が、一歩前へ出る。
『第七自律防衛拠点所属、管理戦術個体《No.7》』
赤い瞳が、真っ直ぐこちらを捉えた。
『侵入者を確認しました』
「これは、少しまずいですね。」
俺たちは静かに手を上げ降伏する。
『侵入者、降伏を確認。』
ロボが交渉を開始する。
「識別コード提出。同行個体の安全保障を要求します」
『識別コード照合』
赤い瞳がロボを捉える。
『照合完了。旧式補助個体を確認』
一拍置いて、No.7は告げた。
『識別権限失効』
『旧式補助個体に発言権限はありません』
ロボがわずかに沈黙する。
その空気に耐えきれず、俺はおそるおそる手を上げたまま口を開いた。
「えっと……オレたち、別に襲いに来たわけじゃなくて」
赤い瞳が一斉にこちらを向く。
ちょっと怖い。
でも、ここで黙ったら多分もっと面倒になる。
「食料探しに来ただけで……できればコーヒー豆とか、あれば嬉しいなって」
数秒、沈黙。
警報だけが虚しく鳴り響く。
武装した少女たちは、ぴたりと動きを止めた。
『……コーヒー豆?』
初めて、No.7の声にわずかな揺らぎが混じった。
「え、うん」
『目的は、制圧・破壊工作・占拠ではなく』
No.7の赤い瞳が、じっとこちらを見る。
『コーヒー豆の捜索ですか』
「あとできれば缶詰」
再び沈黙。
No.7は数秒停止したあと、背後の個体へ視線を向けた。
『No.9。食品保管区画の在庫を照会』
『了解』
一体の少女が、即座に踵を返して奥へ消える。
俺は思わずロボを見る。
ロボも少しだけ目を丸くしていた。
「……通った?」
「そのようですね。」
『在庫の照合完了。』
『そのまま、私達の後ろから着いてきてください。』
後ろに着いていきながらロボと会話する。
「案外言ってみるもんだな。」
「流石です。カノ」
武装した少女たちの背を追いながら、俺はロボに小さく囁く。
「……これ、飯だけで帰してくれると思う?」