人類がいなくなっても、ロボット達は変わらず自分の役目を続けている。
その分かりやすい例が、今まさに連行されているこの軍事施設だろう。
『ここが、第七自律防衛拠点食料保管庫です。』
重い扉が開くと、ひやりとした冷気が顔に当たった。
中には、整然と棚が並んでいた。
缶詰、乾燥食品、保存食。
軍用らしく無駄なく積まれた食料が、冷気の中で静かに眠っている。
「あ、コーヒー豆だ。」
奥、麻袋に入った大量のコーヒー豆がそこにあった。
「ロボ、これでコーヒーが飲めるぞ!」
ウキウキした俺の顔をロボは困ったように見つめている。
「カノ、残念なお知らせです。コーヒーミルだけではコーヒーは飲めません。」
「.......そうなのか」
まさかの真実に少し泣きそうになる。
「大丈夫ですよ。抽出機もどこかで拾いましょう。」
そのやり取りを見ていたNo.7が、わずかに沈黙した。
赤い瞳が、俺とロボを交互に見る。
そして何かを判断するように、背後の個体へ短く指示を出した。
『No.11。抽出器具の在庫を確認』
『了解』
俺は思わずNo.7を見る。
「……あるの?」
『食料保管区画には、嗜好品管理棚も存在します』
「嗜好品……!」
『コーヒーを飲むのでしょう』
「飲む!」
確認が済むまで、俺たちは近くの棚を勝手に物色する。
『持ち出し量は生活維持に必要な範囲で許可します』
「やった!優しい。」
「ロボ、見て。粉末卵だって」
箱を持ち上げて、思わず声が弾む。
「俺、卵なんて初めて見た」
「それは貴重ですね」
ロボも別の棚を覗き込み、小さく声を上げた。
「カノ、鰻の缶詰がありました」
「うなぎ?」
「はい。高級品です。美味しいですよ」
俺たちは手当り次第に食料を鞄に詰め込んでいく。
「ロボ重くない?大丈夫?」
「この程度の負荷なら問題はありません。」
『抽出器具発見しました。』
後ろからNo.7の声がかかる。
振り返るとそこには、場違いなほど艶のある全自動コーヒーメーカーが置かれていた。
「……あるじゃん!」
思わず駆け寄る。
つやつやだ。でかい。かっこいい。完璧だ。
「いける、これはいける!」
「カノ、落ち着いてください」
震える手で電源を押す。
――沈黙。
「……動かない」
『専用電源設備が必要です』
「終わった……」
「終わっていません。分解しましょう」
「ロボ?」
「手動で使えるようにします」
そう言うと、ロボはコーヒーメーカーを分解し始めた。
「必要なのは加熱機構と抽出機構だけです」
「……つまり?」
「不要な機能を外せば、使えます」
ロボはそう言って、躊躇なく側面パネルを外した。
ロボは即席の抽出器具を脇に置き、満足そうに小さく頷いた。
「これで使えるはずです。」
そして何事もなかったように、
「そろそろお昼ですね。」
「第七自律防衛拠点所属、管理戦術個体《No.7》。食堂をお借りしてもよろしいですか?」
『許可する。』
ロボは荷物を持ち上げると、そのまま歩き出した。
「ロボ?」
ロボは振り返らないまま言った。
「飲んでみましょうか。コーヒーついでに卵も。」
俺は急いでロボの後を追いかける。
「卵ってあの粉だよな?どうやって食べるの?」
「見てのお楽しみです。」
食堂に着き、ロボはお湯を沸かしている。
そして粉末卵を水で溶かす。
それが熱せられた鉄板の上に注がれる。
熱した鉄板に流し込まれた卵液が、じゅわりと音を立てる。
ロボは慣れた手つきでゆっくりとかき混ぜ、半熟のうちに火を止めた。
「粉末卵は火を通しすぎると硬くなります」
「妙に詳しいな」
「給仕補助機能に調理補助は含まれています」
大事にとっていた保存パンだが、今日は出し惜しみしない。
ロボはそれを温め、皿の上へ置く。
そしてパキっと音をたて鰻の缶詰をあける。
缶を開けた瞬間、甘い匂いがふわりと広がる。
「これが、うなぎ……?」
「人類はたまに、正気とは思えないほど贅沢をします」
保存パンの上に、柔らかな卵を乗せる。
その上へ、照りのある鰻を崩して重ねた。
卵がふるりと揺れ、甘い匂いが立ちのぼる。
それだけで、もう腹が鳴りそうだった。
「……なんか、すげえちゃんとした飯だ」
「飯です」
食堂の端で、No.7たちは無言のままこちらを見ていた。
監視なのか、興味なのかは分からない。
ロボが即席で手動化した抽出器具に、挽きたての豆を入れる。
湯が落ちるたび、香りが静かに広がった。
食堂に満ちるのは、卵の匂いと、鰻の甘い香りと、少し苦いコーヒーの匂いだった。
「出来上がりました。召し上がれ」
目の前に置かれた、ボリューム満点のご飯に思わずお腹がなる。
「い、いただきます!」
まずは卵をひと口。
ふわりと柔らかく、ほんの少し甘い。
「……卵って、こんな味なんだ」
思わず零れた声に、ロボが小さく頷く。
「はい。美味しいでしょう」
嬉しそうに、俺の顔をそっと見つめている。
「うん!おいしい。」
温かいパンはふわっとやわらかくて、卵はとろりとして少し甘い。
そこに鰻の濃い味が重なるたび、口の中が一気に贅沢になる。
こんなの、うまいに決まっている。
気づけば、夢中で食べ終わっていた。
「ふぅ、美味しかった。」
「お粗末さまです。」
ロボは手馴れた手つきで皿を片付けていく。
「また作ってね、ロボ」
「はい。次はもっと上手に作ります」
少し離れた場所で、No.7たちは変わらず無言のままこちらを見ていた。
けれど警戒の赤い瞳は、さっきより少しだけ静かに見えた。
人類が滅びた世界で食べた、人生初の卵は、少しだけ甘かった。