当時の大井宿について調べたメモ(私調べ)をご紹介します。
※間違っているところがあればやさしくご指摘ください!
【中山道・大井宿(今の恵那市)ってどんなとこ?】
・激レアな町並み
道をカクカク曲げた「桝形(ますがた)」が6カ所もある!
普通は2カ所くらいなので、中山道でも超珍しい防衛・商業デザイン。
・めっちゃ賑わってた!
中山道で9番目に賑わう「美濃路ナンバーワン」の宿場 。
名古屋へ続く「下街道」との分岐点だから、人や物の出入りがすごかった 。
【治安とリーダーたち】
・リーダーは地元の名士
庄屋の「古山家(菱屋)」が150年も町をまとめていた。
お酒造りをしながら、年貢の管理から困った人の救済まで何でもこなすスーパーリーダー。
・警察みたいな人たち
お役人の「与力・同心」の下で、地元の事情に詳しい「岡っ引き」がパトロールをサポート。
【当時のグルメ事情】
・ソウルフード「五平餅」
当時から中山道名物として旅人に愛されていた。
・砂糖は超高級品!
今の感覚とは大違いで、お盆や法事の贈り物にするレベルの贅沢品。
天保の飢饉のときは値段が爆上がりして、手に入れるのが大変だったみたい。
※本作ではちょっと砂糖に頼りすぎてる気がしています・・・
【旅の宿泊スタイル】
・本陣
大名や公家専用の超VIPホテル 。
・旅籠(はたご)
一般の旅人が泊まる宿 。今でも400年続く「旅館いち川」さんがあるよ 。
・茶屋
五平餅とかを食べて休憩するカフェスポット 。
【豆知識】
宿場の仕事(荷物運びなど)が忙しすぎて、周りの農村の人たちも「助郷(すけごう)」としてお手伝いに駆り出されていた。大井宿の繁栄は、みんなの協力で成り立っていたんだね。
東海道は川の氾濫なんかで目的地へ行くまでの時間が左右されたりしたので、安定した中山道が選ばれることも。
参勤交代の大名行列も、大井宿本陣、脇本陣で休んでいくことが多かったみたい。