私が中学生の頃の大須商店街には、まだ映画館が二軒あった。
どちらもポルノ映画館だった。
友人と二人、ふざけあって帽子を敷地の中へ「ほかる」遊びをしていた。投げ込んでは、取りに行く。それだけの遊び。だがその一瞬の越境が、面白かった。
帽子を拾いに行くと、もぎりの係員がいつも声をかけてきた。
「まだ観覧できないよ!」
何度言われたか、もう数えていない。彼にとっては仕事の一部だったろうが、こちらにとっては毎回の儀式だった。
当時の大須は、さびれていた。
自転車もすいすい通ることができた。今のあの賑わいからは、想像もつかない静けさだった。
夜になると、もっと静かだった。
その静けさの中に、もしも夜だけ灯る喫茶店があったとしたら——そんなことを、ふと思う。
連載「あやかし喫茶 黄昏珈琲店 ─大須・夜の灯り」の舞台は、私のかつて見たあの大須と、今の大須のあいだに、ひっそりと立っている。