猪俣心冷(いのまた こころつめたい) 東京生まれ。 専門学校へと入学するも精神不調のためにあえなく中退。 この頃、学生時代に懇意にしていた上級生によってリレー小説が企画され、これを契機として以後、創作活動を情緒の亢進剤に用い始める。 やがて、凪いだ東シナの海や濡れたヒノキ木立、陰鬱に雲底を浮かばせる積乱雲────とりわけ自然環境の叙景に癒しを見出す。 『木や山の風趣に後天的に目覚めたというよりも、現代社会における過度な利便性や潔癖症、そしてわずらわしい人々への鬱憤がついぞ爆発し、その結果自然界に傾倒しなければならなかった』 『自然は旧友などでは断じてない』 『ボーイスカウト、旅行、他方いろいろの母親の粉骨砕身によって自然にたくさん触れさせてもらってはいるものの、一方で多くの詩人とは相異なり、自然に育ててもらったという実感はありません』 『やはりいろいろな理由から植物を採るのはやめよう。あの子らにはれっきとした心が与えられていて、野生にてのびのび暮らすことが最も道理へ適ってもいるし、そうして野に山に生長する過程で健やかな精神を彼らも感得するのである』 (それぞれ筆者の日記より抜粋) など、みずからの自然観に対して独特の自解がある。 「坪内逍遥は『小説神髄』にて『小説の主脳は人情なり。世態風俗これに次ぐ』と力説なさったが、とても私に人間を描けるとは思えなかった。私の乏しい想像力と内向的ゆえの寡少極まる観察の習慣をもって人間模様へ写生を試みるなぞ言語道断」 『私が描ける他者とは唯一、客観的な姿形それのみ』 といった言辞を見るに風光明媚山紫水明を描きたがる反面、一方で人間の叙情には消極的である。 また、作品の節々から『羞恥心と逆張りの性質からなるサブカルチャーへの軽蔑が創作への原動力となっている』悪辣な筆者をも垣間見ることができる。 このような側面が少なからず擬古典主義的な作風を造形しているといえよう。 主著に『栂池湿原の抽象画』『さかしまに映る鱗片赫々と』ほかがある。 自己陶酔もすさまじく、至らない点も多々ございますが、何卒よろしくお願いいたします✨