ノートを開いて頂き、ありがとうございます。

「黄昏の芙蓉」読んで頂いてる皆さま、ありがとうございます。
是非とも、コメント、応援ボタン恥ずかしからずに良かったらお願い致します!!

まだ話を書いて5話(2019年11月17日現在)ですが、とても長ったるい話だと感じる方も多いでしょうし、日本語の使い方が不思議すぎ・難しい言葉遣い・難しい漢字だ多いと感じる方も多い事と存じます。

ですが、平安時代の気品高さのある世界観がありますので、変える気は無いので悪しからず。

「黄昏の芙蓉」は全10回にしたいと考えております。


次作は分かりやすい言葉遣いで考えておりますのでそちらも楽しみにしてください!


私が小説を書いてみたいと思った理由をここでも長ったらしく書いて行きたいと思います。もしご興味ありましたら、お読みください。興味なかったら、ここで辞めてください(笑)

私が小説を書いてみたいと思ったのは、高校1年頃だったかと思います。
その頃は「物語を書く」という概念はありませんでした。
ただ、絵を書くのが好きで、想像したストーリーを描き出し、登場人物も描き出し、それを元に「演技」をするという形にして自己満足していました。

すべて頭の中で考えて演技をしつつ、頭の中で完結していました。

時代劇の見過ぎで挙句には演技をするのも好きになっていました。
ブランケットやシーツで大奥ごっことか平安時代ごっこというものを中学1年から高校卒業までしていました。うん、気持ち悪いですよね。中3にして、変な「癖(へき)」という物をしておりました。遅めの中二病でしょうか。学校から帰ると宿題を早々に終わらせ、ごっこに励んでいました。高校3年頃になると授業の空き時間が出来るので、そこで宿題を早く終わらせました。すべて、ごっこをする為に学校を早々に終わらせる事に執念を費やしていました。

友達はいましたが、車社会である島の事情から、家に一緒に帰るなどしないので、ますます一人ごっこに励めました。

だんだん、そのごっこがエスカレートしていきました。挙句の果てには、黒の毛糸で自分で、髷を作ってみたり、習字セットから半紙を何枚も重ねて元結の丈長を作ったり、壊れた扇子の骨の部分を組み合わせて簪を作ってみたりと創作して作っていました。夜にしていたので、仕事から帰って来た母からは白い目で見られましたが、「辞めろ」とは言われませんでした。むしろ、母から「今日はやらないの?」と聞かれるほどでした(笑)

今ではほとんどの小道具は捨ててしまい、ごっこをする事も無くなりましたが(幸いにも)。

小説も平行して徐々に書いていました。「モバスペブック」で高校卒業まで投稿していましたが、専門学校に入った瞬間から途絶えてしまいました。いずれ時間が合ったら短編小説にして「モバスペブック」で書いた作品も「カクヨム」でも投稿したいと考えております。

しかし、モバスペブックでは思ったよりも伸びず、忙しさもありましたが、やりがいを無くしてしまってました。やりがいってやはり大切ですよね?みなさん。仕事にしても、趣味にしても。

でも、私の今の目的は、いつかは出版して、いつか、映像化して欲しいとの望みに掛けて書いて居るので、それに向けて作品制作に力を注いでいます。この、頭の中にある作品を小説サイトに投稿する事により、知って頂いてもらう事こそが私の今の目標だと考えております。

あとはどう広めるか、ですね(笑)よかったら、広めてください!私も微力ながら皆さんの作品もお返しとして広めて行きます!!

また近況ノートを書いて行きたいと思っておりますので、どうぞ、よろしくお願い致します!!!

では、また!