「犬を飼うのに憧れてるんですよ。私」
平日の昼下がりのこと。
俺が勤めている会社の元後輩である水瀬このみが、また妙なことを宣い始めた。
てか、なんでこいつ、雇い主の食事を片肘ついてガン見してるんだ?
「へぇ。そうなんだ」
水瀬が作ったチャーハンを食べながら、そっけなくそう答えると、彼女が不意にバンッとテーブルを叩く。
「『そうなんだ』じゃないんですよ! 先輩!」
「お、おう……」
感情を昂らせているんだろうか。
彼女が感情のままにそう言うと、今度は俺をキッと睨みつけた。
「犬を! 飼いたいんです! 私は!」
「……うん。聞いたよ、今しがた」
チャーハンもさぞびっくりしたんだろう。机の上には、何粒かの黄金色をした米が飛び散っている。
「違うんです。違うんです! 先輩!」
「えっと、何が違うんだ?」
「私は、今! 犬を飼いたいんです!」
「うん。だから、飼えばいいじゃん。内のマンション、ペット可なんだし」
トーハラが借り上げている現マンションは、母の欲望が詰められた居住空間と化しており、ペット可はもちろんのこと、楽器演奏可、BBQ可、家具備え付け、いつでもゴミだしOK、家賃に水光熱費込みという最強物件となっている。
「私はそんな当たり前なことを言いたいんじゃないんですよ!」
「じゃあ、一体何が言いたいんだよ……」
感情の起伏が激しい家事代行員の要望を聞いてやる。
すると、水瀬は「ふふん」と自信有りげに鼻を鳴らした。
「犬を《《つくる》》んですよ!」
「犬を、つくる?」
嫌な予感がした。
ただ、彼女の暴挙を止めることはできそうになかった。
◆
「お手!」
「……わん」
「おすわり!」
「……わぅ」
「じゃあ! チンチン!」
「……あのさぁ」
リード付きの首輪を着けられた俺は、彼女のコマンドを聞く度に憂鬱さを募らせていた。
「あ! こら! 犬語以外は使っちゃだめですよ!」
「……わん」
いい年こいた大人が、真っ昼間から何をさせられてるんだろう。
家族に謝りたい気持ちでいっぱいだ。
「じゃあ、もう一度! チンチン!」
「……」
座りながらつま先立ちすると、水瀬は「優越感」に浸るようにして、ニマニマ笑う。
「いい子ですね〜! いい子、いい子!」
水瀬は俺に覆いかぶさるようにして、わさわさと頭を撫でた。
ふにふにした胸部が当たるのはいいが、いつまでこの暴挙に付き合ってやらねければいけないんだろうか。
「いやぁ、やっぱり本物の犬を飼うのは仕事上、無理がありますからね。これなら一生飼えそうです」
「一生付き合わなきゃいけんのか」
「あ、だめですよ! 人語をしゃべっちゃ! これはちょっとお仕置きが必要みたいですね!」
「お仕置きってなんだよ……」
このくだらない遊びに付き合ってやってるんだ。感謝こそされど、お仕置きとは一体どういう了見なんだろうか。
水瀬の言葉を待っていると、彼女は徐ろに俺のズボンに手をかけた。
「お、おいっ!」
「めっ! 大人しくして!」
「……くぅん」
抵抗虚しく俺が水瀬にズボンを脱がされると、何故か知らんが、彼女は満足げな笑みを浮かべた。
「人語を使う度に、罰として服を脱いでもらいます!」
「……なぜに?」
「あ、今も使いましたね? じゃあ、パンツを脱いでください」
「いや、だからなんでだ――」
バチンっ!
「いてぇっ!」
反論しようとした俺に対し、水瀬が平手打ちを食らわせた。
「言うことを聞かない子は、徹底的に暴力で打ちのめします」
董卓かよ……お前は。
暴君となった水瀬が、俺に再度平手打ちを食らわせたところで、俺はしぶしぶパンツを脱いだ。
屈辱である。
「あははっ。いい感じにわんちゃんに近づいてきましたねぇ! 先輩!」
「……ばう」
俺はこいつを怒らせるようなことをしたんだろうか。
下半身丸出しのまま彼女を見つめていると、水瀬がストッキング越しに俺の下腹部に触れた。
すりすり。
「んっ……!」
「どうですか? 気持ちいいですかー?」
「……わんっ」
「くすくす。情けないですねー。先輩。ところで、どうして私がこんなことしてるか分かりますか?」
「……くぅん(わかりません)」
「あははっ。馬鹿なわんちゃんにはわかんないですよね? じゃあ、教えてあげますね。これに心当たりはないですかー?」
「……ばうばう!?(なんでそれを!?)」
水瀬が懐から取り出したのは、先日、営業部長といったキャバクラでもらった名刺だった。
ど、どこからそれを?
「スーツの内ポケットから出てきたんですよねー。ところで、この間、私が担当の日に、夜帰ってくるのが遅くなった理由って、まさかこれじゃないですよねー?」
「……」
「名刺にはキャバクラとは書いてますが、これエッチなお店ですよね~? ネットで調べたら、色んなオプションついてるのが確認できましたよ~?」
「……」
「えっと、読み上げましょうか?」
「ばうっ……(やめてください)」
「前立腺マッサージに、鼠径部マッサージ? 白濁コースに、ヌルヌルコースですか~。へぇ~、最近のキャバクラってお酒飲むだけじゃないんですね~」
「……」
「あれ、喋らなくなりました? じゃあ、口を割らせる必要があるみたいですねー」
「ば、ばうっ?(な、なにする気だ?)」
水瀬が持っていたのは、大人の玩具《ディルド》だった。
「さて、今日はたくさん《《泣かせて》》あげますからねー」
「ば、ばうわうーっ!(や、やめろーっ!)」
悲鳴っていうのは、何語だろうと虚しく消えるもんだ。
細長い玩具《ディルド》を俺の肛門にブッ差した彼女は、「えいっ♡」と声を上げて、スイッチを押した。
ブブブブブブブッ――
「あ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛――!!!」
「このっ! 浮気者がぁっ!」
グリグリ、ブブブブブブブッ――
尻の穴がもうっ、パニックでした。
「も、もうっ! や、やめてくださいっ! げ、げんか、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「今日は、掘られる快感を覚えてもらいます。あぁ、ほらもう。先輩のチンチン、情けないくらいにおっ勃ってますよ~?」
「や、やめてやめてやめてやめて!」
「今日はこのみの白濁コースなので、白いのたくさん出しましょうね♪」
ブブブブブブブッ――
「あ゛っ゛、あ゛ッ゛、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
水瀬は聞く耳持たずといった様子で、俺を苛め続けた。
結局、この日、俺は彼女の怒りが静まるまで、性玩具《ペット》として過ごしたのだった。