2話になりまーす
『今あなたの後ろにいるの』
受話器から届くその言葉を聞き自分はすこし恐怖を覚えた。しかし、自分は己の感情を隠し通すことが得意であるが故、言葉を続ける。
「いらっしゃい。私には姿が見えないけれど確かにそこにいるのだよな。であれば、君の用を聞こう」
『……えっと…あなたは怖がらないの?』
決して自分の背後から声が聞こえてくるわけではない。それでも、受話器の先には間違いなく彼女がいる。
自分には俄かに信じがたいが、彼女は確かにそこにいるのだ。実体はなくともおそらく自分の後ろと、受話器の向こう。二つの場所に彼女がいる。
「実体がないものに対してどうやって恐怖心を覚えればいいというのだ?」
思っていることを正直に伝えた。彼女という存在を証明するためにはこうするしかないのだろう。
『「私は……ちゃんといるよ?」』
今度は自身の背後と受話器、両方から声が聞こえる。声が二重に重なり、歪む。
「はぁ」と私はため息を漏らした。そして言葉を並べる。
「いると言われても実際に見るまでは信じられるわけがないだろう。明かりを持って来る。少し待て」
返事も待たずに私は今にあるろうそくを手に取りマッチを擦り、火を灯した。
再び、黒電話のある廊下へとろうそくを持ちながら歩くと、黒電話の近くに身長はおおよそ5尺(約150cm)程度で、容貌は齢14か15ほどの幼いものである。
「君が私に電話をくれた張本人かい?」
「そうだよ?私があなたに電話をかけたの」
「それじゃあ単刀直入に問おう。なぜ私に電話を?」
「それはね……あなたを殺すためだよ」
メリーと名乗る彼女がニヤリと笑いこちらを睨む。しかし、刃物や銃火器といった殺傷能力を持つものを持っている様子もない。
「刃物も持たずにどう私を殺すというのだね。ましてや君の体格じゃ私を絞め殺すこともできないだろう。それに私は他人の手を煩わせてまで死のうとする人じゃないのだよ」
それを聞いて彼女の目が少し動揺の色を見せる。
「そ、それは……いつも通りなら驚かして腰を抜かしてそのまま行けるのに……あ、あなたが怖いもの知らずすぎるのが悪いよ!!」
そんなに大声を張り上げられても困る。騒がれるといつ警察がやって来るのか分からん。
「はぁ、まあそういう人もいるよね。今日はどうせ行くあてもないわけだしこのまま泊めて行ってくれない?」
「何をいっているのだ?見知らぬ人間を、いや人間ですらない何かを止めるほど我が家は広くないぞ?」
嘘である。自分は中学校にいた時、父親名義(著名は自分の名でしたが)でいくつか文庫を出版しており、それがたまたま売れたがために今ここで1人たらたらと生きている。そして、甲府は都心と比べて地価が安いためかなり大きな家を持つことができている。
「そこをなんとか、泊めていただけないでしょうか」
彼女は私に首を垂れた。このように首を垂れられてしまっては自分にも嘘をついてしまった罪悪感というものが生まれ始める。
そして、こうなると自分はもうダメだ。相手の要求を飲まざるを得なくなる。全くもって自分の悪いところである。
「わかったから、そう簡単に頭を下げるでない。今夜の一夜だけだぞ。明日の朝には家を出て自宅へ戻りなさい」
「え!いいの!」
……本当に良かったのだろうか。もしかすれば寝込みを襲い、私のことを……
いやまあ、それでも別に構わないか…第一、自分はこの現実にもはや希望など感じられぬ。どうせ苦しむくらいなら寝込みをそのままやられた方が幾分かマシであろう。
手に持った蝋台に少しずつ溶け、液体となった蝋が溜まっていく。
「それじゃあ、布団を用意して来るから居間にでも上がって待っていろ」
そうとだけ言い残し、自分は2階へと上がり、布団を用意しようとした。
しかし、階段へと足を進めた時、「ちょっと待って」と声が聞こえた。
「その……布団は用意しなくていいから…その…」
その言葉を自分の中で勝手に解釈し、言葉を返す。
「……本当にいいのか?」
彼女の顔が上下にコクコクと動く。私はため息をつきながら「こっちに来なさい」と自身の寝室へと彼女を招いた。
容貌が容貌であるため自分に下心など全く……ないわけだが、隣で他人が寝るということを想像するだけで背筋に寒気がすーっと走っていくのを感じる。
今思えば自分の生涯は決して褒められたものではないのだと思う。
国民学校にいた時、自分は面白い変なやつという化けの皮を被り、学級の人気者であった。しかし、自分は他人(家族や親戚を除きますが)に自身の試験結果を晒したことはなかった。
そこに書かれたバツ一つない答案用紙は自分にとって恐怖の対象だった。普通の人間であれば、満点を取ったとなれば学友に自慢をしたり、教室中を駆け回ったりするのだろう。
だが、自分はそのようなことを一切せず、ただ黙々と先生の話を聞くのみだった。自分は同じ立場の人間に尊敬されるのが嫌だった。
まるで自分がその枠組みの中からはぶられているかのようで不快だった。
しかし、どこからか自分の頭の良さがバレ結局は同級生から尊敬の目で見られることとなってしまった。
そして、中学校、高等学校では人と話すことは全くといっていいほどなくなり、ただ自分の席に座りまるで日本人形かのように固まったまま1日を終えることも少なくなかった。
以前として成績は良く、高校先生に「東京帝国大に行かないか」と聞かれ、自分はただ頷くことしかできず、そのまま東京帝国大学の文学部に入った。
よくよく思えば、自分は受動的すぎたのかもしれない。
しかし、そんな私の生涯も間も無く終わりを告げようとしている。
おそらく私に朝は来ないだろう。