これは世界が変わってしまう前のとある一日を切り抜いたものです。
主人公のキャラが本編とかなり違いますが、本編(とおまけSS)のどの場面よりも気が抜けているものと思ってください。
登場人物の名前を覚える必要は多分ありません。
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UT大学のとある講義棟にて。
アルゴリズム序論の講義が終わり、軽いあくびを嚙み殺していたころ。
「上杉、今日暇?」
唐突に声をかけられて、俺はそちらを見た。
顔を向けた先には、同じ学科の友人が二人ほど並んでいた。
一人は黒澤、特に理由はないがアニメ映画をよく見ていてあだ名はアキラと呼ばれている。
もう一人は小沢、こっちも特に理由はないがジャズ研所属であだ名はセイジと呼ばれている。
どっちも、あだ名の元はわかるんだけど微妙に怒られないか不安になる空振り感である。
「暇っちゃ暇だけど」
予定を確認するまでもなく俺は返す。
最近全国的に短くなってきたことで話題になる秋も盛りの、金曜日。
六限の講義が終わり、待ちに待った連休がやってくる世界で最もハッピーな時間。
健全な大学二年生であれば、恋にバイトにサークルにと短いモラトリアムの期間を遊び尽くさんと精力的に活動していることだろう。
だが、俺たちは泣く子も黙る工学部。それも情報系学科だ。
工学部の中でも、機械系、電子系、そして情報系の三つは女子が少ないことで知られている。
……本当だろうか。少なくともこの大学の中では常識である。
この学部には他にも生命工学系だの科学系だのといったあまり男臭くない学科もあるし、工学部ではない学部も存在しているので、大学全体で女子がいないということはない。
でも、工学部の中でもそのあたりの学科とはエリアが結構違うし、別学部とはキャンパスが違う。
特に女子との関わりもなく、男率80%以上を誇るのが上記の3系統だ。
機械系に関しては、今年は驚異の女子率3%と聞いている。
そんな俺たちに、金曜日の放課後の予定など入っているだろうか。
もちろんバイトで忙しいやつはいるが、俺はバイトをやっていないことは知られている。
バイトのない工学部の大学生に、放課後何か予定が入っているということは、ないのだ。
もっとも。
「ただ、今やってるゲームがあんだよな」
そう言いながら俺は通学用のリュックの中から、レトロに両足どっぷり突っ込んでいる携帯ゲーム機を取り出した。
予定が無いと言っても、何もやることがないということではない。
俺の放課後は、特別な予定がなければ全てゲーム時間に変換されるようになっている。
この世の中には、俺が生まれた時点から莫大な量のゲームが存在し、それらは今もなお毎日のように増殖を続けている。
それら全てを遊び尽くすことは困難を極める。時間を無駄にしている余裕などないのだが。
「ついでに今やってるのはなんなの?」
アキラに尋ねられ、正直に答える。
「メガミンの外伝。ストレンジヴィザーレってやつ」
「それいつのゲーム?」
「15年前くらい?」
「よし、いつでもどこでも出来るな。連行する」
「……うぃー」
まぁ、いつでもできると言われたら反論はできなかった。
言うまでも無いことかもしれないが、工学部の情報系というのは、その90%はオタクだと思ってくれていい。
なんのオタクかまでは定かではないが、どうしても今日ランクマッチを外せない奴とか、どうしても今日ソシャゲの周回がある奴とか、どうしても今日推しのVTuberの配信が見たい奴とか、色々いる。
そういう時間に縛られる趣味に比べれば、俺のレトロゲー趣味など凄まじく時間に融通がきく趣味となる。
そのせいで、こういう突発的な飲み会によく誘われたりしてしまうわけだ。
……年齢? お酒は二十歳になってから!! 今は大丈夫!!
「場所は?」
「石蕗ハウス。買い出し行くから手伝って」
「了解」
そんなこんなで、今日の俺の予定は決まった。
まぁ、今日は──特に来客の予定はなかったはずだから大丈夫だろう。
ちらっとスマホを確認するが、うん、なんの連絡も入ってない。
そういうわけで、俺は誰に気兼ねすることもなく宅飲みをすることとなったのだ。
「お邪魔しまーす」
「邪魔すんなら帰ってー」
「お邪魔しましたー」
「おい誰だ上杉連れてきた奴! 本当に帰ろうとするから止めろ!」
所変わって石蕗のアパート。別に積極的に誘われたわけでもないので、お言葉に甘えて帰ろうとしたら引き止められた。
そんなこんなで、俺と友人二人はぞろぞろと買い出しの成果を詰めたマイバッグを持って、石蕗のお家へと侵入を果たした。
俺たち大学生の標準的な部屋構成は、飾りもそっけもない1Kだ。
メインとなる部屋の広さはマチマチだが、基本的には一人で暮らす以上の性能を有していない場合が多い。
だが、石蕗の家は違った。
この間取りは、何て言うのか俺はよく知らない。
ただ、こう、俺たちの平均的な家が六畳一間だとしたら、こいつの家は十畳の隣に寝室がもう六畳あるのだ。
しかも、その二つの部屋が繋げられるようになっていて、かなり広いのである。
しかも、十畳の方にはでかいモニターが置いてあって、ゲームを一画面でやるとか、映画を見るとかに最適。
寝る場所の心配がないからか、ドンと置いてあるソファも快適。
おまけにキッチンも広いから、なんかあった時の調理も快適。
よって、宅飲みの会場として石蕗の家は人気があった。
まぁこいつは交友関係が広いので、いつも俺たちと連んでいるわけじゃないけど。
こいつが知らない人らとホームパーティ開いてたりすると、俺の家で飲んだりもある。
「で、何買ってきたん?」
本日の飲み会のホスト、石蕗が俺たち買い出し班に尋ねる。
俺たちはマイバッグから戦利品をずるずると取り出す。
「まずビール」
「うん、ア●ヒ」
「次に酎ハイ」
「ほろほろね」
「ウィスキーのボトル」
「飲みきれないねそれ」
「あとソフドリにアセロラドリンク」
「これ上杉の仕業だろ」
アキラとセイジが取り出すドリンクたちを見ていて、石蕗が突っ込んだ。
なぜか俺が名指しであった。
まぁ、確かに買ったのは俺ではあるが。
「普通飲み会の席でソフドリったら割材にもなる烏龍茶とかコーラとかだろ。なんでアセロラをチョイスしたお前」
「だって美味しいじゃん? 良いだろ? 太陽の果実だぜ?」
「馬鹿がよお前」
どうやら石蕗は、アセロラドリンクの存在に懐疑的であった。
だが、ここで俺を擁護するのは、一緒に買い出しに出ていた友人二人である。
「石蕗お前は知らないみたいだからあえて買ってきてやったんだぞこれ」
「なに、なんなの」
「ウィスキーをアセロラで割ってみろ。飛ぶぞ」
「絶対嘘だろ聞いたことねえぞそんなの」
「これガチだから、この前上杉ん家でやったらマジだったから、騙されたと思って飲んでみろって」
「えー?」
石蕗はまだウィスキーのアセロラ割の存在に懐疑的だったが、民主主義の原理により押し切られた。
続いて、買い出しの結果はつまみ編へと突入する。
俺のマイバッグには主にこっちが入っているので、こっちは俺が発表する。
「まず唐揚げじゃん」
「定番だな」
「あとピザ2枚」
「OKス●アのピザは定番だよな」
「それと枝豆」
「冷凍買ってくるのが良い度胸してるなお前ら」
「あとキャベツともやしと肉と焼きそば三食」
「馬鹿がよお前上杉」
石蕗は再度、結果発表を止めた。
なぜか俺が焼きそばを買った犯人だと決めつけていた。
確かに買ったのは俺だが、何が気に入らないというのか。
「いや冷凍枝豆は百歩譲るよ、常温で放っておけば食えるようになるからな。焼きそばはもうアホなんよ事前に台所使わせろって言っておけよお前、調理する気満々じゃねえか」
「シメに炭水化物欲しくなるじゃん?」
「カップ麺とかだろ普通。なんで具材までちょっと入れるつもりで買ってきてんだよ」
「石蕗の家なら良いかなって」
「自分で作るなら良いけどお前ら俺に作らせるだろうが!」
そう。あえて言うのもなんだが、石蕗は料理ができるタイプの男子大学生である。
ここに集まっているような、工学部の男は料理ができないタイプの大学生が多い。料理ができるだけで、一目置かれる程度に。
その中でも石蕗はオシャレな料理までこなす上位互換だ。
さすがは、工学部の情報系にいるくせに女友達が普通にいるタイプの男である。
これがモテの秘訣かと、俺たちは密かに思っている。
「とにかく、お前らに買い出しを任せた俺が馬鹿だった」
「あとこれ、お前が好きな生ハムとモッツァレラチーズ」
「そこに気を使うならワインも買ってきてほしかった」
石蕗の好物も気を利かせて買ってきたのだが、ワインは俺たち銘柄とかわかんないから。
ただ、石蕗は言葉とは裏腹にちょっと嬉しそうな顔をしていたので大丈夫だろう。
そんなこんなで、焼きそばセットを冷蔵庫に打ち込み、枝豆を流水解凍し、ほかにも買ってあったツマミをテーブルにセットしたところでいよいよ飲み会の幕が上がる。
「なんか乾杯するような良いことあった?」
石蕗の問いかけに、音楽関係に少し詳しいセイジが答える。
「佐竹がAstr@iseのライブ当たったとか言ってたから祝ってやろうぜ」
「なんで本人いないところでそんなの祝うんだよ……誘ってやれよ」
「誘ったんだけど、あいつチケット代でごっそり持ってかれてバイト増やしたから……」
飲み会の幕が上がる前に、ちょっとつまづいていた。
佐竹は同じ学科の人間だけど、俺とあまり趣味が合わないので詳しくは知らないやつだ。
なんかのアイドルについて熱弁していたのは覚えている。
セイジの反応からするに、音楽に力を入れているアイドルなんだろうか。
それから、共通の知人を中心に最近の話題がポロポロと漏れる。
やれ、秋クールのアニメがどうとか、新人Vの炎上がどうとか、FPSのランクがどうとか、課題がどうとか。
これしばらく決まらないなと思ったので、真剣に携帯ゲーム機の電源を入れるかどうか思案し始めたあたりで、焦れたアキラが強引に提案した。
「いつまでも決まんないぞこれ。無難に紅葉とかに乾杯しようぜ」
「この場に紅葉関係のものが何一つないけどまぁいいか」
そういうことになったらしい。
各々、とりあえず一杯目のビールを手に乾杯の声を合わせる。
「それじゃ、俺たちの大学二年の色づく秋に乾杯」
「「「乾杯」」」
石蕗の音頭に合わせて、俺たちはビールの缶を合わせた。
そしてグイッと最初の一口を喉で堪能し、苦味にくーっと声を漏らす。
そして待ってましたとばかりに、石蕗が言った。
「じゃあ色づく秋ってことで、今日の議題は大学にたまに現れる謎の女子高生と、上杉がどういう関係かについてからだな」
「え?」
え?
後編(限定版)へ続く(明日更新予定)(今日の本編更新も明日に)