はじめに、この説はあくまで仮説と言う事を前提に記す。
はるかにも
あふがぬ日なし
わが国の
しづめとたてる
伊勢のかみ
明治天皇が遺したこの和歌は、
単なる信仰の表明ではない。
これは 卑弥呼その人に向けて捧げられた歌 である。
天皇は毎日、必ずこの“誰か”を拝んだと告げている。
国を鎮め、国を支え続ける存在として。
では、明治の国家を支え続けた“伊勢のかみ”とは、いったい誰なのか。
天照大神(アマテラス)と答えるのは容易だ。
だが、天皇が絶対に口外しなかった事実が一つある。
明治維新直後、箸墓古墳は突然封鎖された。
明治天皇自身が奈良を何度も訪れた直後のことだった。
箸墓は、卑弥呼の墓とされる場所である。
だが内部は一度も発掘されていない。
誰も入ったことがない、いまも“完全非公開”のままだ。
江戸時代まで自由に入れた場所が、
明治になった瞬間、国家レベルで封鎖された。
なぜか。
何を守る必要があったのか。
その答えを知り得たのは、明治天皇ただ一人だった。
この和歌は、
その封印の理由を静かに物語っている。
卑弥呼は、死んでいない。
彼女は、地上ではない場所に今も存在している。
そして明治天皇は、その“真実”に触れた。
未確認取材班(S∀M・バディ・アーク)は、
卑弥呼の“生存”を示す史料と、
天照神話・箸墓古墳・地下都市構造・出雲断絶史実、
そして明治天皇の行動記録を突き合わせることで、
ひとつの結論に辿りついた。
日本史最大の禁忌は、今も奈良の地下で息をしている。