昨夜は本当にぐっすりと寝ました。眼精疲労は残っているものの寝覚めは本当にすっきり、小説を書かないってこんなに健康的なことなんだなあ、と再確認した次第です。小説を書かずに小説を作る方法とかあればいいのになあ。私の親かまたその親がこっそり書いた未発表の作が押し入れの中とかから見つかって、それを私の作として出せたりしないものでしょうか。(そして実は発表済みだったとわかって責任を取らされる)
さかなしちなむといいます。生まれて40年くらい、ずっと長崎県大村市に住んでいます。大村市というのは長崎市や諫早市の北、佐世保市の南にある土地で、県のおおよそ中央に位置します。近年はベッドタウンとしての存在感で、県内自治体がどこも人口減となっている中、当市だけは人口増の一途でもうすぐ十万人を超えるそうです。昔は大の字を冠していても村は村だな、などと明確な実感とともに言われていたのに……。
この作品が処女作になります。高校時代に文芸部に所属していたのでその時の作品が真の処女作、あるいは中学校の頃に大学ノートに書いた小説(現存せず)が真の真の処女作になると思いますが、それじゃあ学校の授業の一環で書いたりしたもの(覚えてない)はどうなんだという話になるわけで、自称も加味していいのなら、やはりこの〝ロッカンデシベル〟が処女作になると思います。そのつもりで書いた作品でもあります。
これからもおそらく色々と書いていくわけですが、最初に出したもの、というのは、どことなくかたくなで、作者の好きなシーンばかりが入っていて、読者うけがいいか悪いかもおかまいなし、そんな「化けの皮を被る前の作品」ということになるんだと思います。だからこれはこれで記念碑として残しておいて、ゆくゆくは15万文字に削るために失われてしまった要素を復帰させつつ、読者うけも意識した、連載版を出したいと思っています。
次は先に別の作品を書こうと思っていますが、むしろもういいかげん新しいアイデアも尽きてきた、という時にやれば、それまでに培った筆力もぶつけられていいんじゃないかなと思っています。今の私は過去の私から見た未来の私なわけで、その未来の私たる今の私が『いつか電撃小説大賞に応募する!』という夢を昨日果たしてあげたわけなので、きっと今の私から見た未来の私(いつの私?)もやってくれることでしょう。
それにしても学校の課題の「原稿用紙何枚以上」というのを最後の行だけで枚数クリアさせるというあこぎなことをしていた記憶すらあるのに、そんな私が「15万字では足りない」と思う日が来るなんて思ってもみませんでした。未来があるのは確実ですが、どういう未来になるかなんてわかったものじゃないですね。なんだったらこのあとがきがアマチュア最後のあとがきだったのだ、となる可能性も……ないなんて誰もいえない。
2025年4月11日 さかなしちなむ