『恋詩曲』やその関連作に、温かいコメントや応援をいただき、本当にありがとうございます。
皆様の熱い声に背中を押され、物語を無事に着地させることができました。
実は、私の小説の書き方は少し変わっていまして……。
頭の中で「映画を一本丸ごと撮影した」ようにイメージし、それを言葉へと「翻訳」し、余白を意識しながら「編集・濃縮」していく、というスタイルをとっています。
そのため、一本の短編を現像するだけでも脳内の“作画カロリー”が半端ではなく、毎回魂を削るような作業になります(昔、友人にこの話をしたら「意味がわからない」という顔をされました)。
今回の『それからとこれから』も、一九九〇年代後半の空気感を、13年越しの澪と春菜の姿として必死に翻訳したフィルムでした。
無事に二人の『これから』を教会の白い光の中へと着地させ、きっちり大団円を迎えられたことで、私自身もようやく40年近く前のあの頃に、最高のケジメをつけられたような気がしています。
――と、ここで綺麗にエンドロールを下ろして、脳内カメラを休ませたいところなのですが。
どうやら私のカメラは、監督の言うことを聞かずに勝手に回り続けているようです。
スクリーンの向こう、一九九八年の教会の光を通り過ぎて、さらに十七〜十八年ほど進んだ未来の「水無瀬家」のリビングが、ふっと映り込んでしまいました。
そこには、高校生か大学生くらいに成長した娘さんと、すっかりお母さんになった春菜さんが、何やら激しく言い合っている姿が見えます。
どうやら娘さんが無茶をしようとしていて、春菜さんが必死に止めているようなのですが――
「涼子おばちゃんから聞いてるんだからね。お母さんの若い頃のこと!」
そんな娘の特大カウンターに、春菜さんが言葉を詰まらせている。
そこへ仕事帰りの澪くんが、苦笑いしながらドアを開けて入ってくる……。
血は争えないというか、あの真夏の無鉄砲な恋の遺伝子が、令和の時代にしっかり娘へと受け継がれている。
そんな愛おしい家族の日常の画が、勝手に「チラ見え」してしまっているのです。
きっちり終わらせたはずなのに、本当にこれで終わりなのかどうか、作者である私自身も首を傾げています(笑)。
この“終わらないフィルム”の破片を、いつかまた言葉に翻訳して皆様にお届けするかどうかはまだ分かりませんが、ひとまずは澪と春菜の物語を最後まで一緒に見届けてくださり、本当にありがとうございました。
皆様の胸の中にも、彼らの温かい『これから』の景色が優しく届いていますように。
◇
Web小説――ことカクヨムでの活動は、職場の同僚(ここでは部長と呼びましょうか)の、あの熱い一言が無ければ始めることはありませんでした。
私自身にとって初めての経験で、昨今の流行りに乗れず、「どこで区切るのか」「どこまで書き込むのか」と悩みながら、手探りでの投稿でした。
そんな拙作を読んでいただいた方々、応援していただいたすべての方々には、感謝の念が絶えません。
この八五年から始まった物語を、私自身もう少し見ていたい……と思いつつも、改変された八八年の物語も、いつかきっちり終わらせたいと思っています。
この度は本当に、ありがとうございました。
私信:
部長には今まで書いた原稿の修正前、未公開最終修正版(仮、プロットなど印刷したものを渡しているので公開したものと合わせて読んで悶絶してもらいたいものですね(ノ≧ڡ≦)☆