いつもお世話になっております。
下のお話は、限定近況ノートとして公開してました。途中までですが、こちらでも期間限定公開です。
実は短編として結構前に書いていたこの話。いろいろ考えてお蔵入りしましたが、ここで供養します。
よければご意見をお聞かせください。
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俺には、羽田夕映《はねだゆえ》という名の、同い年の幼なじみがいる。
住んでいるのはとなりの家。しかも窓越しに顔を突き合わせられるほどの距離で、夕映の部屋も俺の部屋の向かい側だ。
これがラブコメ漫画とかなら、これ以上なく恵まれたシチュエーションだろうな。
──もしも夕映と俺が、恋人同士だったら。
「たのもーっ!!」
「だからその道場破りみたいな登場の仕方やめろ」
柄にもなくそんなことをぼんやり考えながら、買ってきたマンガの単行本を読んでいると、夕映が何の前触れもなく俺の部屋に遊びにやってきた。
これが夕映以外の友人であれば、俺は一も二もなく追い返していたことだろう。
だが、夕映は悲しいかな、ガキの頃から知っている幼なじみなのだ。
たとえ性別が違っていても。
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。何読んでるの……って、『コイビト・スワップ』の最新刊だー!」
「ああ、今日発売日だったからな。学校帰りに本屋に寄って買ってきた」
「マジ!? 読ませて読ませてー!」
「まだ俺も読み終わってねえよ。少し待ってろ」
「いいじゃない、先に読ませてよ! 翔馬《しょうま》はいつでも読めるでしょ?」
そう言って、わがままにも俺が読んでるマンガ本を奪い取ろうとしてくる夕映の短めの髪から、安っぽいフローラルなにおいがした。
「……夕映。おまえ、なんか生臭いにおいがするぞ」
「え、うそ!? 今日は勢い余って髪に飛ばされちゃったから、必死で洗ったんだけどなあ?」
なんとなく、そのにおいの原因を推測し、俺は軽口を叩く。いつものことだ。
そして、夕映の反応も、いつもと一緒。
何が勢い余って髪に飛ばされたのか、というかもともと何をするつもりだったのが勢い余ったのか。
そんなどうでもいいことはいちいちツッコまない。
「お笑いだな。俺に近寄るな、妊娠するから」
「バッカじゃない? その程度で妊娠してたら、もう翔馬は百回じゃきかないくらい妊娠してるし」
「おまえが妊娠するのとどっちが先なんだか」
「はは、だいじょーぶだいじょーぶ。そのあたりはきっちりしてるから」
俺の軽いジャブをものともせずに夕映は懐へと入り込んできて、俺からマンガを奪うとそのまま俺のベッドへと寝ころんだ。
「おい、俺のベッドに寝転がるなよ。おまえの髪の毛がついちまうじゃねえか」
「そのくらい今さら意識しなくてもいいでしょ」
「意識じゃねえよ。髪の毛払うのって大変なんだぞ」
「わかった」
そう言って、寝転んだ状態から上半身だけを起こし、夕映はマンガを読み始めた。
「ベッドからどくという選択肢はないのか」
「ここが一番楽だし」
「我が物顔して幼なじみの部屋を占拠するのおかしくねえか?」
「ここが一番楽だし」
言ったところで夕映がどいたためしがないので、俺はそのあたりで自分から引いた。
まあ、幼なじみだし。気心は知れてるし、別に夕映が部屋にやってくること自体は嫌じゃない。
だけど、こいつが何を思って俺の部屋へと毎日のようにやってくるのか、意味はいまだに不明だ。
俺と夕映は、別に付き合っていない。突き合ってもいない。
どこにでもある、家がお隣さんの健全な幼なじみだ。
まあ、俺にも夕映にも、別に彼氏彼女がいるわけではないので、このような毎日が続くことに、何ら問題はない。
ただ。
夕映には──セフレが数人いることを除いては。
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「……だけどまあ、よく翔馬も、羽田さんと仲良くできるよな」
九月半ばの、とある木曜の昼休み。
昼飯もかねて出てきた中庭で、同じクラスの友人である|中谷純也《なかたにじゅんや》に突然そんな話題をふられた。
「……なんだ藪から棒に。仲良くできるってどういうことだよ。仲良くてもおかしくないだろ、夕映とは幼なじみでガキの頃からの付き合いなんだから」
純也の意図がいまいちつかめない俺は、そう返すも。
「いや、だってこういっちゃなんだけど、羽田さんって俗にいうビッチだろ? セフレの数とかも一人じゃないって噂だし、そのくせ特定の彼氏はいないし」
なるほど、そのあとの言葉で純也の言いたいことは理解できた。
「べつに夕映はビッチってわけじゃないぞ。単に性に奔放なだけで」
「それを世間一般ではビッチっていうんじゃ……」
「ま、だれかれ構わず、えっちするっていう状態からは今は抜け出したようだから、特定のセフレは三人くらいいるようだけどな」
「十分ビッチじゃねえか……ってさ、ひょっとして翔馬も羽田さんとヤリヤリなわけ?」
「いや……というか夕映とそういうことをしたことは一度もないぞ。そういうことをするような雰囲気になったことすらない」
「マジか!! なんでよ!?」
「ん? 当たり前だろ。なんで俺と夕映がそういうことをしなきゃならないんだ?」
「……」
俺は思ってることをそのままに純也へと伝えたのだが、当の純也はそれを聞いて絶句している。
訊きたそうだから正直に言ったのに、なんか納得いかないな。
「まるで信じられん……翔馬と羽田さん、まるで夫婦と言っても差し支えないほどの親密さを醸し出しているというのに……」
「いやまあそりゃ幼なじみだしな」
「いやいやいやいや、それなら普通、お互いに気心の知れた幼なじみだからそういうえーちーちーえーちーなことをしてみようとかなるんじゃねえの?」
「ならねえな、少なくとも、俺と夕映は」
「なんでよ!?」
「逆に訊きたいのだが、なぜ俺と夕映でそんなことをしなきゃならんのだ? えっちすることが俺と夕映の関係に絶対必要なのか?」
「……」
何の嘘も修飾もなく、ただ素のままに答える俺の言葉を受け、またもや純也が黙り込む。
まったく。
幼なじみが異性同士だからって、なんらかのやらしい雰囲気が生まれると思わないでほしい。
いまさらえっちなことなどしなくても、夕映のことは俺が一番知っていると断言できるくらいなのだから。
「……実は翔馬、羽田さんのことをひそかに汚い女だと思ってて、そんな女とえっちなことするなんて汚らわしいとか思ってたり……?」
「はぁ?」
「違うのか? それならまだ強引に、俺自身を納得させられるんだが」
「夕映のことを汚らわしいとか、一度も思ったことねえぞ」
むしろあれだけ自由に生きている夕映は、ある意味尊敬の対象だ。
俺以外の男とセックスしたからって、夕映が汚い存在になるのか? そんなの違うだろ。
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「ちーっす」
「相変わらずだな、もう少し普通のあいさつにしてくれないか」
「え、これがアタシたちの普通じゃないの?」
今日も、日が暮れてから俺の部屋へと乱入してきた夕映は、すぐさま俺のベッドにごろんと寝転がって四肢を伸ばす。
「はーーーー、つっかれたー」
そしてその愚痴だ。オヤジかおまえは。
「……今日は何発やったんだ?」
部活やバイトの類を一切やってない夕映がなぜここまで体力を奪われているのか明らかなので、俺は単刀直入にそう訊いた。
「んー、合わせて三回? まーったく、いくら一週間我慢したからって、こーへいのやつ、アタシを何だと思ってるのか」
「セフレだろ」
「違いない、はは」
こーへい、というのは、まあ夕映のセフレだが、恋人がほかにいる。
恋人いるのになぜ夕映とセフレなんかやってるのかよくわからないが、まあいろいろ事情があったとしても、それを知るつもりは俺にはない。
「まったく、体力回復するはずの宿屋でなんで体力奪われなくちゃならないの」
夕映はベッドに寝ころんだまま俺のほうへと寝返りを打ってそういう。そこに後ろめたさは一切ない。
「寝る、の意味が違うからだろ」
「およ、どーしたのきょうの翔馬は、ツッコミが激しいね」
「うっさいわ、せっかくガチャでいい流れが来ていたというのに、おまえが来ると同時に引いたら十連ガチャが全部外れだったわ」
「ゲームの話? それアタシのせいじゃなくない?」
「おまえがハードラックを運んできたんだよ、言わせんなめんどくさい。だいいち疲れたんなら俺の部屋までくんな」
これ以上課金できない状態までガチャをまわして夢破れた俺は、八つ当たりを多少含んで厭味ったらしくそう言うも。
「いやー、アタシにとってはこの部屋が一番HP回復できる場所だからさー、つい」
夕映はいつもの如く、どこ吹く風である。
ま、今さら細かくぐちぐち言ってもなんも変わらないのもいやというほど知ってるので、俺は夕映をほっといてゲームに集中することにした。
「なんだよー、こんなかわいい幼なじみと二人きりだっていうのに、翔馬はゲームのほうが大事なの?」
「少なくともゲームには金がかかっているが夕映には金なんぞかけてないから、どちらが重いかは明らかだ」
「そりゃそうよね、アタシこんなにスレンダーだし」
「重いの意味をはき違えるな。だいいち、おまえは体力回復するベッドの上で体力消費してるんだから太るわけねえだろ」
「あはは、ハダカでするスポーツ、ってね。翔馬はゲームばっかりやってて運動不足なせいか、最近なんか余分三兄弟がついてきてるんじゃないのー?」
「夕映がいないところで腹筋と腕立て伏せを毎日やってるから心配ご無用」
ま、確かに夕映は細い。が、おっぱいはそこそこある。激しく運動しておまけに激しくもまれれば、そうなるわな。
別におかしなところなんてない。
「えー、そうなんだ。じゃあ今度は翔馬と一緒にあたしも腹筋しようかな」
「何が悲しくておまえと一緒に筋トレしなきゃならん」
「いやさー、翔馬が腕立て伏せやってる真下で、アタシが腹筋やるっていうのも面白いんじゃなーい?」
「だれがやるか。だいいちそんなことしたら汗が夕映に垂れて大惨事になるぞ」
「別に翔馬の汗程度、汚いとは思わないけど」
「俺が嫌だわ」
「……あっそ」
くそう、友情トレーニングがうまく重ならない。あ、もちろんゲームの話な。
今の俺には夕映との会話よりもスマホの向こうのウマガールを愛でるほうが大事。超だいじ。
「……ま、翔馬がダイエットしたいならば、アタシはいつでも協力するけどさ」
「おまえに協力してもらわなくても自力で何とかするから、余計なおせっかいを焼かなくて結構。いいから自分のことだけしっかりやれ」
「……ん」
夕映も夕映で、それなりに俺のことを気遣ってる部分もあるんだろうが、俺がそれを望んでいない以上、無駄な気づかいだ。
いいから夕映は俺にかまわず、自分がしたいようにして、笑って生きててくれ。そこに俺が割り込むとしたら、幼なじみとして付き合える最低限の時間だけでいいから。
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とある金曜の放課後。
俺は、隣のクラスの美少女、|長崎柚子《ながさきゆず》さんに呼び出され、校舎裏にある通称・伝説の樹のところまで来ていた。
「翔馬君のこと、ずっと好きでした。良ければ、お付き合いしてください」
なんとなく予想はしていたけど、案の定。
こうやって告白されるのは、高校に来てから二度目だ。
そして、長崎さんと言えば、割と清楚で清潔感のある女子として、男子の間でかなりの人気を誇っていた。清純派の象徴のようなツヤツヤのロングストレートな黒髪は、まるで夕映とは正反対。
好みじゃないわけじゃない。嬉しくないはずがない。
こんな美少女が、俺のことを好きだと言ってくれてるんだから。
だけど、俺の口から出た言葉は。
「……すまないけど、少し考えさせて、欲しい」
他人が聞いたら優柔不断も甚だしいと思えるような、気弱な返事だった。
まあでも、それも致し方なかろう。ここ、有名な告白スポットだからな。ここで即答した日には、明日には学校内のうわさになってる可能性ありだ。どこで誰が盗み聞きしてるかわからないし、ああもどかしい。
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そうして俺は、だれもいない自分の部屋でぼんやりと考える。
夕映は、セフレの『あきと』とデートと言っていた。今日が金曜日なので、お泊りデートとかになる可能性は大きいはず。おそらく来訪はないだろう。
……長崎さん、か。
一体俺のどこが良かったのかわからない。少なくとも、そんなに接点はなかったはずだよな。
せいぜい、週に二時間程度しかない選択授業の音楽で一緒だったくらいなはずだし、そこで話した記憶もほとんどない。あれほどの美少女である長崎さんとよく話していたら、俺だってちゃんと記憶に残すだろうから。
なのに、ずっと好きでした、と、長崎さんははっきり俺へと伝えてくれた。それだけでも、どれほどの勇気を必要としただろう。むげに断るのは憚られる。
ただ、だからといって、その気もないのに付き合うような真似も、失礼だよな。
──さて、どーすればいいやら。
そんなことを考えていたら、いつの間にか時計は十時半を指していた。
「……おっと、もうこんな時間か」
誰もいない部屋で一人そう呟いて、風呂に入る準備をしようと席を立ったところ。
「こんばんはー!」
「……夕映」
突然、部屋の扉が開き、もうすぐ深夜だというのにそんなことを微塵も気にしない様子の夕映が来訪してきた。
「なんだ、きょうは来ないと思ったぞ。明日は土曜だし、てっきりお泊りデートで一晩中パコってくるのかと」
「あははー、もちろんそう誘われたんだけどね。一晩中やり続けるのも面倒だし体力使うし、寝る前くらい翔馬の顔を見たいかなーって」
「よくわからんが……一晩中パコるのも、確かに大変そうだな」
「そだね。おまけにえっちって自分一人だけで気持ちよくなるわけにもいかないから、気も遣うしね。気力も体力も持ってかれるんだよ」
挨拶もそこそこに、夕映がゴロンと俺のベッドに身体を預けた。
「あー、普段使わない筋肉を酷使したから、脇腹が痛ーい」
「……どんな体位でやったんだよ?」
「んー? なんだかわからないけど、ひっくり返されて恥ずかしい体勢で責められた」
「ふーん。まあ夕映も相手も気持ちよかったんなら、それでいいんじゃね」
「……そだね。翔馬、これからお風呂?」
夕映は話しながらベッドに横たわっていたが、俺が下着を用意していることに気づいたらしい。そう訊いてきた。
「そうだ。入ろうと思って準備してた時におまえが来た」
「そっかー。ああ、あたしもお風呂入ってゆっくりしたいなー。筋肉痛残りそうだし」
「一緒に入るか?」
「……やだ。恥ずかしいもん」
いつもの俺たちらしく、軽口を言い合う。もちろん俺の誘いは本気のそれではないから、断られたダメージなども皆無だ。
「はは、セフレどもには惜しげもなくハダカを見せてるくせに、俺に見せるのは恥ずかしいのか」
「……そりゃそうでしょ。翔馬は|幼なじみ《トクベツ》なんだから」
「ああそうか。ま、幼なじみだもんな、そりゃ少しくらい特別じゃなければ、俺もこんな時間に夕映のこと部屋になんか入れねえよ。じゃ、風呂入ってくるから、夕映は適当にのんびりしててくれ」
そう言い残して風呂へ向かうため部屋の扉を開けようとしたら。
「……長崎さんに、告白されたんだって? どうするの、つきあうの?」
夕映が不意打ちを食らわせてきた。
なんでもう知ってるんだ、今日の放課後のことだぞ。うわさの広がる速度舐めてたな。
仕方ないから、正直に、あいまいに返事しとくか。
「……わからん、まだ考え中だ」
「そっか。長崎さんって、ほんといい娘だよ。それだけは保証する」
「おまえの保証などに頼らなくても、知ってるわ」
「ならいいけどさ……翔馬が彼女作ったら、あたしも彼氏作ろうかなー、なんて思ってるから、いちおう、どうするかは教えてね」
「彼氏作るって……今いるセフレどもはどうするんだ」
「セフレはセフレだよ。あたしの中でそれ以上の存在に進化することはないし、たぶん、あっちもそうだと思うから、全部切れるだろうね」
ふむ。
結局、夕映の中ではセフレどもはそこまでしか大きくなっていない、ということか。大きくなるのはやつらの股間だけなんだな。
「……ははっ」
「何笑ってるのよ」
「いや、つまらんギャグが脳内に浮かび上がってきてな。ま、とりあえず風呂に入りながら、長崎さんと付き合うかそれとも断るか、ゆっくり考えてくるわ」
「わかった。いってらっしゃい」
そうして俺は、ゆっくりと、のんびりと、風呂につかっていろいろ考えた。
当然ながら考えはまとまらなかったので長風呂になってしまい、自分の部屋に戻ったときには日付が変わる一歩手前の時刻になっていたのだが。
「……おかえり、長風呂だったね。で、考えはまとまった?」
ベッドに横たわったままとはいえ。
夕映は律儀に、俺が部屋に帰ってくるまで、待っていたようだった。
「……なんだ、まだいたのか」
「うん、ちょっとストレッチするから、翔馬に手伝ってもらおうと思って」
そう言って夕映は起き上がり、ベッドの上で両足を広げ、上半身を前に倒す。
「相変わらず身体柔らかいな、夕映は」
「あいたたた」
しかし、筋肉痛のせいか、夕映はうまく上半身を倒せないらしい。いつもならぺったりと床にくっつくくらいなのに。
「……あーあ、こりゃだめだ。ね、翔馬、手伝って」
「なにをどうすりゃいいんだ?」
「背中、押して。というか、背中から覆いかぶさって」
「お安い御用だ」
というわけで、風呂上がりで火照った身体のまま、俺は背中から夕映に覆いかぶさるようにして背中を押す。
夕映の身体は、俺の重みなど必要ないくらい、あっさりと曲がった。
「……ふしぎなもんだね。翔馬に覆いかぶさられたら、ぜんぜん痛くないのになあ……」