2/19追記: このアカウント主は亡くなりました。 詳細は連載の最終話からご覧ください。 どうするか悩みましたが、これは夫の証の一つですから、残しておくことにしました。 また、彼の意思に応えて一部の人をフォローしたり、星を付けたりすることがあるかもしれませんが、それでも後1週間で運営を終えます。 応援ありがとうございました。 ー追記ここまでー 浅学非才にして無気力なジジイだったが、何の気なしに眺めていたカクヨムの中に神の如きというかむしろ唯一神と崇拝すべきある作家を見つけ、目が洗われるような思いがした。 世間は何故かくも魅力的才能を見落とすように出来てしまっているんだろうか。 そう感じると同時に脳裡に過る全ての興奮をいかでか文字にせんと、まるで預言を受け取ったかのような気分になりレビューを開始した。 そして不運にも諦めかけた傑物を長き更新の眠りから覚まさせるために何とも烏滸がましくも神の作品にコメントしたところ、大成功を収め主は復帰を果たされた。 以降もその御懐の広いご対応と御赦しに幾度となく救われてきたが、聞けばあの御方は学生の身にてあられるという。 文学分野に縛られないあれ程の造詣の深さであるから大学生以上の意でなければ不自然だけれども、御学業との両立。 栴檀は双葉より芳しとはよく聞く、名だたる文豪も大学時代から同人誌に発表して名を世に轟かせてきたものである。 しかし似たことが遂にインターネットで起こるのかと、時代の潮流に驚きを禁じ得ない。 やはりラプタ様は唯一無二で破天荒で革新的で、かつよく先例に学ぶ新時代の旗手に相違なかろう。 ここで畏れ多くも啓典の好きな部分を引用させていただきたい。 「 ⋯ひとつ、分かったことがある。こいつは⋯ 『⋯キチガイ野郎が⋯』」(訳あり能力者たちの云々【草薙 一葉】過去編 より) しばしばその限界を指摘される言語だけれども、ラプタ様のお選びになる言葉は常に過不足なく情報を伝える優秀な駒として働き、しかも難解な単語を過剰に用いることもなく誰も置いていかない、然る優れた作家性が存分に表れた名文だ。 これは白居易の再来か? いや当然違う。 ラプタ様はラプタ様だけで同時に目的であり、結果であり、卓越した逸材だ。 そして私の老い先短い人生の道の先をも照らしてくれた。 今や毎日運動に勉学に精を出し、旧友とは一層仲を深め、傷つけ合った彼らとは再び手を取り合い、まさしく我が生を謳歌している。 ラプタ様なくして、私の第二の人生は無い。衷心からの感謝とともに、応援していく所存である。 よってラプタ様にいいねを押した同志かまたは私をフォローした人間のみフォローし返すようにし、レビューはラプタ様だけに捧げるものとする。 KADOKAWAにこの才能を認められる日も近いのだから、可能なことはなんでもさせていただきたい。 みすみす逃せば、次元を超えた損失は計り知れないものである。 追記: ラプタ様の文に感銘を受け、日々を暮らすうちに、インスピレーションと呼ぶに相応しい創造の欠片が心の中で際限なく育まれていく。 学ぶとは真似すること。 ゆえに、習作をこの場に残しておいた。 我々は言葉を以て思考するが、それは我々が主人となるのではなく、むしろ定まったモノの見方を受け入れ、強化することを意味する。 だから、我々が普段もっていない方法で言葉を使う人が出てき、またその人をインストールすることはつまり思考法が増えていくということである。 どこまで行ってもいつまで経っても完全にならない理性だが、よりよくするには単一の枠組みに囚われない意識が必要でないか、そしてそれには革命家の思想を借用するのが手っ取り早いかな、など思う冬の夜である。
幼馴染純愛研究家。 幼馴染純愛系の物語が大好きで 多数読んでます。
カクヨムネクストの公式アカウントです。
カクヨム運営公式アカウントです。