【本閑話は、11/27にサポーター限定公開、12/27に一般公開しました】
※リアナ島で、アンジェの歓迎会を行った日の話です。
side ウィズ
ある日、主様の元に、一人の少女がやってきた。
神龍様の分身の分身。主様がアンジェと名付けた少女は、気高くそして優しい少女だった。そして、私と同じ。主様のために作られた存在。主様のことだけを思い、行動する存在。
でも、そのことは主様に気取られてはいけない。私も……そして少女も。
もちろん、少女は私と同じく、自身の存在意義と存在価値に何の不満も抱いていないだろう。
私は、そんな「同士」のため、主様の世界で有名なゲームのファンファーレを鳴らした。たぶん、主様も喜んでくれていると思う。
そんな少女の歓迎会に私は喚び出された。
■□■□
「ウィズ、じっとして」
私は少女からナデナデ攻撃を受けている。絶妙な少女の撫でテクは私を惑わす。精霊のツボを知っているとは侮れない。さすが神龍様の分身だ。敏感な耳をなんとか隠そうとしたけれど、「神の手」がそれを許してくれない。頑張って逃げようとしたけれど……逃げられない。
そんな私を見て、主様が笑っていたので、思わず、悪態をついてしまった。
「神と戦う一般庶民の気持ちが、主様にはわからんのだ、です」
そう。戦う力を考えれば、私は何も持っていない。ひ弱な精霊、一般庶民だ。そして少女は、神に等しい力を持っている。たぶん主様は、その本質に気が付いていないようだけれど……
でも……主様を守れる「知恵」を私は持っている。主様を「守りたい気持ち」は少女にも、誰にも負けない。
やがて、耳の先から尻尾の先まで撫でまくった魅惑の掌は、次のターゲットへと向かう。
ふう。あとは頑張って欲しい、エル様。
■□■□
楽しかった食事を終えた時、突然、主様が立ち上がった。
「ところで、みんな。聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
そして、私たち三人の顔を一人一人見る主様。
「ちゅう」
「早く言えです」
「何?」
「僕もエルも、女神様が課題で言っていたレベルを越えられたし、アンジェは、もともと高いレベルで問題ないと思うから、この島を出ようと思うんだけれど。アンジェも早く外の世界を見たいと思うし……どうかな?」
エル様はすぐに同意したけれど、私の心は揺れる。
アカシックレコードに接続できる私は、双月の時に向けて、エテラルゼ王国が準備している「内容」を知っている。知の精霊である私は、わずかな未来予知の感覚を持っているが、その感覚が真逆の「何か」を伝えてくる。
「双月の時を待て」という感覚と「双月の時の前にこの島を出ろ」という感覚の二つを。
本当なら、双月の時を待たねばリアナ島から出ることは叶わぬはずだから、考えるまでもない。だが、どうやら主様にはこの島から脱出するための何か腹案があるようだ。それだけに、私は迷っていた。
どちらを信じて、主様に告げれば良いのか?
主様が望む平穏な生活を目指すなら、なるべく早くこの島を出た方が良いと私の予感が告げている。だが、主様が持つ「運命」に沿うなら、双月の時を待った方が良いと告げている。
ということは、双月の時を待つことで主様は本意ではない運命に翻弄される可能性がある。残念ながら、アカシックレコードは万能ではない。可変である未来は記録されないから。なので、何が起こるのかは分からない。
どうするべきなのか……
私が戸惑っている中、主様が「ちなみに、この島を出る方法だけれど――」と言ったとき、少女がその言葉を遮った。
「今、伝言がきた。神龍様がお呼び。明日、行く」
そして、主様は明日、神龍様を尋ねることになった。
ナイス!
これで少しの時間を稼げた。この時間を使って、私の予感が何を示唆しているのか、アカシックレコードを探ってみよう……
■□■□
その夜。
アカシックレコードから、神龍様が何をしてきたのかを知った私は、少女の元を訪れた。
「アンジェ様」
「何?ウィズ」
私の呼びかけに、よどみなく少女はベッドの上に起き上がった。少女の姿が、窓から差し込む月の光の中に浮かび上がる。突然現れ、空中に浮いている私の姿に驚くこともない。まるで私が訪れることを知っていたかのようだ。こちらを見た少女の表情には何の感情も現れないが、その目は興味深そうに一瞬、キラリと光った。
「率直にお尋ねします」
「ん」
「神龍様は、主様に、この世界の未来を託そうとされておられるのですか?」
そう。神龍様はこの世界を救うため、誰かに託そうとしている。自らの身を犠牲にしてこの世界の「重し」となった神龍様は、伸ばし切れない手を届かせるために、誰かを待っていた。
「お婆さまの真意は分からない。ただ……」
「ただ?」
私を見つめていた少女は、その視線を虚空へと向けた。
「お婆さまが、この世界を守ろうとしているのは確か。もちろん、ミナトも守る対象の中に含まれている」
私は、しばらくの間、少女を見つめていた。
その視線の先には、何が見えているのだろうか……?
「……では、もう一つだけ。あなたにとって、主様の存在は何でしょうか?あなたは神龍様の代弁者として主様に接するのでしょうか?」
すると、少女はゆっくりとこちらを見て口を開けた。
「ガーーン」
「は?」
「お婆さまの記憶の中の映像。衝撃を受けたら口を開けて『ガーーン』と言うそう」
「…………」
「私は、ミナトに会った瞬間、気がついた。私は、この人のために存在したいと」
私は目を見開いた。まさか……
「そして――私の魂が、この人に惹きつけられるのだと」
ああ――同じだ。この少女は、私と同じだ。たぶん、自身の存在意義さえも……
「だから、私はただミナトの運命に寄り添い、そして付いていく。それが私の望み」
そうだった。私も主様に従う存在だ。ならば、主様の運命にもただ従うべきだ。主様が「運命の分岐点」に立ったなら、黙って追従するのみ。主様が踏み出す先に、私の言葉は必要ない。
私はゆっくりと床に降り、そして少女に頭を下げた。
「ありがとうございます。アンジェ様」
「ん」
少女が私を見る目は、主様の心を映すかのように温かく、そして優しかった――
私はウィズ。主様に「仲間」と共に従う精霊だ。
(12/27公開予定です)