「アイスなくなっちゃった……」
突如起きた怪奇現象にお夏は目をまん丸とさせながらも悲しげに呟いた。
この怪奇現象を見た女将も流石に座敷童がいる旅館だとうたっていたとしても驚きを隠せないようだった。
「これ座敷童の仕業って事ですかね?」
倫太郎が女将にそう聞く。
「多分、でも今まで物が無くなるみたいなことは起きたことがなくて、足音とか子どもの笑い声が夜に聞こえるくらいだったんですけどね。私も座敷童とか何とかいうものは動物の足音とかが勘違いされていたものだと思っていて、本当に座敷童がいるとは思っていなかったんですがこんなことが起きたっていうことは本当にいるんですね」
倫太郎たちは身近に玉藻という神がいるし、河童にも先ほど会ってきたのでこういった妖怪のような類いは居て当然だと思いこんでしまっていたが女将のような反応が普通だろう。
女将は少し混乱していたがふとアイスがなくなったことを残念がるお夏を見て我に返った。
「ああ、こんな事は初めてですが多分うちの座敷童が食べてしまったと思うので新しいものをちゃんとお出ししますね」
女将はそう言うと、いそいそと厨房へと戻っていった。
お夏はそう言ってアイスを盗られたことを怒ってはいないようでちゃんとアイスが食べられることに胸をなで下ろしていた。
「よかったー」
アイスを盗られたこと自体よりも、もう食べられないかもという不安の方が大きかったらしい。
ほどなくして女将が戻ってきて、新しいバニラアイスが運ばれてきた。
「今度は大丈夫だと思いますが……」
また同じことが起きてしまったらどうしようといった様子の女将に改めて三人でスプーンを入れた。
お夏はご機嫌で今度は誰にも取られないように少し早めに食べ進めている。玉藻も満足そうに食べていた。
今度は何事も起こることなくデザートを食べ終えた後、女将から風呂の案内があり、三人はそれぞれ入浴の準備をすることにした。
女湯では玉藻はちゃんと湯に浸かる前に手際よくお夏の体を洗っていた。
「ちゃんと目をつぶるのじゃ」
「はーい」
頭を洗い終え、体も流して「これで終わりじゃな」と玉藻が思った、その時。
玉藻は違和感を覚えた。
「……む?」
玉藻の前には未だに泡だらけの頭がそこにあった。
一瞬ちゃんと洗い流したはずだがと首を傾げたが玉藻は洗い残したかと特に深く考えず、その頭をつかんで洗い始める。
「ほれ、泡が残っておるぞ」
その時、露天風呂の方からちゃぷんと音がしたかと思うとお夏の声がした。
「おっかさん! 早く入ろー!」
その声の方向が見ると確かにお夏の姿が見えた。そして、じゃあこの目の前の子はと視線を戻した時にはもうそこには何もなかった。
「今のは座敷童か! 神である儂でも分からなかったわ」
「え? また出たの? どんな子だった?」
玉藻の言葉に反応して座敷童が出たことについて興奮気味にお夏は聞いた。
「そうじゃが、急に居なくなってしまうものだからどんな子だったかは分からんなぁ」
「へー、でも折角入ってきたなら一緒にお風呂に入れば良かったのにね。アイスを盗られるのは嫌だけど友達が増えたら楽しいし」
それを聞いたお夏はそう言った。
「お夏は優しい子じゃな。じゃが、神である儂にも気取られずに近づくとはなかなかの者よな。まあよいか今はゆっくりこの湯を楽しもう」
玉藻とお夏は露天風呂に入り、湯に浸かりながら星の見える夜空を眺めて、ゆっくりと体を温めてから倫太郎と部屋で合流した。
「私、あの座敷童と友達になってみたい。座敷童ってどんな子なんだろう見てみたいよ」
布団を敷いてゆっくりしているとお夏がそんな事を言い始めた。
「そっか、じゃあ目の前に出てきてくれるように頑張ってみようか」
倫太郎は部屋に置かれていたぬいぐるみや人形を集めてちゃぶ台の周りに並べた。
「何してるの?」
「ああ、これ? 座敷童は楽しそうにしてると出てくるっていうからこれでどうかなって」
お夏は倫太郎の言葉を聞いて、なるほどと頷いた。
「ねえねえ、もし来てたらさ、一緒に遊ぼうよ!」
お夏もぬいぐるみを動かしながら、明るい声で呼びかける。
「かくれんぼでもいいし、おままごとでもいいよ!」
しばらく待つ。が――何も起きない。
「……来ないね、残念」
「どうやら、その気はないようじゃな」
お夏はしょんぼりと布団に腰を下ろした。
「無理に呼ぶもんでもないし、今日はもう寝ようか」
「うん……」
少し残念そうにしながらも、お夏はそのまま布団に潜り込んだ。
――その直後だった。
ぴこ、ぴこぴこ。
「……?」
部屋の隅に置かれていた電池式のぬいぐるみがひとりでに動き出した。
「え?」
さらに、たたたたっ、と軽い足音が天井近くを走り回る。
「なんじゃ、面倒な子じゃのう」
玉藻は呆れたように息を吐いた。
「さっきから一緒に遊ぼうと言っておったのに、儂らが寝ると言った途端に出てくるとは」
足音はますます激しくなり、押し入れの方からがさがさと音がした。
「しかし……これでは眠れんな」
玉藻は静かに立ち上がり、指先に神力を集める。
「少し強引じゃが、捕まえさせてもらうぞ」
玉藻は押し入れの当たりに手を向けて、神力を使うとガタッ、と押し入れの中から物音がした。
「お夏、開けてみるがよい」
「うん!」
お夏はかくれんぼでもしていたかのように押し入れの戸を勢いよく開ける。
「みーつけた!」
中にいたのはお夏よりも小さな女の子だった。
江戸時代で見たことがあるような着物――いや、着物と呼ぶのも憚られるほど、ぼろぼろの布きれを着ているがそれ以外は風呂で玉藻に洗われたからか身ぎれいにしていた。
「……っ」
少女は怯えたように身を縮め、たどたどしく口を開いた。
「あ、あそ……び……」
「そっか、遊びたかったんだね」
お夏は言いたいことをすぐに理解して、しゃがみ込み、目線を合わせる。
「でもね、夜中に走り回るとみんなびっくりしちゃうよ」
少女は小さく頷いた。
「この子、遊びに誘う方法を知らなかったんじゃな」
倫太郎はこの子の服とこのたどたどしい様子から、はっとした。
座敷童は口減らしで命を落とした小さい子とされていて、きちんとした社会性を身につける前に死んでしまったり、誰かと遊ぶことのないまま死んでしまったという、座敷童が出た家は栄えるという話が先行しがちではあるが悲しい背景を持っている。
ということはこの子もそういった悲しい背景があるのだろう。
お夏はにっこり笑って座敷童に話しかけ。
「友達になろ?」
「……いい、の?」
「うん!」
その夜、ほんの少しだけ一緒に他の客の迷惑にならないように静かに遊ぶと座敷童は今度は姿を消すことなく、お夏の布団で一緒に眠りについていた。
それから座敷童と一緒にお夏は遊び、まるでお夏に妹が出来たようだった。
だが、別れの時間は来るものでチェックアウトをしなければいけない時が来た。
ちゃんとお別れをしようとしたが、あの小さな影はどこにも見当たらない。
お夏はきょろきょろと辺りを見回した。
「居ないね……」
「姿を見せなくなったか」
玉藻も静かに周囲の気配を探るが見つけられないようだった。
「ちゃんとお別れしたかったな。もしかして嫌われちゃったかな」
お夏は少ししょんぼりと呟く。
「それは違うよ。きっと、悲しくて出てこれなかったんじゃないかな」
倫太郎がそう言うとお夏は小さく頷いた。
名残惜しさを胸に残しながら、三人は玉藻の神力で自宅へと戻った。
玄関に降り立ち、靴を脱ごうとした、その時。
「……ん?」
倫太郎は背後に感じる小さな気配に振り返った。
そこには――。
玄関の前に裸足でちょこんと立つ小さな女の子の姿があった。
「……きちゃった」
この子を家族に加えることになる倫太郎たちであるが、この子の江戸で生きていた記憶から飢饉に苦しむ村で座敷童となる前の家族を助けることになるのはまた別の話である。
ーー
あんまり本編も更新できなくて申し訳ありませんでした。とても仕事が忙しくてあんまり書けていないのと作者が迷走してしまっているからです。
本編で最近投稿した話が短かったのは主人公と同じように同じ時代のドイツに転移できたナチスVS江戸幕府をやろうかなと思っていたのを没にしたというのもありますが何を書いていいのか分からなくなってしまっています。
疫病を主人公がどうする見たいなのも書きたかったのですが非常に難しく、コメントにもあったのですが主人公が転売ヤーみたいだというのを解決できなくて困ってしまっていて、サポーター限定SSの配信者玉藻みたいな感じの現代からの視点に一旦変えて投稿しようと思っています。
サポーター分還元出来ていないと思いますが出来るだけ頑張るのでこれからも応援よろしくお願いします。