雨雲が通り過ぎたのは夜明け前だった。
激しい風が窓枠を叩き、木々が神楽鈴が鳴るかのように激しく揺らされる騒音が静寂な寝室へと流れてくる。音のせいか寝付けないまま深夜が過ぎた。
それでも何とか寝ようと体は横にはなっていたが、どうにも眠気が過ぎてしまった。直前に見ていたスマホのせいかもしれない。
眠るのにはスマホの光りは目に"毒"だと何かで聞いたことがある。
"毒"とは言ったが、正確には目に悪いぐらいのニュアンスだ。
スマホの画面からの光は眠りを妨げると言う話だったように思う。
それも正確な情報かはわからない。ただ、そんな様な話を聞いたことがあると言うあやふやなものだ。人の記憶とは大抵、出力される時に大なり小なり誇張されて、華美になって、正確性を失っていく。記憶をそのまま取り出して他者に見せる事が出来ない以上、自分の中ですら伝言ゲームの様に歪んでいくのだろう。
或いは、自分の中の記憶もまた無意識に改竄しているのかもしれない。
ともすると、自分の記憶と相手の記憶に齟齬が発生することもそれなりにあるのかもしれない。
これは怖い話なって来た。
何が正確な記憶なのか、カメラやボイスレコーダーを人間の中に内蔵出来たなら"記憶の正誤"がわかるかもしれない。そこまでしたいとは全く思わないが。
僕と誰かが仮に同じ物を見たとして、其々の感想も見え方も違うのだろう。同じ結論に至ったとして、同じルートを辿るわけでは無いだろう。ならば"記憶"も同じように、千差万別の中で表面上は一致しているだけなのかもしれない。
さて──
僕の記憶が全て事実と反していたら。
そんな事は考えたくないが、仮に前提条件が改竄されていたら。更には、周囲の人間も同様の状況だったとしたら。
果たして何が真実足り得るだろうか?
──"真実"とは誰が知り得るのだろうか?
僕はただ眠ろうとしていた。その機を逃してしまった。今も、ずっと。それだけの話だ。
ただ漠然と考える。
──雨雲は本当に夜明け前に過ぎ去っていたのか、僕はカーテンを開けていないからそれが真実かもわからない。