海の波は高かった。風は時折吹き抜ける。日差しは強く、しかし雲は幕を張るように空を覆っていた。
車内には静かにラジオのパーソナリティが曲の紹介を始めていた。随分と古い選曲で、過去にCMで流れていたような聞き馴染みのあるBGMが流れ始める。
車はゆっくりと港町の海岸沿いの道路から山道へと走り出していた。
「ちょうど、今ぐらいの時期か」
運転席の男がポツリポツリと言葉を零し始める。
「海に落ちた男がいてな。この辺の住民みんなで探し回ったんだ」
僕は生返事を返しながら、困惑気味に頷いた。
「いくら探しても男は見つからなくってな」
「えっと、怖い話ですか?」
僕は思わず口を挟んだ。
「いや。不思議な話だ」
男は淡々とした口ぶりで語る。
「夜になっても見つからなくて、その日は捜索を取りやめたんだ。男は次の日、あっさりと見つかった」
「はぁ」
「どこで見つかったと思う?」
「海の中じゃないんですか?」
「ドザエモンだったって?」
男の声音は想像よりも明るかった。
「……違うんですか?」
「ああ。そいつは家から出てきた」
「え?」
「海に落ちた後、自力で泳いで対岸に辿り着いて家に戻っていたらしい」
「その間、誰にも気付かれなかったんですか? その人」
「そいつは一人暮らしな上に、近所すぎて濡れて家に帰る人はそれなりに多くてな。探されている事にも気づいてなかったんだ。海に落ちるところも偶々目撃者がいたってだけだからな」
「それじゃあ、そもそも誰が落ちたかも知らなかったんじゃないんですか?」
「それがな。落ちるところを知り合いに見られてたんだよ」と男は苦笑した。
男の言葉に違和感を覚えながらも、僕は別の質問をした。
「その人、どんな服装で落ちたんですか?」
「さあ。覚えてないな」
男はフロントガラスの奥を漠然と見ながら話を結んだ。
気がつけば、目的地についていた。
「ありがとうございました」
「まあ、これが仕事みたいなところもあるしな」
「平日はあんまり人、来ないんですか?」
「それもあるが、明日から天気が悪くなるってニュース見なかったか?」
「あー……忘れてました」
「そうか」
男は呆れたように呟いて、エンジンをかけた。
「そういえば、海に落ちた男は──誰だったんですか?」
男は少し考えるように虚空を見つめてから口を開いた。
「そうだな──お前が想像する通りの人物だろうな」