猫の日SS[おやつ]
「あーっ!ねこちゃんだー!」
街道沿いを歩いているとき、オレたちの横を通り過ぎようとしていた荷馬車から、唐突にそんな声が聞こえた。
オレは耳をピクリと動かす。
...ん?こどもか?
荷馬車はスピードを落として、オレたちと並走し始める。
「こんにちは。良い天気ですね」
中から女性が顔を出して言う。
「ああ」アレンの短い返事。
「あのねー?きょうはねこちゃんの日なんだよ!」と女の子。
猫の日?なんだそれ。
「...ねこちゃんの日、か?」
アレンが少し目を細めつつ問う。
女性が補足する。
「ええ、そうなんですよ。私たちの故郷では今日は猫の日。大昔に先祖が猫の姿をした神様、猫神様に命を救われたとかで。猫に感謝する日なんです」
へー。面白いなそれ。
「その子、黒猫ちゃんだよね?」
女の子は目をキラキラさせながら尋ねる。
「そうだな」アレンは短く答える。
「わあ!今日は移動の途中だし、ねこちゃんには会えないと思ってたけど……会えてすごくうれしい!」
そう言いながら、女の子は小さな肩掛けカバンをごそごそし始めた。
「これ!ねこちゃんも食べられるおやつなの!」
そう言って、手作りらしい布袋を取り出した。中には乾燥させた小魚のようなものが見える。
袋から一つ取り出し、「はい!どうぞ」とオレに向かって差し出す。
好奇心に駆られて近づいてみると、それは確かに香ばしい匂いがする。少しばかり警戒しながらも、口に入れてみた。
(うまっ!!)
思わずしっぽが左右にゆらゆらと揺れる。オレの瞳が輝いているのが分かったのか、アレンもふっと笑う気配がする。
「美味しかったみたい!」
荷馬車の母親が笑う。
「本当ね?良かったわね。うちの実家で作った手作りのお菓子なんです」
「にゃぁ」
(ありがとな!)
オレは一度鳴いてみせる。
「おかわり欲しいのかな?」
女の子が首を傾げる。アレンが一歩前に出て、
「礼を言っているのだろう」
チラリとオレを見下ろしながら言った。
「どういたしましてーっ!気に入ったならこれ袋ごとあげる!」
オレはじっと袋を見上げて見つめる。
「クロ」
アレンの低い声が頭上から降ってくる。
「さすがに申し訳ないだろう」
わかってるけど……もう一口食べたかったな……
荷馬車の女性が穏やかな笑顔で言う。
「たくさんあるから遠慮しないでください。黒猫ちゃんの目を見てると、すごく気に入ったみたいですから」
その間にも女の子は「ほら!ほら!もうひとつ食べる?」と次々と小魚をオレの目の前に差し出してくる。良い匂いがする。
結局オレは鼻先で袋をちょんちょんとつつく真似をしてみせた。
アレンは小さくため息をつきながらも、軽く会釈をして袋を受け取った。
「ありがとう」
荷馬車は再び走り始める。女の子は窓から身を乗り出し、「またね!黒猫ちゃん!」と元気よく叫ぶ。オレは大きく尻尾を振って応えた。
街道に風が吹き抜ける。
アレンは無造作に袋から小魚を取り出すと、オレの口元に差し出した。
ぱくっ!
(うまっ……!やっぱり最高だ)
「……よほど気に入ったようだな」
アレンは少し呆れたような声だが、表情は柔らかい。
「良かったな」
アレンの低い声が優しく降り注ぐ。
猫の日、めちゃくちゃ良い日だな...猫神様?に感謝しとこっと。
空を見上げると雲ひとつなく晴れ渡っていた。
オレたちは再び街道を歩き始めた。尻尾がいつもより高く上がってるのが自分でも分かった。