僕はいつも1人。1人が好きだから敢えて1人で帰っている。学校の帰りはそんな僕の妄想タイム。この家に辿り着くまでの自由時間、心に浮かぶ物語を好きに転がして楽しんでいる。それが日課なんだ。だから1人で帰らないといけないんだよね。
1人のいいところは時間を自由に使える所。寄り道したり、買い食いしたり、立ち読みしたり。ああ、自由っていいなぁ。
ある日、僕がいつものように帰り道を楽しんでいると、その視線の先に猫を見つけた。この猫はどこに行くのだろう? そこに興味を持ったので、こっそりと後をつける事にしたんだ。
猫は僕に気付いているのか敢えて知らないふりをしているのか、全く振り返らずに真っ直ぐに道を歩いていく。
もしかしたらこのまま猫の集会の場面に立ち会えるかも知れない。僕はまだ猫の集会を生で見た事がなかったのでちょっと興奮し始めていた。
猫の後についてどれくらい歩いただろうか? 30分? それとも1時間? とにかくあんまり長くはかかっていないはず。狭い路地を抜け、裏道を通り、知らない角を曲がって、辿り着いた場所は本当に猫の集会場だった。
そこは昔家が建っていた場所っぽい空き地。ちょうどいい感じに出来た手頃なスペースに、猫が1,2,3,4……6匹くらいはいた。僕は感動してその場に立ち尽くしてしまう。
「さいきんはどうよ?」
「ん、まあぼちぼち」
「おれ、もうまえみたいにとびまわれなくなっちまってさ」
「おまえもじじいになったなあ」
あ、あれ? 猫の言葉が分かる? 集まっていた猫達がテレパシーか何かで会話している声が脳内に直接響いているみたいだ。いきなり能力に目覚めた僕は戸惑ってしまった。
話が聞けると言う事は、もしかしたらこの会話に混ざる事が出来るかも知れない。すぐにそう思ったんだけど、猫と会話をするなんてすごくファンタジーでワクワクしたけど、いざとなったら何て話しかけていいのか分からない。大体、声が理解出来るだけでこっちの言葉は通じなのかもだし……。
「よお、しんいり!」
「おわああっ!」
僕が悩んでいる間に先に猫の方から話しかけられてしまった。驚いだ僕はその場で思いっきりジャンプする。何だこのリアクション、まるで猫みたいだそ。
あれ?
違和感を感じたのは着地した瞬間だった。足音がしない。そうして改めて自分の手足を確認する。そこにはピンクの肉球があった――って、まさか……。
ね、猫になってるーッ!
そう、僕は猫になってしまっていた。しっぽの感覚も新鮮だ。ついつい意味もなくブンブンと振り回してしまう。そう、猫の言葉が分かったのは僕自身が猫になってしまったからだったのだ。
でも、何で僕は猫になってしまったんだろう? 全く何も思い当たるフシがないんだけど……。
「おそかったか……」
「え?」
猫になったしまった事を受け入れきれないでいると、そこに1匹の白黒ハチワレ猫がやってきた。そいつは僕の姿を見て落胆したような雰囲気になる。
「君は?」
「おれのことはどうでもいい。おまえ、あいつについていったんだろ?」
「あ、うん……」
ハチワレは僕が後をついていった猫の事について確認を取った。その猫は今、後ろ足で顔を掻いている。何か、僕が猫になったって言うのに、我関せずと言った雰囲気だ。
ハチワレはまっすぐに僕の顔を見つめ、深刻そうな顔をする。
「アイツのあとについていくとねこになってしまうんだよ」
この衝撃の事実を僕は受け入れられなかった。とは言え、実際に猫になっているし、彼の言う通りではあるのだろう。この絵本みたいな展開を受け入れたとして、気になるのは元に戻れるかどうかだ。
何か事情を知っているっぽい彼に、僕は必至で訴える。
「ど、どうすれば……」
「まだねこになったばかりだったら、ねこがみさまにおねがいすればまにあうかもしれねえ……」
「猫神様?」
その聞き慣れない神様の名前に首を傾げていると、彼が顎をしゃくって方向を示してくれた。
「あのいちばんおおきなたてものだ、はやくいけ!」
「わ、分かった!」
「させるかよ!」
僕がこの場を抜け出そうとしたその時だった、いつの間にか集会に参加していた猫達が僕らの周りに集まってきていたのだ。どうやら僕を人間に戻させたくはないらしい。
その殺気立った異様な雰囲気に怖気付いていると、ハチワレが僕の前に立って威嚇し始めた。
「おれがくいとめる! はやくいけ!」
「でもどうして……」
「おれはおまえみたいなやつがきらいなんだ!」
「えっ……?」
「おまえみたいなやつははやくにんげんにもどれっていってんだよっ!」
彼はそう言うと猫の集団に向かって一匹で立ち向かっていった。僕は折角くれたこのチャンスを活かそうと、一目散に駆け出していく。
猫になった体はとても軽くしなやかで、すぐにその場を離脱する事が出来た。後は教えてくれた建物目指して一直線だ。
猫になって集会の場所を出て気付いたのだけれど、その世界は僕が知っている世界と何かが違っていた。多分パラレルワールドとか言うヤツなのだろう。いつもは1人が好きな僕だけど、それは周りが知っている世界だからであって、全然知らない世界にひとりぼっちは流石に淋しくて辛かった。悪夢の世界を1人彷徨っている気がして、不安が重くのしかかかって来る。
やがて全力で走っていた足が小走りになり、やがて普通の歩行スピードになる。ついにはトボトボとうなだれて歩いていると、どこからか別の猫がやってきた。そいつらは僕に向かって甘い言葉で囁いてくる。
「なあ、わるいことはいわない。ねこになっちまえよ」
「そうだぜ。おれたちとなかよくしようぜ」
近付いてくる猫達は僕と仲良くしたがっているらしい。淋しさが限界を超えた事もあって、僕はこの言葉に心が揺らいでいた。とても甘美な誘いに聞こえてしまっていたのだ。
「猫もいいかもにゃー」
「ばかやろー」
仲間に誘う声についていこうとしたその時、あの時のハチワレが追いついてきて、僕に思いっきり猫パンチする。その衝撃で僕は思いっきり吹っ飛んだ。
「おまえはにんげんだ! ゆらぐな!」
「で、でも……」
「はやくしないとこころまでねこになっちまうぞ、いそげ!」
「わ、分かったよ」
彼は勧誘した猫を威嚇だけで追っ払うとまたしても強く急かす。その勢いに感化され、僕はまた思いっきり駆け出した。一生懸命走ったからか、今度は建物に着くまで特に何の勧誘も受けなかった。
「ここかな?」
何度も確認して僕はその建物の中に入る。鍵はかかっていなかった。恐る恐る様子をうかがいながら足音を消して入っていくと、建物内には――何もなかった。
猫神様がいないだけじゃなく、神様を奉る祭壇も、それっぽい装飾類も何ひとつない。そこには、何も置かれていない空部屋があるだけだった。
「もしかして……ここじゃないにゃ?」
場所を間違えたのかも知れない。もう一度場所を知っている彼に話を聞こうにも、まだ他の猫達と戦っているのかも知れない。そう考えると足が動かなかった。
どうすればいいのか全くいい考えが浮かばなかった僕は、何もしないよりはマシだとばかりに、何もない空間に向かってひたすらに願いを訴える事にする。
「猫神様ー! もしここにいるなら僕を人間に戻してにゃー!」
何もしないよりはマシだと言うだけで叫んだだけだったのだけれど、言い終わった途端にすぐに変化が訪れた。建物全体が突然地震のように大きく揺れ始めたのだ。僕は四本の足で必死にそれに耐え続ける。
揺れは1分くらい続いたのか、それ以上だったのか、耐えている内にゆっくりと収まった。ホッとして気が抜けた僕がその場にベチャッと倒れ込んだその時、建物全体がまばゆく発光する。
「うわっまぶしっ」
光に包まれ、意識を失った僕が次に目を覚ました時、そこには見覚えのある景色が戻っていた。どうやら人間に戻る事が出来たらしい。
まるで夢で見ていたかのようなこの現象に、僕は左右にキョロキョロと顔を動かして現実をしっかり認識する。
「あれ?」
その時目に入ったのがあの僕を急かしてくれたハチワレ猫だった。彼は僕と目を合わすとにゃーんと言う鳴き声をひとつかけて、そのままクールに去っていった。
その後ろ姿を見ながら、僕は心の中で有難うと感謝の言葉をかけたのだった。
(おしまい)