線引き
何事も 線を引くというのは大事なことだ。
そこが境界線であるという認識は
その先に踏み込むことを、規制する役割を持っている。
人間関係でいえば、それは特に顕著だ。
誰しもが パーソナルスペースの延長線であったり、公共のルールを作るためであったり。
どちらかというと他者が存在するからこそ 線引きは必要なのだ。
では小説の線引きはどうだろうか?
実はほぼ、割合は自分が占めている。
特に 現在 描いている『人鬼』を見返していると、どこまで実際の年表に正しくあって、どこまで当時の慣習に忠実であって
どこまで登場人物に性格を肉付けしていくか。
人鬼第二章は、ほぼ完成していると言っていい。
それは決定事項である実際の歴史が作品の方向性をある程度、担保しているからだ。
その担保を頼り描いていると、面白いところに気づきを得ることができた。
戦国時代とは、刀を振り回し、槍で叩き、石を投げ、弓を引き、種子島で鉛玉を浴びせる
そればかりではないのだ。
むしろそういった 花とも取れる場所は、あくまで 作品のごく一部であると再確認した。
とはいえ戦は避けられないものなので、最終局面の描写に関しては、十分な カタルシスを得てもらいたいと思った。