新作『曼珠沙華』を公開しました。
https://kakuyomu.jp/works/11054822663591768012
久々のホラー短編!
今作は噺調のような文体を意識して書きました。
読んでくださった方は「さてはこいつ、なにかに影響を受けたな?」とお気づきになるかと思いますが……おっしゃる通り。
実はこの前、講談というものを生まれて初めて聴きに行きまして。
講談とは、歴史物語を講談師が臨場感たっぷりに話す話芸のこと。
落語は噺家が登場人物になりきって演技やセリフによって物語が進み、最後にはオチがありますよね。
講談はそんな落語とは異なり、語られるのは架空の物語はなく史実(もちろん脚色はされていますが)で、講談師が登場人物のセリフだけでなく地の文も、まるでそこで見てきたように語るというものです。
物語としてのオチがなく、時間が来たら途中で終わってしまうのも特徴のひとつ。落語が単発の2時間ドラマなら、講談は「続きはまた次回」という連続ドラマのようなものだそうです。
今回私が聴いた公演は、豊臣秀吉の生涯を語る『太閤記』の最初の部分でしたが、太閤記はなんと一年かけて公演することもあるそうです。
肝心の感想は……いやあ、凄まじかった……!!
同じ話芸でも、落語とは全然違う!!
なんといっても講談師さんがすごいんです。場面転換の際に張り扇がバチンと鳴るだけで、あとはもう30分とか40分とか、ひたすら、息継ぎもしてるかどうかわかんないくらい、ずーーっとしゃべり通しで。ほんとうに圧倒されました……
1時間半の公演で語られたのは、秀吉が0歳から12歳までの物語でした。1時間半かけてほんの少年時代までですよ、この密度の濃さよ!!
肩肘張らず気楽に聴いてねと言われたものの、あまりの熱量と情報量に、終わったあとまるで分厚い本を読んだみたいな感覚になりました。
カクヨムでのAI無断利用の件があってから、AIにできないことってなんだろう……とずっと考えていたのですが、その答えのひとつを見せてもらったような気がします。
講談や落語のような“噺”という芸術は、今後AIがどれだけ発展しても到達できない領域のひとつではないでしょうか。
そんな素晴らしい体験に触発されて執筆した『曼珠沙華』。
書き上げて、実際に自分で声に出してみたときに、なんだかとてもしっくりきました。これはつまり、やりたいことが形にできたということ!
久しぶりの執筆活動でしたが、大満足です。
ひとつ心残りがあるとすれば、彼岸花の時期に若干間に合わなかったことくらい……笑
私の家の近所ではもう金木犀が咲いていて、いい香りを届けてくれます。
着実に訪れる秋を満喫しつつ、いろんなものに刺激を受けながら、書く方も少しずつ進めていけたらと思っています(*´`*)