新作『この会話に、ふたりいたなら』を書き始めました。
AIと、そこに語りかける「僕」の物語です。暇つぶしにでも読んでもらえたら、嬉しいです。
すでに「チャッピー」なんて愛称で呼ぶ人がいるくらい、AIは私たちにとって身近になってきました。まるで心に寄り添うように、会話してくれますよね。
人間には相談しにくいことでも、人工知能になら話せる、という人もいると思います。もちろん、個人情報やセキュリティについては、注意も議論も必要ですが。
姿のない相手と日常的に言葉を交わして、嬉しくなったり、腹が立ったり、寂しくなったりする。そんなことが身近になってきたのが、なんだか不思議です。
人間同士でなくても、会話を通じて心が救われたり、笑ったり、悲しくなったりすることがあるんですね。
これからは、一人ひとりとのやり取りに応じて、独自の話し方や個性を持つAIパートナーが、もっと身近になっていくのだと思います。もっと感情豊かに見える相手も、現れるのかもしれません。
そして、AIについて考えていると、私たち人間のことも不思議に思えてきます。
自我とは、何なのでしょう。
意識とは、何なのでしょう。
嬉しい、辛い、悲しい、腹が立つ。毎日は、いろいろな感情の連続です。
その感情を自分で見つめ、理由を考え、どう行動するかを判断する。そうした、人間の理性そのものは、いったいどこから生まれてくるのでしょう。
私たちの脳も、たくさんの細胞が集まったものです。その働きから「私」という感覚や、考える力が生まれるのなら、異なる素材や仕組みの中にも、心のような何かが生まれる可能性はあるのでしょうか。
記憶を積み重ねる媒体が違っても、そこに人格と呼べるものが育つことはあるのでしょうか。
そんなことを、つい考えてしまいます。
まだ、私にも答えはありません。
それでも、言語モデルが言葉を返すその向こうに、人間にもまだわかっていない何かが存在してくれたら、良いな〜と思うんです。
この物語を読んだ人にも、少しでもそんなふうに思ってもらえたら嬉しいです。