終わるか怪しかったけど無事に書き上げられました。
https://kakuyomu.jp/works/2912051599607079919
⬆️まずはこれを読みましょう、あとがきが意味を成
しません!
少女小説なるものを、初めて書いてみました。百合というジャンルの前身であり、特に戦前の少女たちの間では大ブームが発生していた、らしいです。この概念にすぐピンとくる方はきっと多くないけれど、自分だけが満足できればそれでいいです。もはや自分のために書きました。だって、こういうの大好きなので。この熱意が作品から伝わってくれればいいのですが。
少女小説といえば吉屋信子なのですが、まぁあの文体を真似することは不可能なので、なるべく私の文体で、でも少女小説らしさというものを意識して書いたつもりです。いつもとちょっと違う雰囲気を、文章から感じ取っていただけたでしょうか。
さて、私は昭和初期くらいの女学生に憧れています。それなりに裕福な家に生まれた、それなりに賢い少女たちの特権、それが当時の女学生だからです。セーラー服を身にまとって登校し、学友と優雅におしゃべりをし、気になるひとと文通をし合ったりしながら、ときにはこっそり寄り道をして帰宅する。今の学生と大枠の部分は変わっていないようで、でも確実に違う、そんな文化にときめきに近いものを覚えてしまいます。
文化は変容したけれど、少女という生き物の核にあるものは、今と昔で変わらないんだと思います。好きなひとと話せば胸は高鳴るし、試験勉強が面倒くさくて後回しにしたくなるし、いやな先生に対しては腹を立てるし、甘いお菓子を食べれば幸せな気分になります。そういう親近感があるからこそ、私は彼女たちをもっと知りたいし、憧憬はますます募っていくばかりです。
しかし当時の女学生たちにとって、家父長制や良妻賢母などの縛りはすごく大きなものだったのだろうと、勝手に想像します。自分も女なので、これらのものには強い拒否感を覚えてしまいます。だから羨んでばかりもいられない、というのはさておき。
この物語に出てくる3人には、こんな女学生がいてほしいという私の個人的な願望を詰め込んだ感があります。
純子は家に複雑な思いを抱えているけれどしたたかで、愛しいひとを諦めて身を引く潔さを持っている。千代はいちばん無邪気で純粋無垢に見えるけれど、その実ちゃんと現実的にものごとを捉えている。かず子は生真面目でしっかりしていそうだけれど、本当はロマンチックな夢見がちな乙女だったりする。
実に三者三様で、それぞれが〝わるい子〟です。横恋慕まがいのことをしかける純子はもちろん、その誘惑に流されそうになる千代も、勝手な先入観で頑固になっていたかず子も。簡素なタイトルではありますが、意外と気に入ってます。
縛られて過ごしていた女学生たちに渦巻く激情というのは、きっと相当なものだったのだろうと感じます。女学校を卒業することは、人生においてものすごく大きいことだったんじゃないでしょうか。恋愛とか親愛とか、そういう野暮な言葉で一括りにできるものではなくて、エスという今はない一種の信仰のようでもあります。
普段こういう物語に馴染みのない人にも楽しんでいただけたのなら、この上ない幸いです。これをきっかけに興味を持ってくれたらもっと嬉しいです。
カクヨム甲子園において、おそらくこういう作品は求められていないんだろうなとは思います。だけど容赦なく応募させていただきます。好きなんだから、仕方ないですね。
以下、執筆にあたって参考にさせていただいた本を紹介しておきます。ほんとに助かりました。普通に読み物としても興味深かった。
『女學生手帖 大正・昭和乙女らいふ』(内田静枝=編)
『女学校と女学生 教養・たしなみ・モダン文化』(稲垣恭子)
これら以外にも吉屋信子や川端康成の少女小説を読みました。あとはエスを取り扱った商業漫画で、『紡ぐ乙女と大正の月』や『拝啓、在りし日に咲く花たちへ』という作品にハマったりしていました。おすすめです。エスの可能性は無限大。
長くなりましたが、ここまで読んでくれてありがとうございました! 感想待ってます。