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倉井知信

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  • 5月17日

    読書日誌08.Mの日誌(とある社員寮の話シリーズ)

    ※外部サイト注意 下記リンクから、作品の閲覧ができます。 https://ncode.syosetu.com/n1936lt/ ※この作品はシリーズもので単体の視点から感想を書いていますが、シリーズの方に言及することもございます。 彼、Hは何も怪異に怯えているわけではない。(https://kakuyomu.jp/users/morizo1202/news/2912 参照) この作品の抱える「因果律の不自然さ」に困惑を覚えたのだろう。 ――この世にはね、呪いも不思議なことなども何もないのだよ。 あるのは人間の認識と都合だ。 設計の段階で、都合によって捻じ曲げられた「作中の事実」。 Hの胸に巣食った『ホラーなのに怖くない理由』。これを晴らしていこうじゃないか。 タグとあらすじから「現代社会を舞台にしたサイコホラー・サスペンス・ミステリー」というジャンルを標榜しているが、その世界設計の解像度が低いと言わざるを得ない。 件の格安社員寮は『14畳のワンルームに4畳のベランダ、家賃1万円、待遇は月給30万から』と提示されている。 状況から察するに「社員寮」の募集案内のはずなのだが、なぜか月給の「待遇」が混ざっており、これでは『住むだけで月給がもらえる』という、闇バイトもかくやと思わせる不思議な理解が生まれかねない。 Hが感じたように、創立10年のベンチャー企業が、社内向けの掲示物としてこのような「求人票」のような記載をすること自体に、強い違和感を覚えざるを得ないのだ。 これがもし、社外向けの求人票に『福利厚生の一例』として出されているのならば、たとえ「ワンルーム14畳、4畳ベランダ付きで家賃1万円」という、どう見ても怪しい好条件の物件だったとしても、まだ社会的な辻褄が合う。すでに雇用されている身内に対して、改めて月給を提示する書類を社内に張る組織など、現実には存在しないだろうから。 続編のストーリーでも同様のことが言えるが、こうした「社会インフラとしての説明」が著しく不足している以上、作品の舞台にどこか共感できる現実味(リアリティ)を掴めないというのが、怖さを感じない大きな一因だろう。 今回の作品はマクロな視点なぶん、ホラーとして読むなら怖くないが、「とてつもない嫌な大馬鹿が勝手に自滅した」という、ある種のスカッとホラー(B級サスペンス)として見ることができるだろう。 しかし、続編の方はこの構造的な「世界観のゆるみ」が特に目立っており、過剰なキャラクターの属性を持たせることで、最初から「異常な会社の中で異常が起きる」という、例えるなら『貞子にペニーワイズが出てきたら怖いだろう』というような、記号を盛りすぎた雰囲気になってしまっている印象だ。 冒頭でも言った因果律の不自然さ・不整合が目立っているというのは、まさにこの「社会派を謳いながらも、会社の印象や業務への解像度の低さ」が否めないからだ。 「自称デキる男」であるはずの主人公・小野が、ベランダで『名前も知らない植物』を育てるのに何故かすぐに慣れてしまう理由。それが「売れるかもしれない」となんの確証があって判断したのか。なぜクローゼットに明らかに不審な荷物を詰め込まれても、一切の不信感を持たないのか。 これらをすべて「専務からの業務命令だから仕方ない」の一言で片付けてしまうのは、少々強引じゃないかい? 主人公である小野の行動や心理が、 「不自然」から「自然」、 「異常」から「日常」に変わっていくグラデーションの段階が、基本すべて飛躍しているのだ。 読者が最も共有したい、体験したいはずの「日常が徐々に崩壊していく滑らかなプロセス」がダイジェストで描かれてしまうため、まるで一本道のサウンドノベルゲームで会話をスキップして「物語を早く次の段階(ホラー展開)に進めたい意図」だけが見えてしまう。結果として、主人公以外のキャラクターも含め、登場人物たちの自立性が完全に失われてしまっているんだね。 怖い事実 怖いイベント 怖い関係 怖いものを並べ立てて、どれほど描写を文字で埋め尽くしてキャラを立たせても、怖くないものは怖くない。 精神崩壊をただの文字の羅列で表現する技法はweb小説特有の工夫だと言えるが、ホラーを書く上で「怖がらせたい!」というのがバレバレだ。 「危険な好奇心」のあの「呪殺」の文字列は、事前の丁寧な伏線のグラデーションがあるからこそ、初めて見た時にでゾクリとするんだよ。 ――さあ、これで霧は晴れたかい?
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  • 5月17日

    読書日誌08.Hの独白(とある社員寮の話シリーズ)

    ※外部サイト注意 下記リンクから、作品の閲覧ができます。 https://ncode.syosetu.com/n1936lt/ ※この作品はシリーズもので単体の視点から感想を書いていますが、シリーズの方に言及することもございます。 この作品を読んだ時単刀直入に言うと「怖くない」。 そう、怖くないんだ。 ホラー作品としての狂気の段階、展開、描写。 それらが存在しているはずなのに、どうしても怖くないんだ。 特に「とある社員寮の話」は順風満帆な中、専務のコネで入った男が足元をすくわれるという構成になっていて、作品で雰囲気づくりに余念がないのも伝わってくる。 ……だが、あらすじからして、奇妙な状況になっている。 社内掲示板の張り紙の様式で、入居条件と待遇について書かれている。 社内掲示板に張り出す社員寮の掲示なのになぜ待遇が書かれているのか。 社員寮の入居者募集と求人票がまざっていないか? 社内に張り出すということは、社内で求人を出しているということで解釈はあっているよな? まあいい。解釈はそれで進めよう。 (途中で収入が30万しかないという悩みを吐露していて余計にわけがわからなくなった。) 基本「小野」という男の視点で進むのだが正直結末を読んだところであまり怖くない。 コネを持っていた相手にいいように使われていたり、「少し危ない話に突っ込んでしまった結果、いつの間にか引き返せないほどに危険な話に突っ込んでしまった。」という歪みはよくわかる。わかる。それが彼にとっての日常で、その日常の中で社内のどろどろとした雰囲気や誰にどんな印象を持っているかを赤裸々に暴露する姿は容赦がなかった。 気味悪い空気を作り出そうとする描写や、理解を拒む怪異が起こったときの生理的な感覚はかなりいい線を言っている。怖がらせようっていう雰囲気や作者の熱量は間違いなく届いている。 ラストのWebの視覚的なギミックをうまく使った、びっくり箱みたいな演出もそうだ。 ……なんとなくだが、「最後にどんでん返し」や「凄惨な結末」を置いて描き出されるカタルシスというものを強く意識して計算しているのかもしれない。 ……確かに最後の「死んだであろう男の視点」ってのは斬新だが、怪異の理不尽、社会の理不尽さよりも、作者の「優しさ」を画面の裏から感じちまったのかもしれないな。 俺は書籍化されたホラー小説はほとんど読まない。 「成瀬真央まとめ」、「三重県津市西区平山町3-15-7」、SCPのTale「カンテサンス」なんかのWeb媒体の怪談はよく見ているし、配信サービスで怪談を流し聞きしたり、洒落怖スレのコピペ掲示板を日がな一日読んではごろごろしていた時期もあった。 ……それくらい、Webに転がる恐怖を消費してきた自負はある。 だからこそ「ホラーの文脈なのになぜか怖くない」という奇妙で、「不思議」な現象について、疑問がぐるぐると回り続けているわけだ。 作品が悪いわけじゃあない。 数々の怪異を見てきた俺の目は「あっちがわ」に言っちまったってことなのかよ? ……どうだろうな。 明日のMがこの霧を晴らしてくれるだろうか。俺の胸に巣食う「呪い」を。
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  • 5月14日

    読書日誌07.Hの独白(異世界医院〜一期一会〜)

    単刀直入な感想は面白いには面白いと思うさ。 可もなく不可もない。 血がどくどく流れて、意識が朦朧しているなかで、行儀良く問診票票を書かされて、説明挟まれて、『こいつはいつになったら直してもらえるんだ?』と思っちまった。 いわゆるカタルシスの演出だっていうなら、そうかもしれねぇがよ。勝手にタイムリミットを決めてるのは俺ら読者だってか? 血が止まらなくなって死んだ仲間もいたって言ってるのをみて、『タイムリミットは応急処置をしてるので大丈夫です』とは思えねぇよ。 100歩譲って『読者焦っているだけ』だとしよう。 『じゃあここで世界観のお勉強タイムです』なんて教科書引っ張り出してくる作者がチラついて物語に没入できねぇよ……! キャラクターの造形の説明で、愛着があるのはわかる。キャラクターそれぞれに重みや過去がある血の通った設定はとても良かった。 だからこそだ!もったいねえ! 何度も比喩を重ねるのはキャラに重ね着さちまってるから『生身の魅力』っていうのが迷子になっちまってるんだ。 説明を除けば、キャラクター同士の掛け合いや、診療シーンの会話は文句なしに面白かった。 きっとそれは書き手として、『本業としての誠実さ』の証拠なのかもしれないな。 綺麗に整えられた良作なのはわかるんだ。 だからこそもっと『温度感』を感じて、没入したかったんだ!
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  • 5月13日

    読書日誌07.Mの日誌(異世界医院〜一期一会〜)

    こちらから読めます ※外部サイト注意 ↓ https://ncode.syosetu.com/n3821dx/ 作者独自の視点を活かした上でエンタメとして昇華させた端正な作品だった。 職業ものの異世界作品としても非常にできがよく、作者本人の叡知を感じる良質な作品だった。 しかしその読みやすさの裏には、物語の停滞を招く構造が潜んでいる。 特筆すべきは描写の多重化だ。1つのものを説明するのに比喩を重ね過ぎている。 1人の登場人物を説明するのに、1.外見、2. 印象3.属性というように、独立した文として重ねて説明している。 読みやすいが情報として、何度も情報をアップデートされた結果、冗長な文章感じてしまった。 特に致命的に感じたのは、ストーリー上の優先度が状況よりも説明重視したことによる物語の「失速」だ。 緊迫した雰囲気の中……例えば近くに魔獣がいるシーンや冒頭の診療が始まる前のシーンに、歴史を語ったり、護符の説明や世界観の説明が入ってくる。 本来であれば状況が優位に働く局面で、解説が入ることで、ぶつりとテンポを切られる。 速度をあえて折ってまでここに説明を入れるべきだったのだろうか?もう少し落ち着いてから、もしくは緊迫した空気の出る前にするべきではないかと一個人として思った。 流行の枠組みの中で『安牌』を切り続け、不可を排除した結果、勢いより読みやすさが凌駕した。 キャラクターの個性や身の上話などは生きているのに、どことなく当てはまってしまう記号的な作品。 診療のシーンも面白く、とても惹きつける良さがあるのに、その点だけは残念だ。
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  • 5月12日

    読書日誌06.Mの日誌(クロのクロニクル~目覚めたら未踏破ダンジョン最奥。世界の崩壊を止められるのはふかふか尻尾とぷにぷに肉球の俺(モモンガ)しかいないらしい~)

    https://ncode.syosetu.com/n5076kp/ ※外部サイト注意! ↑から読めます。 さて、前日のモヤモヤを少し晴らすために、ロジカルにみていこう。 一見異世界小説群の中でも成長とアイデアの詰まった物語に見える。 しかし、構成や描写を一つ一つみていくと、ある疑問が思い浮かんだ。 まず読んでいて思ったのは、「なぜモモンガを選んだのか」 これは愚問だ。モモンガを作者が書きたかったから。 だからモモンガだ。  モモンガの生態描写として、鼻をヒクヒクさせるシーンや、ヒゲをぴくぴくさせるような描写は愛を感じる。 これは素敵な愛のある描写だと思った。 しかし描写に人間的な比喩に終始してしまっている点は「主人公がモモンガである必要はない」と感じさせてしまう。歩く際の描写、歩幅、味覚,視線……。 もう少し動物らしさがあったらと考えてしまう。 そんな主人公の愛らしさは伝わるのに、世界観の説明が主人公の視点から、外部の別のキャラクターに映ってしまう。 情報の後出しと頻繁な「主人公と後から因縁を結ぶであろうキャラクター」の視点が入ってくるせいで、そこまでの没入感が一気に冷めてしまった。 説明したい気持ちは大いにわかるが、それがキャラクターの「ナマの体験」より優先されているように感じる。 そして前日に感じた既視感。 記憶を失った機械、 収集癖の少女、 木と苔の香りがするツリーハウス、 そして階層構造、 その他節々の環境描写……。 ーーそれらの「部品」は既存作品のオマージュだろうか? 凄惨な『生』の痛みを排除し、ガワだけをなろうの理で煮出したその姿は、私には『安全圏から行われる、魂なき再構築』のように感じる。 テセウスの船とは言い得て妙だが的を得ている。 部品を全て組み替えた時、 そこに宿るのが『新しい魂』なのか、それとも『見覚えのある魂の残響』なのか。 それは読者の皆様の判断に委ねるとする。 ……。 …………。 まさかね。
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  • 5月11日

    読書日誌06.Hの独白(クロのクロニクル~目覚めたら未踏破ダンジョン最奥。世界の崩壊を止められるのはふかふか尻尾とぷにぷに肉球の俺(モモンガ)しかいないらしい~)

    https://ncode.syosetu.com/n5076kp/ ※外部サイト注意! ↑から読めます。 異世界での転生ものか、初めて読むから的外れなことを言っているかもしれねえが、よろしく頼むぜ。 ってか、今日は俺が先鋒なんだな。 未踏破ダンジョンの最下層で、モモンガに転生する。 いいよな、モモンガ。転生前のシーンに現れる『光の塊』の描写も、なんだかテセウスの船のパラドックス、俺の回答した内容によく似てんだ。 「すべての構成部品が置き換わったとしても、それは『同じもの』と言えるか」――。 俺の回答はこうだ。 「船の形をした魂が存在し、それが宿っている限り、それはテセウスの船だ」。 見た目が変わろうが、バラバラに組み直されようが、その先にある『魂の形』こそが本質なんだよ。 異世界転生もそうだろう? 主人公は、もふもふになった後も中身は変わらねえ。 ……魂の形が本物ならな。 さて、この物語の舞台、ダンジョンがまた特異なんだ。 地下深くの構造、最深部から始まる旅。 未踏破ってことは、相当な深度と過酷さがあるはずなんだが……そんな怖気も、モモンガの可愛さと「ほのぼの」タグに毒気を抜かれちまった。 スキルも必要な時に順次開放されるし、サバイバルとしては安全で順調だ。 多少、運が良すぎて怪我をしなさすぎる気もするが、小さなカタルシスを積み上げるニーズには合ってる。 ただ、没入しようとした矢先に、全く知らない他人の視点が割り込んでくるのは少しノイズに感じちまう。 メインストーリーに説明を詰め込むより、スピンオフでやる方がスマートだったんじゃねぇか? なんつーか、「説明のために存在している視点」が見え隠れして、モモンガとロボ以外のキャラを描きたいっていう作者の欲求が筒抜けなのがもったいねぇ。 記憶をなくしたロボのパーツ集めっていう目的はいい。 なら、浅い層の話は、あの収集癖の俺っ子少女とのシーンが落ち着いてからでも遅くはなかったはずだ。 有象無象のなろう作品に比べりゃ格段に発想はいいのに、構成の順番で損をしてる。 モンスターの案だって一癖あって強烈だ。水のような擬態、でけえアリ……。 なろうのもふもふ枠としてはかなり個性的で、ナッツの香ばしい香りが漂ってきそうな良質な世界観だ。 ……だけどよ。 このもふもふを愛でていると、なんだか俺の鼻をくすぐる『懐かしい』…… それこそ『香ばしい』別の香りが、どうしても頭をよぎるんだよな……。 この妙なデジャヴは何だ? 悪いが、明日Mにでも詳しく聞いてみることにするか。
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  • 5月1日

    読者日誌05.Hの独白(我が戦友 -北欧神話ロキの物語-)

    https://kakuyomu.jp/works/2912051595489593423 ↑から読めます。 最後まで繊細な彫刻みたいな小説だったよ。 フィヨルドの絶壁には真似できない。そんな繊細なヤツだ。 1ページ目からあとがきまで全てが綺麗なままだ。神様が苦しんだり、悲しんだりするシーンもあるはずなのに、そこには「脂汗」も「泥」も「生臭い吐息」もねぇ。 全部が漂白されて真っ白になっちまった。 冬がテーマだからな。 この世界の絶望の色は「真っ白」なんだろうよ。 機能美……違うね。俺に言わせりゃ「去勢された神話」だ。 北欧の絶壁は荒ぶる波に削られて生々しい傷跡を晒す。 北欧の歴史は荒々しい海(フロンティア)への航海と略奪だ。 この小説にはそういうナマの感触があまりねぇ。彫刻としての美しさを保ってるんだ。 美術館に飾ってある、守られた美しさみたいなさ。 北欧神話って言う理不尽な暗闇を、絹みてぇな白い絶望として表現するのは俺にはできない。 情報を食うっていう意味で言えば最高の体験だな。 でもやっぱり俺の感性じゃ「上品だな」って言う感想が拭えない……泥臭い場所を求めちまった。 終末の時2人は血が通ってた。 もう神も世界も終わる時、やっと本音で話せる時だったんだ。 共闘して、傷ついて致命傷を負って、戦友を尊重するヴェトルなんかほんとに冬を冠しているのかと思ったよ。 そうしてもたらされる2人のラグナロクへのカウントダウン。 そこで心からこいつらはやりきったじゃねぇかと歓喜した。 その後の地獄のような静寂が訪れることを望んじまった。 全てが終わりきって、彼らの不可侵領域っていうヤツの中でただ寄り添う姿をだ。 この結末は多くのものを、人を救ったんだろうな。 でも俺は哀愁よりも、もっと熱くて硬い熱に当てられた。 ……眩しすぎる優しさが、野暮に感じてしまうほどに、彼らのラグナロクを愛しちまった。 好きな人は、心の底から愛せる作品だと思う。 ただ、俺には、もう少しだけ『生臭い絶望』が必要だった。とだけ、書き残しておこう。
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  • 4月30日

    読者日誌05.Mの日誌(我が戦友 -北欧神話ロキの物語-)

    https://kakuyomu.jp/works/2912051595489593423 ↑から読めます。 北欧神話という壮大な設定を自らの理想に、書きたいものに繋げていったその健気な努力に拍手を送ろう。 初めて1ページを開いた時、その無駄のない言葉選びとあえて広げられた行間を見て理解した。北欧神話とは、かくも冷たいと。 その神話における語らない神秘性はとても構造として美しいと。 あえてロキとヴェトルのシーンにのみ集中できるようにする「機能美」を感じた。 しかし最後への熱量を見て少しだけ物悲しい気分になった。 筆致が叫んでいた。「ああ! このシーンが一番書きたかったんだ!」と。 それまでのシーンが神話的機能美ではなく、結論を導き出すためのタスクの羅列…… すなわち前座のように感じられてしまったのだ。 そのせいだろうか。全14話中11話分が12話は続くための序章だったのかもしれない。 全編通してテンポが良いのはあえて「神話で起こったことの記録」に徹したからだろう。 空間を読ませて想像を読者に委ねるという構成は美しいが、読者に委ねすぎではないか?という疑問が残る。 作者の切実な思いはあとがきからも伝わるが、逆にいうと、そこでしか伝わらないものがあったということだ。 だからこそキャラクターが自発的にこの結果に到達したのではなく、一種のデウス・エクス・マキナが強引に救済へと到達させたように見えてしまう。 書きたいもの、描きたいものが一貫していおりそこまでの熱量の遷移や、視点の管理ができているのは尊敬に値する。 結果として、本作は神話の再解釈というよりは「ロキが救われてほしい」と切に願う人向けの作品だと思った。
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  • 4月29日

    読書日誌04.Hの独白(讒訴)

    https://kakuyomu.jp/works/822139840675875399 読んでいて思わず笑いがこぼれたよ。 まるで心の中身を丸ごとと取り出したみたいな屈辱でな。 誰だってさ、こいついなくなりゃ,いいのになって。思うだろ? こいつがいなきゃ一位なのにとか、 こいつがいなきゃ恋人になれるのに、 こいつがいなきゃもっとマシな人生だったのに。 李昰を見てるとむき出し嫉妬って感覚を否応なしに思い出せるんだよ。 韓非を密偵だと断じる時、命懸けだった、確かにそうだがよ、でも止まらなかったじゃないか? 理知が獣に成り果てるのを感じながら、喜びと恐怖の脳内麻薬にぶち犯されながら。 肅と百官の目の前で呼ばれたとき、俺はその目の前で恥辱という毒に冒されていく姿を見て笑ったんだよ。 韓非を殺し、ようやく手に入れた唯一の場所、こんなに晒されて嫌な気分か? まさか。むしろ、何かがふっと軽くなったような解放感さえあっただろう。 「自分を殺す」という最も残酷な行為を終えた者だけが知る、静かな虚無。 でも真の死場所はここじゃない。 こいつの魂の死場所は、木簡を見た時だ。 死せる孔明、生ける仲達を走らすとは言ったもんだ。 ※時代は後だが、俺は三国志の人間だからな。 その時だ。 嫉妬と屈辱を素手で撫でられたのは。 竹の冷たさが、灼けた喉に染みるようだったよ。 だから笑った。 俺の「悪性」を証明してしまったからだ。 ああ、最高だ。こんなに気持ちいい敗北は。
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  • 4月28日

    読者日誌04.Mの日誌(讒訴)

    https://kakuyomu.jp/works/822139840675875399 結論から言おう。すばらしいものをみせてもらったよ。 この話は古代中国を舞台にしている。 それに倣って、元の単語を称して紹介しようと思う。 李昰は凌政を,補佐する丞相、すなわち皇帝や王の補佐官としての役職を持っている。しかし彼らの関係はそれだけではない。 彼らは互いを「親しみを持った敬称」で呼ぶ。 古代中国においては諱,字というものがあるが,基本両方とも親しい間柄でないと呼ばない。(小説的な都合もあるので深くは考えなくても良いと思うが、重要なことなのでは知っていて欲しい) 彼らは2人きりの時に限り互いを特別な呼び名で呼んでいた「小凌」と「肅」。これが深い仲ではないと呼ばれない、特別な呼び方であることは明白だ。 特に小凌とよぶのは秀逸な選択だと思う。そこに李昰の思慮深さを感じる。もしかしたら小説の都合かもしれないが,わたしは目上への敬意と目の前の男が年下であるという、ある種の特別感を植え付ける内容だ。 また凌政が「肅」と呼ぶのも可愛らしい。 しかし、この凌政からの呼び名が我々読者への鴆毒となった。 李昰はとある賢人に師事し、哲学を学んだ。その経験は彼を丞相へと押し上げた一つの要因だろう。 とはいえ、この李昰は賢くはあれど秀才だったと思う。 それは韓非という存在によって醜く露わになる。彼は哲学を学んでいた頃から韓非への嫉妬を抱いている。 ここで浅学ながら李昰の師と韓非の違いを書いておく。 どちらも人間は生まれながらに悪だという方針は一緒だ。 しかしその後の考え方が決定的に違う。 人間は生まれながらにして悪、しかし適切な教育や努力を通じで「善性」を得ることができる。というのが李昰ひいてはその師の教えだった。 韓非の考え方はもっと単純だ。人は生まれながらにして悪,そして善性というのは存在しない。だから法による支配信じられるのは賞と罰のみという考え方なのだ。  李昰は強く劣等感を抱いただろう。 「この男は、自分(李斯)が現実の泥にまみれて築き上げた『法』の正体を、自分よりも美しく、完璧な理論として完成させてしまった」……と。 しかし、「鴆毒」は、李昰が韓非を讒訴し、その命を奪うことで完成した。 彼は韓非を殺した。師の教えである「教育による善性」を捨て、韓非の説く「利害と法」のみを信じる怪物に自ら成り下がることで。 その瞬間に、彼は韓非に勝ったのではない。韓非が証明した「人間の醜悪さ」を、自らの行動で完遂してしまったのだ。 韓非を亡き者にした後、主君が官吏の前で呼ぶ「肅」という声。 かつて二人の密室で交わされたそれは「愛の徴(しるし)」であったが、公衆の面前で晒された瞬間、それは「お前はもはや賢者ではなく、ただの私の所有物である」という烙印へと変質した。 主君は、主人公が嫉妬で手を汚したことをすべて見抜いた上で、その「醜さ」を愛でるように、彼の名前を衆目に晒したのではないか。 李昰は丞相として生き残った。だがその魂は、どうだろうか。 「試合(権力抗争)」に勝ち、「勝負(人間としての尊厳)」に完敗する。 自分の居場所を守るために、自分自身の最も高潔な部分を処刑した男の、なんと残酷で美しい末路だろうか。 自らを処刑する姿はなんと残酷で美しい末路だろうか。
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  • 4月27日

    読書日誌03.Hの独白(天恵の神子と世界のゆくえ)

    ※外部サイトです。一部年成人向け描写あります。 https://novema.jp/book/n1759627 前日には理屈を書いたが、こっちではもっと感想っぽい感じで行く。 読み進めるほど俺は、深い井戸に沈んでいく感覚を味わった。 それは「悲劇に胸を打たれた」というわけじゃない、「優しさの輪郭」を見たからだ。 読み味はかなりいい。そこらのアマチュアの中でもかなり文学としての体裁が滑らかに書かれている。だからこそ、違和感や熱量について強く惹かれてしまった。。 特に、死や別れという「魂が食い込むはずの重力」に対しての言葉が軽いんじゃないか? そりゃ全編悲劇だからこそ、軽口が効果的だというのは重々承知しているけど、シーンに対して、言葉の重さや描写の生々しさが多少気になる。 とはいえ言葉選びに関しては俺の好みの問題かもしれないから無視してもいい。 やはり一番気になるのは、5年も絶望を抱えてた男が、数か月という速度で新たな愛と命を受け入れるという事実だ。 一見すると遺書を見つけたり、デートを重ねたり、再生の記録として申し分ない「物語としてきれいな帰結」がある。 だが、俺には「喪失を埋めるための代償」みたいな危うさがあるようにも映った。 再生や救済っていうのはきれいなもんじゃない。 もっと泥臭くて、救いようのない孤独を直視して、癒しとか善意も何もかも希薄に感じてしまう。 慈愛を感じるよ。キャラクターを真の地獄へ突き落すことを拒む、読者を傷つけない、「安全な絶望」。 だが、その優しさは俺には、臆病なまでの慈悲が巻いた『清潔な包帯』に見えて仕方がないんだ。 平穏な領域で管理された、箱庭を眺めているようだ。 その包帯の下にはもっとこう……「魂の叫び」ってのがあるはずなんだよな。 優しさの向こう側にある、もっと醜い執念とか、狂気に似た生への渇望とか。 もっとそういう、生々しいものを見せてほしい。 俺はその優しい包帯を剥ぎ取る瞬間が。待ち遠しくて堪らねえんだよ。
  • 4月26日

    読書日誌03.Mの日誌(天恵の神子と世界のゆくえ)

    ※外部サイトです。一部年成人向け描写あります。 https://novema.jp/book/n1759627 拝読いたしました。 本作の描く『救済の形』は慈愛に満ちていた。 悲劇の直後には陽だまりのような温かさを持っており純愛恋愛小説としてのニーズをしっかりと理解している。 内容としてもただの悲劇ではなく救いのあるある意味優しい話だった。 悲しいままで終わらせない展開は、読者の胸に静かに寄り添ってくれる暖かさに満ちている。 文も洗練されており良い作品であったことは印象深い。 しかし、よく構造を見てみると、細かい部分で整合性の乖離が見受けられる。 ――1000年に一度の滅亡と、唯一の解決策としての神子。 まずこの、基本構造だ。この悲劇的な舞台装置において、滅亡の危機に瀕していながら神子を、阻害するという社会構造。 彼女を悲劇のヒロインとして孤立させるために誂えられた「リコリスの花道」だといえる。 つまり、きわめて純度の高い舞台装置として機能していた。 ……この設定が強固であればあるほど、周囲の人間が『合理的判断を捨ててまで悪意に走る理由』が欲しかった。 もう一層のロジック……例えば信仰の狂気や、保身による集団心理の解体があれば、物語の説得力は劇的に跳ね上がっただろう。 恋愛小説という枠組みなので、そういうものだとして読めば「そういうものか」と納得はできるがどうしても気になってしまった。 また、ヒースの変遷も目についた。 5年もの間喪失から立ち直れず、セルフネグレクトのような状態になっているヒースだが、その喪失をわずか数ヶ月で埋める急進的な展開は彼の、修復コストとあっているだろうか。 41歳の彼が16歳の彼女と交際に至るまでの期間は、彼の「飢え」の象徴にも思えるが、変えて彼が抱えていた悲しみが軽い物であったのか?とも考えてしまう。 彼の「執着」よりも「泥臭い葛藤」や「倫理観的な足踏み」がもっと緻密に積みあがっていたほうが、没入感につながるのではないかと思った。 これは作者の文章が流麗で、市場の「カタルシス」を的確に射抜いているからこそ気になった。 全面的に文がしっかりと書かれていなければわからない一面であった。 作者が描く死への解釈は、あまりに綺麗で優しい。 だが、その優しさのすぐ隣にある「救われてしまった男が一生抱える呪い」のような、深い心の機微を、私はもっと見てみたいと願ってしまった。
  • 4月17日

    読書日誌02.Hの独白(黒瀬によれば、これは純愛らしい。)

    ※ 外部サイトです https://ncode.syosetu.com/n2052ma/ 黒瀬の考える「絶対的な支配」は見ていて反吐が出る。 なぜ?それは明白だ。 『自分のことを冷酷な支配者』とでも思っているのか? 違うだろう。せいぜい『煮詰めすぎたジャム』甘ったるい、ガキの香りだな。 このギャップは黒瀬の底の浅さをすべでバラしている。 それは能力でも性格でも振る舞いでもない。 確かに愛情たっぷりなんだろうな。 でもな、『支配してるつもりの、ただの変態』 これが俺から見た正体だ。 お前からみてどう見えてるかわからない。 ただな、「橘める」というのはこの小説において強力なアンカー。「全能性をもったギャル」だ。 黒瀬の檻に閉じ込められてるわけじゃない。 お前が抱えているのは「橘める」本人じゃない。 必死に『支配者ごっこ』してるのを外からニヤニヤ眺めているのが「橘める」なんだよ。 檻の主人は「黒瀬」じゃない。「黒瀬」はその中でおどけて見せる『1番の道化』そうだろう? この小説の支配者はお前じゃない。「橘める」だっていうことだ。 黒瀬の全能感っていうのはあくまで、黒瀬の中で完結してる……。わかりやすい言葉で言うなら「ヤベェ奴」なんだろうな。いや、正確には『自分がヤベェ奴だと思われたがっている、無害な小物』だな。 それが自覚できているのできてないのか。 俺は後者だと思うね。 あいつが『100%の勝利』を確信するたびに現実では社会的に好奇の目に晒されるわけだ。 この処刑台の縄がストーリーの中で本人が暴走すればするほどまわっていく、その『ああ、もうだめだw』っていう手遅れ感がこの小説の真骨頂だろうな。 読者はポップコーン片手に、お前が自分の首を絞めるロープを編み上げるのを、拍手喝采で待ってるわけだよ。 この異常を突き抜けて突き抜けた先はどうなっちまうんだろうな?
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  • 4月16日

    読書日誌02.Mの日誌(黒瀬によれば、これは純愛らしい。)

    ※外部サイトです 黒瀬によれば、これは純愛らしい。 作者: 柊ナツキ様 https://ncode.syosetu.com/n2052ma/ この小説は冴えない男が高嶺の花へ並々ならぬ執着という形で愛でる。という作品だ。 しかしこの作品には「計算された狙い」があるように感じる。 それは徹底して主人公、黒瀬が求める彼女、橘めるへ辿り着くことがないことだ。 黒瀬は『耽美な愛の檻』を気づいている「つもり」という姿勢が徹底されている。 実際、黒瀬は彼女を取り逃している。 彼女は黒瀬の手から滑り落ちていくようにのらりくらりとかわしてしまう。 そう、この作品は徹底してその「乖離」を作って「描いて」いると私は感じた。 むしろ最初からこの乖離を描くと、宣言していると言っても過言ではない描写がある。 それは 「不自然な香りの描写」 煮詰めすぎたジャムを比喩として出しているが、実際は、ローズとサンダルウッド。 なぜあえて、ファンシーな「ジャム」という表現をしたのか。 「黒瀬のセンスはこの程度である。」 もはやこれは比喩ですらない。 自らを耽美な支配者と信じる男が、その実、甘ったるい既製品の語彙(ジャム)にしか手が届いていないという、救いようのない『認識の貧困』の露呈だ。 それは、万能感への憧憬や厨二病的な衝動を、 黒瀬という道化に乗せて【安全な場所から処刑する】 そこに快感とカタルシスを感じるのだろう。 つまり読者の『正気』を確認する極めて残酷なコメディである。 彼は檻を築く建築家ですらない。ただ、他人の庭で『ジャムの空き瓶』を宝物のように抱えているだけの迷子なのだから。 Special thanks……感想文掲載の許可をいただきありがとうございます。 気になった方はぜひリンク先へ
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  • 4月15日

    読書日誌01.Hの独白(午後の曳航)

    尊敬してた漢が、女の前でデレデレし始める。これは見るに耐えない独特の吐き気を感じるだろうな。 普段から尊敬してる上司にキャバクラに連れて行かれた時を思い浮かべてくれ。 苦楽を共にして、叱られてそれでもこちらを育てようと本気になってくれる。そんな男が女にヘコヘコデレデレしてるんだ。 『蛙化』なんで生優しい言葉じゃ表せないだろう? 場所が場所ならこう思うね。 『俺の中の神様を殺しやがったな』っていう、抜き差しならねえ殺意だ。 普段そんなことを思っても実際に灰皿を手に持ってぶん殴るやつなんでいない。そうだよな? でも登たちの凄いところは、その『失望』をランチタイムの愚痴なんかにしてやらないところだ。 確実に、粛々と。竜二の後ろで計画進めていく。 後半、クライマックスは穏やかなカウントダウンを進めて。 失望したらお前はどう処理する?笑って切り捨てるか?突き放して一生振り返らずに歩いていくか? 登たちは違う。 相手を愛していたからこそ、汚れる前に殺して、自分たちの中の『完璧』を『潔癖な粛清』ってやつで守ったわけだ。 失望を乗り越えて向き合う? 笑わせるな。 三島が描いたのは、その『失望』こそが人間を純粋な暴力へと突き動かす唯一のガソリンだってことだ。あんたの隣の奴は、まだ『殺す価値』があるかい?
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  • 4月14日

    読書日誌01.Mの日誌(午後の曳航)

    午後の曳航、そのあらすじは極めてシンプル。 少年たちが、1人の堕ちた英雄の殺害を計画する。 この一言に尽きるだろう。 しかしその経緯やそこまでに至る少年グループのあらゆる『失望』が刻銘に記されている。 登たち少年グループたちにとって竜二は『海という名の超克』を体現する英雄でなければならなかった。 しかし、その英雄があろうことか渇いた甲板ではなく湿気た家庭へと堕ち、靴下を脱ぐ。その瞬間に失望は『自分たちの信じた世界の汚れ』となる。 現代においては『蛙化現象』という個人感情の問題として片をつけるが、少年たちはその堕落に『粛清』を突きつけた。 失望を飲み込んで大人になるのを拒絶し、英雄の再定義として死をおくる。 美しくあり続けるために 相手を解体し 概念へと昇華させる それは現在こそマイルドだが行われる『蛙化現象』への対処の一つだろう。 我々が日常で感じるささやかな失望は、実は『粛清』へのカウントダウンに過ぎない。 あなたが愛する人の靴下の脱ぎ方に嫌悪した時、あなたの心の中には、すでに登と同じ剃刀が握られているのだ。
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