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イロハニホヒテ ナヲシラ厶

登美川ステファニイさんの彩色少女
https://kakuyomu.jp/works/16816700428057254989

実はモノクロマティックの話の1つとして、人と人の感覚の差異をどれだけ減らしても、最終的には同じ感覚を共有出来ない、って話を考えてました。まぁ考えてただけだから言ったもん勝ちですが。
元々というかイロハのことを思い付いた時点では、色の話ということでモノクロマティックに入れようかと思ったが、能力がコンセプトに合わなそうだと感じたんて止めました。しかし、これを読んで自分の想像力の乏しさにショックを受けております。
まぁそれはさておいて、思い出したのは井上夢人さんのオルファクトグラムです。話の本筋は無視しますが、オルファクトグラムの主人公は匂いが視覚的な情報として見える能力を後天的に得た気がする。そして自分の中で印象的なのが、主人公の彼女に自分達の子供に主人公と同じ能力が有れば、主人公の理解者になれる、見たいなセリフが有ったと思う、うろ覚えだけど。オルファクトグラムを読んだ時は深く考察しなかったが、登美川さんの話を読んで後天的か先天的かというカント的な考えが必要なんだと。
登美川さんの話では、イロハは先天的にイロハ以外の人は後天的に能力を獲得した状態である。その上でイロハの感覚を本質的に理解出来る人間は存在し得ない。それは絶対的な孤独と諦観をイロハに与えている。
色を塗り潰し、感覚を強制的に共有出来ても、本質として色を匂う事が出来るのは唯1人。イロハは他人を理解出来るが他人はイロハを理解出来ない。後天的な感覚はあくまでも既存の感覚と整合性をとった上で成り立ち、イロハと同じ能力で他人が得たどんな色もイロハにとって見れば白色と変わりがない。
世界中の誰もが同じものを見て同じ感覚を得る世界で、イロハは最後に自分の見ている世界を見せる。他人がそれをどう感じるかは解りきっている、その99%の諦観の中に1%の期待を込める。自分と同じ世界を見て違う匂いを感じる誰かを。

すぐ書こうと思ったけど、近況ノートのタイトルどうしようかと1週間悩んだ事にします。

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