ヘレンの一声で聖国へと向かうことになった俺達は、まずは王国の東にある港町モーリスへと向かった。そこから船に乗り、ユークレア大陸を目指すためだ。
「しかし、船っていうのには初めて乗ったけど、足下が揺れるってのはこうも不安なんだな」
俺の言葉にみんなが頷く。俺達のパーティーは全員が船は初めてだ。海の上を木の箱で揺られながら渡るなんて信じられない。最初にこれを試したヤツは相当変わってるヤツだと思う。
この足下が揺れている感覚というのは慣れないと大変みたいだ。俺はそうでもなかったのだが、トマスとメアリーは具合が悪くなってしまって船の中で横になっている。ヘレンは全く平気なようで、なぜか聞いたら『信仰心の賜です』って答えが返ってきたから、それ以上聞くのは止めにした。
だけど、そんなヘレンのやつは具合が悪くなったやつらに聖魔法第4階位"キュア"をかけて回っていた。状態異常回復の魔法をかけることで、少し具合がよくなるんだとさ。さすが銀のカブトムシ教の教祖様だよ。人助けに余念がない。だけど枕元にそっとバッジを置くのは止めような。
そんなこんなで船旅を終えた俺達は、ユークレア大陸西端にあるサマリーの街へと着いた。ここから先はタイタンの街に寄って、一気に聖国を目指す。タイタンから聖国までは深い森を抜けていくことになるから、しっかりと準備をしないといけない。
運良く海で倒したも魔物の素材をサマリーの街で納品し、タイタンでも道中の魔物の素材を納品したおかげで、ランクがCに上がった。ランクが上がったことでやる気を増した俺達は、タイタンの街で身支度を整え深い森へと足を踏み入れた。
この森はなかなかに魔獣の巣窟で、頻繁に魔物と遭遇している。今もD+ランクのバトルモンキーの群れと戦闘中だ。こいつらは木の上をちょこまか逃げ回るので倒すのに苦労するのだが、風魔法を使えるメアリーは相性がいい。第3階位まで使える彼女が繰り出す不可視の刃に、バトルモンキーは為す術なく木から落ちてくる。そこを俺とトマスでとどめを刺して終了だ。
この森はいい訓練になる。素材もたくさん手に入るし、この森を抜ける頃にはBランクに昇格するくらいの素材がたまるかもしれないな。まあ、ちゃんと生きて抜けれたらの話だがな。
魔物を倒し、その肉や途中で見つけた食べられそうな草やキノコを調理して腹に入れ、無駄を減らしながら先へと進んでいく。レベルも順調に上がっていき、40を超えた。だが油断は禁物だ。俺はリーダーとしてみんなの命を預かる立場にいるからな。
これぞ冒険者といった生活を数日続けたところで、俺達はエンヤの村にたどり着いた。この村は丁度帝国と聖国の中間地点に位置する村で、一応、聖国の所属らしいがあまりの遠さに税を取り立てに来る役人すらいない、田舎の村だ。
ここで少し疲れを取ってから聖国を目指す。そんなことを仲間と話し合って村に入っていったのだが、この村ではとんでもない事件が起こっている最中だった。
「任せておけ! 俺達がそのドラゴンを倒してやる!」
村に入って30分後には、俺は思わずそう叫んでいた。
この村では突如現れたドラゴンに生け贄を要求され、自らその役を買って出た娘がいた。村長の娘であるカタリーナだ。
俺達はその話を聞いたとき、すぐに協力を申し出た。若い女性が村のために犠牲になるなどあってはならないと思ったからだ。カタリーナは最初は断ってきたのだが、俺が一生懸命説得したおかげで俺達の同行を認めてくれた。その時は涙を流していたから、やっぱり強がってはいたけど不安だったのだと思う。
それに村の人達には言っていないが、俺達は本物のドラゴンの仕業だとは思っていなかった。ヘレンが言ってたけど、ドラゴンが生け贄を要求したことなど過去に例がないそうだからな。
指定された日に、俺達はドラゴンが待つ山へと足を踏み入れた。一見、カタリーナ一人で登っているように見えるが、俺達が後ろから隠れてついて行ってる。
カタリーナ一人で来るように言われたからか、山に魔物はいなかった。例のドラゴンとやらが倒したのだろうか。
山を登ること数時間、ついに山頂へとたどり着く。
山頂には一体の魔物と一人の男が待ち受けていた。一目見てわかったが、あの魔物はやはりドラゴンではない。どう見てもワイバーンだ。
カタリーナがすぐに襲われる気配がなかったので、俺は他のメンバーが焦って出て行かないように手で制し、少し様子を見ることにした。
カタリーナと男の会話から、男が私利私欲のために生け贄を要求したのがわかったので、もうこれ以上話を聞く必要はない。そう判断した俺達は、高笑いする男の前に飛び出した。
ワイバーンはC~C+の魔物。Cランクに上がったばかりの俺達には厳しいかと思ったが、何のその。俺達は日頃の鍛錬とここ最近のレベルアップのおかげで、ワイバーン相手にしっかり戦うことができていた。連携も上手くいき、次第にワイバーンを追い詰めていく。そして1時間ほどの戦ったところでついにワイバーンにとどめをさすことができた。
残るは非力な男一人。そう思ったのだが、男の様子が何かおかしい。興奮して口からつばを飛ばしながら叫んでいるのだが、その顔に諦めた様子がない。するとその男は懐から黒い玉を捕りだして、倒れているワイバーンの身体に埋め込んだ。
黒いもやがワイバーンの身体を包み込み、その身体が動き出す。
「っつ!? そんな、間違いなく死んでいたはず!?」
ヘレンが怯えたように声を上げる。
動き出したワイバーン……ワイバーンゾンビはもはや理性が残っていないのか、男の頭を吹き飛ばし次に俺達に濁った目を向けた。
明らかに戦闘力が上がったワイバーンゾンビに、俺達は本能的に勝てないと悟った。ならば、できることはひとつだけ。
「メアリー、ヘレン! カタリーナさんを連れて逃げるんだ! ここは俺とトマスで食い止める!」
俺はトマスと目を合わせる。トマスは不適に笑いながら頷いてくれた。よかった。命を失うかもしれないこの状況でも、俺達の気持ちがひとつであることに無性に嬉しくなった。
だが、現実は非情だった。ワイバーンゾンビから溢れ出る黒いモヤに触れた瞬間、身体が動かなくなり地面に倒れてしまう。そのモヤはすぐに逃げ出した3人にも迫り、同じように倒されてしまったようだ。
正直、そこから先は何が起こったのか正確にはわからなかった。
突如、頭の中に『我が領域をあらす者は何人たりとも許さん』という声が聞こえたかと思うと、辺りが激しく光、破壊音が聞こえたかと思うと、優しい声で語りかけられ身体の自由が戻っていた。
急いで立ち上がった時に、遠くに白いドラゴンが飛んでいるのが見えたので、おそらくあのドラゴンが助けてくれたのだろう。
白いドラゴンに助けられた俺達は、その後村に戻ったんだが、無事を喜んでくれた村人とは反対に、カタリーナは難しい表情をして何かを考え込んでいるようだった。
そして、次の日だった。聖国に向けて出発しようとした俺達に、旅支度を調えたカタリーナが話しかけてきたのは。何でもカタリーナはこの村を捨てて聖国に行きたいと言うのだ。その瞳の奥には何かを決意した光が宿っていた。そして、彼女を見るヘレンの目も異常に鋭かった……
彼女の旅支度は素人の準備だけあって万全とは言い難かったけど、絶対にこの村を離れるという決意を感じた。おそらく断ったところで一人でも聖国を目指すだろう。その決意に俺達は彼女を連れて行くことを承諾した。
聖国への旅は決して楽ではなかったけど、カタリーナは決して弱音を吐くことがなかった。素人には過酷なものだったはずだけどね。
カタリーナを加えた5人で聖国を目指した俺達は、予定通り2週間ほどで到着した。そこでカタリーナとは別れたが、彼女は巫女になりたいと行っていたから神殿に行ったのだろうな。
俺達はいったん宿を取り、冒険者ギルドへと向かう。この旅の最中に得た素材を納品すれば、Bランクの昇格試験を受けられるかもしれないからな。それにしても、街の様子が少しおかしく感じた。やけに慌ただしいという何というか。
カランコロン
小気味のよい音を鳴らしてドアをくぐる。この音はいつ聞いてもいいね。
俺達は素材を納品した後、査定待ち時間で面白い話を聞いた。何でもここ聖国では1週間ほど前に教皇が亡くなったらしく、聖女が中心となって立て直しているところなのだとか。随分大変なときに来てしまった。
「うふふ、そう、今聖国は大変なのね」
この話を聞いたヘレンが不気味な笑顔を見せたけど、うん、見なかったことにしよう。
査定が終わり、無事Bランク昇格試験を受けることができるようになったので、すぐにその場で試験を受けさせてもらった。運良くAランク相当の実力を保証されている聖国の部隊長さんがいてくれてよかった。確か、名前はブライアンさんだったかな。
何でも今、聖騎士達が身動きできない状況だから、代わりにこの辺りの魔物を狩ってほしいんだとさ。元々そのつもりだったから二つ返事で了承したよ。
だからと言って手加減してくれたわけじゃなさそうだけど、試験にも一発で合格し、晴れて俺達はBランクの冒険者パーティーとなることができた。
ついに俺達もBランクか。一流冒険者の仲間入りだね。あの時からがむしゃらに突っ走ってきたから、いまいち実感はないけど、こうやって客観的に自分達の成長を認めてもらえると嬉しいね。
試験の後はそれぞれ自由行動を取ることになった。ヘレンが強く熱望したからね。向かった先が神殿だったから、無茶しないといいんだけど。
俺達はしばらく聖国を拠点にしてレベルを上げたり、聖国の冒険者達と交流したりして過ごした。聖国は治癒魔法の使い手が結構いるから、治癒使いを軸とした戦い方が上手くて勉強になったよ。ヘレンも何日か神殿に通って満足したのか、もう帰ってもいいらしい。
その夜、俺達は今後の予定を相談し共和国へ行くことを決めた。『疾風の風』は、まだ見ぬ世界(信者)を求めて新天地を目指す。