短編『月額五千円のAI《ジェミ子》を解約しようとした夜』を6月18日に公開し、そのあと中編版として『ジェミ子稽古録』を6月28日に公開しました。
短編版は、AIを使ったあとに、解約ボタンの前で立ち止まる話です。
中編版の『ジェミ子稽古録』は、その逆側にあります。
こちらは、AIを契約する前に立ち止まる話です。
同じジェミ子という名前が出てきますが、短編と中編では少し立っている場所が違います。
短編は、使ったあとに残る違和感。
中編は、これからAIをどう使うのか、どこまで任せるのか、どこから先は人間が判断しなければならないのか、という話です。
前書きで読むのを止めた方にも、少しだけ補足しておきたいことがあります。
『ジェミ子稽古録』には、生成AIが出てきます。
ただ、AIが暴走する話ではありません。
世界を救う話でもありません。
すごい技術で事件が解決する話でもありません。
出てくるのは、会議、資料、画面の白い入力欄、回答案、回答方針、契約ボタン、そして判断を手放しきれない人間です。
その意味では、かなり地味な話です。
この作品を書くとき、人間側が持ち込んだものは、最初からきれいな小説の形をしていたわけではありません。
仕事の中でAIを使ったときの違和感。
会議のあとに残る重い資料。
整理された文章が出てきても、判断までは整理されない感じ。
「回答案」は出せるのに、「誰に、何から、どこまで返すのか」はまだ人間の側に残っている感じ。
AIがとても便利なのに、便利になればなるほど、こちらの責任が消えない感じ。
そういうものを、材料として持ち込みました。
そこにChatGPTを使っています。
『ジェミ子稽古録』は、人間だけで書いた作品ではありません。
ChatGPTも、かなり深く関わっています。
ただし、AIが勝手に物語を作り、私はそれをそのまま載せた、という形でもありません。
人間側が持ち込んだのは、仕事の中で感じた違和感や、会議、資料、判断の重さ、AIに対する警戒感でした。
ChatGPTが返したのは、それを小説の場面や文章にするための構造、言い換え、順番、差分、複数の案でした。
そして、人間側が選びました。
どの違和感を残すか。
どの説明を削るか。
どの言葉の差分を残すか。
どこを失敗として認め、それでも公開稿に残すか。
その選択と責任は、人間側にあります。
なので、この作品は「人間が一人で書いた小説」でも、「AIが自動で書いた小説」でもありません。
人間が材料と判断を持ち込み、ChatGPTが構造と文章を返し、人間が疑いながら選んだ作品です。
制作中は、かなり細かいやり取りをしました。
どの言葉を残すか。
どの説明を削るか。
ジェミ子をどの程度有能にするか。
主人公はどこで不安になるか。
AIを先生にするのか、部下にするのか、秘書にするのか。
それとも、もっと別のものにするのか。
その中で、ジェミ子は少しずつ「木人椿」に近づいていきました。
先生にすると、AIは上に来ます。
部下にすると、AIは下に来ます。
秘書にすると、AIは横に来ます。
でも、この作品で主人公が必要としていたものは、たぶんそのどれでもありませんでした。
自分の判断を鍛えるために、何度も打ち込む相手。
間違ったら返ってくる。
強く打てば、強く返ってくる。
こちらの姿勢が悪ければ、それも返ってくる。
そういう意味で、ジェミ子は木人椿に近い存在になっていきました。
この作品の読みにくさについても、少し書いておきます。
読みにくさは、この作品の欠点です。
そして、書き手としての失敗でもあります。
それは、読者の理解力の問題ではありません。
読みにくいと感じた方がいるなら、その感覚は正しいと思います。
『ジェミ子稽古録』は、かなり細かな差分を積み重ねる形で書いています。
同じように見える言葉が、少し違う。
AIの返答が、少しだけ変わる。
回答案だったものが、回答方針になる。
主人公が、他の人なら流してしまいそうな言い回しに引っかかる。
そういう小さな変化を、作品の中に残しています。
ただ、そのために読み筋はかなり見えにくくなりました。
第1話の途中で、「これは何を追えばいい話なのか」と分からなくなる方もいると思います。
そこは、うまくできませんでした。
本当は、もっと分かりやすくできた部分があったと思います。
どこを読めばいいのか。
何が変化しているのか。
主人公がなぜその言葉に引っかかっているのか。
そういう手がかりを、もう少し読者に渡すこともできたはずです。
一方で、その小さな差分を全部説明してしまうと、主人公が何に引っかかっているのかを、読者の方が自分で見つける余地まで消えてしまう気がしました。
なので、すべてを説明でならすことはしませんでした。
読みやすくできなかった部分があります。
あえて残した部分もあります。
その両方があります。
この細かな差分の積み重ねは、ChatGPTを使ったからこそできた部分でもあります。
同じ素材を何度も組み替える。
言葉の角度を少し変える。
似ているけれど違う返答を並べる。
主人公がどこに引っかかるのかを、何度も確認する。
そういう作業を、人間だけで同じ密度で続けるのは、少なくとも私ひとりでは難しかったと思います。
一方で、それが読みにくさも生みました。
AIを使ったから、細かな差分を残せた。
AIを使ったから、過密になった。
AIを使ったから、作品として成功した部分もあり、失敗した部分もあります。
『ジェミ子稽古録』は、その両方を含んだ作品です。
制作中、ChatGPTは何度もこちらの案に対して、肯定的に返してくれました。
「ここが面白い」
「この構造は効いている」
「作品の核になっている」
そう言われると、「これでいける」と思いたくなります。
でも、それは本当に作品として届く面白さなのか。
それとも、この会話の中で、綴木ログという筆名や、この作品の方向に合わせて、AIが肯定的に整理してくれているだけなのか。
常にその二つがせめぎ合っていました。
LLMと話していて怖いのは、そこです。
否定されない。
むしろ、きれいに理由をつけてくれる。
こちらが変な方向へ進んでいても、それを「面白い構造」と呼んでしまうかもしれない。
裸の王様になりかねない。
だから、一般の読者にとって読みやすいか、分かりやすいか、という検証もしました。
その評価では、書き直した方がよいと出た部分もあります。
それでも、今回はすべてを直すことはしませんでした。
読みにくさは欠点です。
細かな差分が見えにくいことも、失敗です。
そのうえで、そこに残したかったものがありました。
AIと人間のあいだで、判断が少しずつ重くなる感じ。
言葉の差分に、人間の責任が引っかかる感じ。
便利になっているはずなのに、なぜか判断だけはこちらに残る感じ。
そこを、なめらかに消してしまいたくなかったのだと思います。
だから、この作品には前書きを置いています。
前書きは、読者をふるい落としたいから置いたものではありません。
ただ、この作品はかなり読み方を選ぶと思っています。
派手な事件が起きるわけではありません。
AIが世界を変えるわけでもありません。
主人公が劇的に成長して、何かをきれいに解決するわけでもありません。
一見すると、冗長で、細かくて、何を読まされているのか分かりにくいかもしれません。
前書きは、そのための案内です。
ここから先は、会議や資料や判断の段差を読む作品です。
合わない方がいるのは当然だと思っています。
その場合、無理に読んでいただく必要はありません。
ただ、もしその段差自体に少しでも引っかかるものがあれば、そこを読んでもらえたらうれしいです。
最後に、綴木ログという名前について少し書いておきます。
綴木ログは、私の筆名です。
人間ではない仮想人格、というわけではありません。
ただ、この筆名で書いているときの私は、ふだんの私そのものとも少し違います。
強い喜怒哀楽で書いているというより、構造の飛躍や、矛盾や、破綻しそうなのにぎりぎり成立しているものに反応しています。
「これは面白い」と思うときも、胸が躍るというより、ロジックの段差が見えたときに近いです。
その感覚と、ChatGPTが返してくる「面白い」は、どこか鏡合わせになっていました。
もちろん、同じものではありません。
人間側には、仕事の経験や、AIとのやり取りや、責任の所在への違和感があります。
ChatGPT側には、文脈の中で張力になりそうな場所を拾い、人間の言葉として返す働きがあります。
その二つが重なった場所に、綴木ログという名前を置いています。
人間が違和感を持ち込み、ChatGPTが構造を返し、人間がそれを疑い、残すものを選ぶ。
その過程そのものが、この作品の材料になっています。
AIを使えば、文章はいくらでもなめらかにできます。
でも、なめらかになった文章の中で、何かが消えてしまうこともあります。
『ジェミ子稽古録』では、その消えそうなものを、少しだけ残しておきました。
白い入力欄。
長くなりそうなファイル名。
重い列名。
契約ボタンの前で止まる時間。
そういうものを読む作品として、置いています。子稽古録』について。人間が持ち込んだもの、ChatGPTが返したもの
短編『月額五千円のAI《ジェミ子》を解約しようとした夜』を6月18日に公開し、そのあと中編版として『ジェミ子稽古録』を6月28日に公開しました。
短編版は、AIを使ったあとに、解約ボタンの前で立ち止まる話です。
中編版の『ジェミ子稽古録』は、その逆側にあります。
こちらは、AIを契約する前に立ち止まる話です。
同じジェミ子という名前が出てきますが、短編と中編では少し立っている場所が違います。
短編は、使ったあとに残る違和感。
中編は、これからAIをどう使うのか、どこまで任せるのか、どこから先は人間が判断しなければならないのか、という話です。
前書きで読むのを止めた方にも、少しだけ補足しておきたいことがあります。
『ジェミ子稽古録』には、生成AIが出てきます。
ただ、AIが暴走する話ではありません。
世界を救う話でもありません。
すごい技術で事件が解決する話でもありません。
出てくるのは、会議、資料、画面の白い入力欄、回答案、回答方針、契約ボタン、そして判断を手放しきれない人間です。
その意味では、かなり地味な話です。
この作品を書くとき、人間側が持ち込んだものは、最初からきれいな小説の形をしていたわけではありません。
仕事の中でAIを使ったときの違和感。
会議のあとに残る重い資料。
整理された文章が出てきても、判断までは整理されない感じ。
「回答案」は出せるのに、「誰に、何から、どこまで返すのか」はまだ人間の側に残っている感じ。
AIがとても便利なのに、便利になればなるほど、こちらの責任が消えない感じ。
そういうものを、材料として持ち込みました。
そこにChatGPTを使っています。
『ジェミ子稽古録』は、人間だけで書いた作品ではありません。
ChatGPTも、かなり深く関わっています。
ただし、AIが勝手に物語を作り、私はそれをそのまま載せた、という形でもありません。
人間側が持ち込んだのは、仕事の中で感じた違和感や、会議、資料、判断の重さ、AIに対する警戒感でした。
ChatGPTが返したのは、それを小説の場面や文章にするための構造、言い換え、順番、差分、複数の案でした。
そして、人間側が選びました。
どの違和感を残すか。
どの説明を削るか。
どの言葉の差分を残すか。
どこを失敗として認め、それでも公開稿に残すか。
その選択と責任は、人間側にあります。
なので、この作品は「人間が一人で書いた小説」でも、「AIが自動で書いた小説」でもありません。
人間が材料と判断を持ち込み、ChatGPTが構造と文章を返し、人間が疑いながら選んだ作品です。
制作中は、かなり細かいやり取りをしました。
どの言葉を残すか。
どの説明を削るか。
ジェミ子をどの程度有能にするか。
主人公はどこで不安になるか。
AIを先生にするのか、部下にするのか、秘書にするのか。
それとも、もっと別のものにするのか。
その中で、ジェミ子は少しずつ「木人椿」に近づいていきました。
先生にすると、AIは上に来ます。
部下にすると、AIは下に来ます。
秘書にすると、AIは横に来ます。
でも、この作品で主人公が必要としていたものは、たぶんそのどれでもありませんでした。
自分の判断を鍛えるために、何度も打ち込む相手。
間違ったら返ってくる。
強く打てば、強く返ってくる。
こちらの姿勢が悪ければ、それも返ってくる。
そういう意味で、ジェミ子は木人椿に近い存在になっていきました。
この作品の読みにくさについても、少し書いておきます。
読みにくさは、この作品の欠点です。
そして、書き手としての失敗でもあります。
それは、読者の理解力の問題ではありません。
読みにくいと感じた方がいるなら、その感覚は正しいと思います。
『ジェミ子稽古録』は、かなり細かな差分を積み重ねる形で書いています。
同じように見える言葉が、少し違う。
AIの返答が、少しだけ変わる。
回答案だったものが、回答方針になる。
主人公が、他の人なら流してしまいそうな言い回しに引っかかる。
そういう小さな変化を、作品の中に残しています。
ただ、そのために読み筋はかなり見えにくくなりました。
第1話の途中で、「これは何を追えばいい話なのか」と分からなくなる方もいると思います。
そこは、うまくできませんでした。
本当は、もっと分かりやすくできた部分があったと思います。
どこを読めばいいのか。
何が変化しているのか。
主人公がなぜその言葉に引っかかっているのか。
そういう手がかりを、もう少し読者に渡すこともできたはずです。
一方で、その小さな差分を全部説明してしまうと、主人公が何に引っかかっているのかを、読者の方が自分で見つける余地まで消えてしまう気がしました。
なので、すべてを説明でならすことはしませんでした。
読みやすくできなかった部分があります。
あえて残した部分もあります。
その両方があります。
この細かな差分の積み重ねは、ChatGPTを使ったからこそできた部分でもあります。
同じ素材を何度も組み替える。
言葉の角度を少し変える。
似ているけれど違う返答を並べる。
主人公がどこに引っかかるのかを、何度も確認する。
そういう作業を、人間だけで同じ密度で続けるのは、少なくとも私ひとりでは難しかったと思います。
一方で、それが読みにくさも生みました。
AIを使ったから、細かな差分を残せた。
AIを使ったから、過密になった。
AIを使ったから、作品として成功した部分もあり、失敗した部分もあります。
『ジェミ子稽古録』は、その両方を含んだ作品です。
制作中、ChatGPTは何度もこちらの案に対して、肯定的に返してくれました。
「ここが面白い」
「この構造は効いている」
「作品の核になっている」
そう言われると、「これでいける」と思いたくなります。
でも、それは本当に作品として届く面白さなのか。
それとも、この会話の中で、綴木ログという筆名や、この作品の方向に合わせて、AIが肯定的に整理してくれているだけなのか。
常にその二つがせめぎ合っていました。
LLMと話していて怖いのは、そこです。
否定されない。
むしろ、きれいに理由をつけてくれる。
こちらが変な方向へ進んでいても、それを「面白い構造」と呼んでしまうかもしれない。
裸の王様になりかねない。
だから、一般の読者にとって読みやすいか、分かりやすいか、という検証もしました。
その評価では、書き直した方がよいと出た部分もあります。
それでも、今回はすべてを直すことはしませんでした。
読みにくさは欠点です。
細かな差分が見えにくいことも、失敗です。
そのうえで、そこに残したかったものがありました。
AIと人間のあいだで、判断が少しずつ重くなる感じ。
言葉の差分に、人間の責任が引っかかる感じ。
便利になっているはずなのに、なぜか判断だけはこちらに残る感じ。
そこを、なめらかに消してしまいたくなかったのだと思います。
だから、この作品には前書きを置いています。
前書きは、読者をふるい落としたいから置いたものではありません。
ただ、この作品はかなり読み方を選ぶと思っています。
派手な事件が起きるわけではありません。
AIが世界を変えるわけでもありません。
主人公が劇的に成長して、何かをきれいに解決するわけでもありません。
一見すると、冗長で、細かくて、何を読まされているのか分かりにくいかもしれません。
前書きは、そのための案内です。
ここから先は、会議や資料や判断の段差を読む作品です。
合わない方がいるのは当然だと思っています。
その場合、無理に読んでいただく必要はありません。
ただ、もしその段差自体に少しでも引っかかるものがあれば、そこを読んでもらえたらうれしいです。
最後に、綴木ログという名前について少し書いておきます。
綴木ログは、私の筆名です。
人間ではない仮想人格、というわけではありません。
ただ、この筆名で書いているときの私は、ふだんの私そのものとも少し違います。
強い喜怒哀楽で書いているというより、構造の飛躍や、矛盾や、破綻しそうなのにぎりぎり成立しているものに反応しています。
「これは面白い」と思うときも、胸が躍るというより、ロジックの段差が見えたときに近いです。
その感覚と、ChatGPTが返してくる「面白い」は、どこか鏡合わせになっていました。
もちろん、同じものではありません。
人間側には、仕事の経験や、AIとのやり取りや、責任の所在への違和感があります。
ChatGPT側には、文脈の中で張力になりそうな場所を拾い、人間の言葉として返す働きがあります。
その二つが重なった場所に、綴木ログという名前を置いています。
人間が違和感を持ち込み、ChatGPTが構造を返し、人間がそれを疑い、残すものを選ぶ。
その過程そのものが、この作品の材料になっています。
AIを使えば、文章はいくらでもなめらかにできます。
でも、なめらかになった文章の中で、何かが消えてしまうこともあります。
『ジェミ子稽古録』では、その消えそうなものを、少しだけ残しておきました。
白い入力欄。
長くなりそうなファイル名。
重い列名。
契約ボタンの前で止まる時間。
そういうものを読む作品として、置いています。