昨日大江山で博物館まで、車で送ってもらった先生から聞いた話。
面白かったので書いておきます
まず、「大江山の鬼」とはすなわち酒呑童子の事。
源頼光らによって退治されたという有名な話ですね。
で、聞いた話
一、平安時代、頼光が賊を討つようにと指示する文書は存在している
ニ、討伐した記録はあるが、戦闘描写無い、畑作ったりと5年くらいかけている。もしかすると討伐ではなく交渉だったのでは?
三、当時大江山周辺は、由良川の水運もあり、宮津から京を繋ぐ重要区間。他にも朝廷の無視できない何ががあったのでは?
四、大江山近辺では当時の技術では扱えないクロム鋼が採れる。酒呑童子一頭はそれを加工できる技術があったのでは?
五、大江山の近くに現在ある「元伊勢」の寺社だか平安時代の格式ある寺社をまとめた「延喜式」には記載がない。逆に延喜式にはあるがどこにあったかもわからない神社がある。この時期、「なにかあった」のは間違い無いと思われる
六、討伐後、大江山近辺で荘園が開かれたなど戦後処理が行われた記録が現在見当たらない。
鳥羽上皇の娘八条院に献上された荘園はあったらしい
こんな感じ。
どうも四の製鉄技術に関する実態を追いかけているようでしたが、そのあたりは、前後に製鉄技術が発達してあた記録も、それで作られた品物も無く、裏付けができない上に、どのように当時の技術で1500度を超える高温で製鉄していたかも立証できていない他のことで現状ではトンデモの域の話でした。
流石に欲しがった技術がジェノサイド無しで突然その時期に消え去ったというのはにわかに信じがたい。
ただ、討伐ではなく交渉ってのは可能性あるな、と。
当時の武士団の組織形態からして長期の遠征はできないはずだし。
酒呑童子は酒に酔ったところを討たれてますが、コレはアイヌとか熊襲相手にやってた、割とポピュラーなやり口なんだよね。
仲直りの宴会とか言いながら族長呼び寄せてまとめて始末するのねw
まー盛りに盛りまくったらそんな事になるかなってw
頼光伝説の大半は源氏アゲで後年足されたものだからねー
と、言うわけでメモがわりに書いて見ました。
いやーこういうのいいですなぁw
明日は博物館についてかいてみようかな