昼に何気なくヤフーを開いたら、久米宏さんの訃報が出ていて、思わず手が止まりました。
短い見出しなのに、とうとうこの日が来たのかという感覚だけは、はっきり残りました。
一番印象に残っているのは、18年もの間ニュース番組で、好かれるかどうかよりも、自分に正直な言葉で時事を語り続けていたところです。
綺麗な正解を並べるのではなく、その時その場で自分が感じたことを、少しフランクに、でも逃げずに言う。その姿勢がとても強かった。
番組終了から一年ほど経った頃、もう定年も過ぎたので、ゆっくり過ごしたいと夕方のニュースで話しているのを見たことがあります。
その時、正直そんなわけがないと思いました。
この人はきっと、また何かを始めるだろうなと。
その予感は当たって、久米宏のラジオなんですけどが始まり、そこから長く続きました。
ニュースステーションも、ラジオも、どちらも欠かさず見聞きして、最後まで付き合った番組でした。
つい年末にも、最近久米さんはどうしているんだろうと、ふと思って検索していたばかりです。
先ほど報道ステーションの追悼特集を見ていて改めて感じたのは、久米さんの言葉には、場の空気を一瞬で引き寄せる力があったということです。
まるでドラマのクライマックスのように、その瞬間に一番聞きたい言葉を自然に引き出してしまう。
世代によって受け取り方は違うかもしれませんが、感覚としては、半沢直樹がニュースキャスターをやっているような存在でした。
今回の訃報を知って、不思議と少しだけ使命感のようなものを感じています。
言葉を使う側にいる人間として、逃げずに、自分の言葉で語ること。
それを何十年も続けてきた人がいたのだという事実が、重く、静かに残りました。悲しくも、でも不思議と安堵感もあります。
心よりご冥福をお祈りいたします。