最後まで『柳街(りゅうがい)』をお読みいただき、本当にありがとうございました。
柳街という言葉には、柳並木のある街という意味だけでなく、「花街」というもう一つの顔が秘められています。奇しくも、私の実家の前の通りには柳の木が街路樹として並んでいました。最近になってこの言葉の本当の意味を知ったとき、私はそこに何とも言えない不思議な縁(えにし)を感じて、本作のタイトルに選んだのです。
本作では、昭和三年の秋田・土崎を舞台に、貧しさから大置屋へと身売りされた少女が、過酷な運命に翻弄されながらも己の魂を燃やして生き抜く姿を描きました。華やかでありながら残酷でもあるこの花街の世界を題材に選んだのには、私自身のルーツに関わる理由があります。
実は、祖父の代まで、私の家系の生業は他でもない『置屋』でした。戦後、時代の移り変わりとともに明確な置屋という形は消え去り、家業もまた「美容室」として歩むことになりました。
世間一般では、置屋というと少女たちが自由を奪われ、奴隷のようにこき使われる過酷な場所、というイメージを持たれることが多いかもしれません。けれど祖父母は、「自分のところだけは違ったんだ」と、どこか誇らしげに語ってくれました。働いていた彼女たちにはきちんとお小遣いが手渡され、自由な時間も許されていたそうです。
当時の様子を今に伝える数少ない手がかりとして、家系に伝わる品の中に、女主人の周りに何十人もの女中たちが並んだ実在の集合写真が残されています。作中で、大玄関に飾られた「女主人を中心に何十人もの芸妓が並ぶ集合写真」として登場させたのは、まさにこの実在の一枚を元にしたものです。私はその写真から想像を膨らませ、彼女たちがどんな日々を送り、どんな感情を抱いて生活していたのかを思い描きながら、本作の世界を形作っていきました。
現在、この美容室には私を含めて跡取りがいません。最近になって「そろそろ店をたたむ」とも聞きました。時代に翻弄されながらも確かに存在した歴史や、あの場所で泣き、笑い、懸命に生きた人々の息遣いが、時の彼方へ完全に忘れ去られてしまうのは、あまりにも寂しいことのように思えました。
「せめて物語という形を借りて、彼女たちの生きた証をこの世に残したい」──。そんな思いが、私に筆を執らせてくれたのです。
少女たちが紡いだこの物語の余韻が、読者の皆様の心にそっと寄り添い、残ってくれるなら、作者としてこれに勝る喜びはありません。
改めて、最後まで本作にお付き合いいただきましたこと、心より深く感謝申し上げます。(味論)