旧聖堂での過酷な死闘を終え、王立フロレンティア魔術学院の病棟へと運び込まれた夜。
清潔なシーツと消毒液の匂いが漂う静かな相部屋で、並べられた二つのベッドの上に、ミントとリアナの姿があった。
カエデの現状、そしてエリザの規格外すぎる復活の理由――地下で起きた出来事の全てをリアナから聞き終えると、ミントはベッドの上でふうっと深い息を吐き出した。
「……流石の私でも、今回ばかりは頭の整理に少し時間がかかりそうね」
「あはは……。本当に、すごい一日だったね」
天井を見上げたままぼやくミントに、リアナも苦笑いしながら相槌を打つ。
死線を超えた安堵感からか、二人の間にはどこかふんわりとした、和気あいあいとした空気が流れていた。
だが――ふと、リアナの視線がミントの右腕へと落ちる。
レシアの糸によって深く斬り裂かれ、死闘の中でミントが自身の治癒華術で無理やり繋ぎ止めた右腕。今は完璧な処置によって、傷跡一つ残らず綺麗に治癒された細い腕だ。
それを見た瞬間、リアナはギュッとシーツを握りしめ、暗く顔を伏せた。
「……ごめんね」
「リアナ?」
急に沈み込んだ声色に、ミントが怪訝そうに顔を向ける。
「あの時、私がもっと早く動けていれば……ミントちゃんに、あんな痛い思いさせなかったのに。本当に、腕が治って……よかった……っ」
震える声で懺悔するリアナ。
「リアナ……」
その様子を見たミントは、小さく名前を呼ぶと、バサリと毛布をどけてベッドから立ち上がった。そして、隣のベッドで俯くリアナの元へと歩み寄る。
リアナが見上げると、ミントは無言のままスッと手を伸ばし――。
ぴしっ。
「いたっ! うぅ……ごめんなさい……」
おでこに弾かれたデコピンの痛みに、リアナは涙目で額を押さえながら反射的に謝った。しかし、ミントはその謝罪の言葉を、呆れたような、けれど力強い声で上書きする。
「私を誰だと思っているの? 自分の腕くらい絶対に治せるって論理的確証があったから、あそこで飛び込んだのよ。首席を舐めないでちょうだい」
「ミントちゃん……」
それは、リアナの罪悪感を拭い去るための、ミントなりの精一杯の強がりだった。
目を丸くするリアナを見下ろし、ミントはふっと口角を緩める。
「――なんてね」
ミントは優しく微笑むと、額を押さえるリアナの頭を、ポンポンと子供をあやすように撫でた。
「リアナ。前に屋上で、私があなたとアンに言った言葉、覚えてる?」
「えっと……『私とアンちゃんが他人本意すぎる』ってやつ?」
「そう」
ミントは撫でていた手を下ろし、自嘲気味に目を伏せた。
「あれはね……私自身に対しての言葉でもあるの」
「え?」
予想外の言葉に、リアナが小さく首を傾げる。
そんな彼女に対し、ミントは静かに、自らの胸の内にある一番の弱さを告白した。
「私、他人が自分の目の前で傷つくのが……嫌で嫌で仕方ないの。それを見るくらいなら、自分が傷ついた方がマシだって、どうしても思っちゃうのよ」
それは、普段の冷静で合理的な姿の裏に隠された、感情的な本音だった。
――けれど、ミントが根は誰よりも優しい人間だということは、リアナはとうに知っている。だから驚くことはなく、その優しさを一言も聞き漏らさないように、ただ静かに耳を傾けていた。
「……アンには内緒よ? あの子、私に対しては異常に心配性だから。まぁ、勘がいいからもう気付いてるかもしれないけれど」
少しだけ照れ隠しのように肩をすくめて付け加えるミント。
リアナは、不思議そうに瞬きをして、素直な疑問を口にした。
「どうして……それを、私に教えてくれるの?」
すると、ミントは考える素振りすら見せず、即答した。
「あなたが私の立場だったら、絶対に同じことをしていたでしょ? だからよ」
――はっ、と。リアナは息を呑んだ。
どうしてミントが、自分の弱さをさらけ出してまでこの話をしてくれたのか。その真意に気づいたからだ。
『リアナだって、誰かを守るためなら迷わず自分が盾になるはず。だから、私があなたを庇って怪我をしたからといって、あなたが責任を感じて謝る必要なんてない』
――ミントはそう伝えたかったのだ。
自分を責めて落ち込むリアナの心を軽くするために、わざわざ「私たちは似た者同士だ」と、己の弱さを引き合いに出して慰めてくれたのである。
どこまでも温かい――ミントの優しさ。
それに気付いた瞬間、リアナの胸の奥にあった重たい心残りが、じんわりと溶けて消えていくのを感じた。
「ふふっ……」
リアナの口から、自然とクスクスという笑い声がこぼれる。
「お互い、無理しすぎないようにしようね。ミントちゃん」
「ええ。本当にね」
リアナの言葉に、ミントもつられて柔らかく笑い合った。
肩の力が抜け、静かで穏やかな空気が二人の間に降り積もっていく。
そして――
「ミントちゃん」
――リアナは、自分を救ってくれたミントの顔を真っ直ぐに見つめ、心からの想いを口にした。
「私を助けてくれて、ありがとうっ」
月明かりの差し込む病室に、リアナの優しく澄んだ声が、静かに響き渡った。