創作となると人の心は失くす。
と言いたいですが、元々私は人の心はないですね。
子供の頃から母親の機嫌が悪かったら私に殴る蹴るは当たり前でしたし、私が逆らったからで食事を与えないとか、私が話しかけても機嫌が悪かったら無視、私が可愛くなかったら私が気絶するまで言葉で責め立て続ける。私が可愛くなかったら「死ね」「殺してやる」は当たり前に飛び交う家庭だったし、学校も教師も気に食わないで子供は八つ裂きにすんのが当たり前だったから、感覚として無い時は本当に無いですね。
そんな家庭が世の中一般的だと思っていたから、「女神の騎士達の物語・血ノエンド」の原型を考えて、実際に執筆した時に、「愛情のある家庭が書けない」と言う自覚をしました。
アンソニーとカミールと言う父娘を書いていた時です。私にアンソニーを取り扱う事が出来ないなと気付きました。
図書館兄弟のエノクを描く為に練習で書いた短編を公開した時に、「エノクが可哀想過ぎるから、彼を取り巻く環境から彼を逃したり保護したい」的な感想を貰いましたね。今だとカミールも同じ事を思われるのはありそうです。
暖かな親子物が書けない。
寧ろ短編で書いて長編に追加するかもしれない血の女神も、まともな母親にはならないから、暖かな親子、情、愛、私には書けないなと思いながら書きました。
だからこの作品の大問題はアンソニーとレオンハルトですね。ただし、最終戦にてあの2人が恋愛でバタバタしてなかったら最終戦が書けない、もありました。
アンソニーは父として大問題、レオンハルトは大人として大問題。ゴールはなんとかなったけど、アンソニーとレオンハルトがかなりの拒否感を抱かせてくるのはあります。なんせこれ書いた私も時間経ってから、アンソニーとレオンハルトが大問題だと気付きましたし、それ故にずっと封印してました。
ただ、題材として家族物を描く事は、アンソニーを見ているだけで、私には無理だなとなりました。
でも公開しました。
久々に読んで、ありかな?と錯覚したのもあるけど、私の歪んだ家庭的にアンソニーにテコ入れしても、アンソニーはアンソニーでしかなく、大問題を根本的に治す術はないなと。
まともな家族を描く、常時あらゆる大人から暴力を受けて育った人間には、不可能ですね。今の世の中はエノクとカミールを憐れんで逃がしたり保護したくなる世界ですから、色々噛み合わないはあるなと。
だから「女神の騎士達の物語・血ノエンド」は序盤離脱全然OKです。
私のフォローさんはエッセイなどを見ていると多分それがフィクションでも受け付けられない人や、家庭を大事にされる方が圧倒的に多いと受け止めてるんで。
何なら子供の頃、私を殴る蹴るした母親も、今ニュースで子供が酷い目に遭うニュースを聞いて悲しいや子供に優しい世界を求めて唱えるすらあります。感覚としては、世の中の流れはそれでしょう。