認知的不協和、という心理について
思ったことをだらだらと書きなぐりたいプリンセスです。
馬や鹿にもわかるように言うと
【自分の考え】と【自分の行動】が矛盾すると、その矛盾が苦しくなるため、どちらかを変えて心を楽にしよう!とする心理です。
例えばみんな大好きダイエット
【痩せたい!痩せてみせる!】考え
【食後にケーキを食べました】行動
はっ!痩せたいと思っているのにケーキ?!
そ、そんな、、何かの間違いでは、、?
【いや待てよ、今日は仕事頑張ったし】
【このケーキいつものやつより小さいし】
【明日から本気出すから】
はい、行動ではなく考え方を変えてしまいました。っていうこれが認知的不協和を減らす脳内での作業。
これがついこの間SNSで話題になっていた
高額ビジネススクールとなるとどうでしょうか。
例えば300万円のスクールだとして。
払う前は【300万?!高いな!】と考えていたが、払ってしまった。これ考えと行動の矛盾がおきてるよね。
その時に【こんな高額払うなんて自分はなんて愚かなんだ…】と考えちゃうと苦しいのよ。
だから、こうなっちゃう。
【いや、これは最高の自己投資】
【払った人達はこんなにキラキラしてる】
【払わないやつは本気じゃないだけ】
これで自分の心を守る、認知的不協和を減らしてる。
そんな自分の心を保つのに必死そうなのに、何故人に勧めるのか?
これは紹介したことによる高単価アフィリエイトとして、自分のマイナスを減らす手段なので当たり前なのはさておき、思うような結果や成果が現れていないことに対する、またしても認知的不協和を減らすためのマインドになってるって感じなのかな。
そして友人にも勧める、人に勧めれば勧めるほど、素晴らしいと伝えるほど、自分自身も信じやすくなってしまう。友人に勧めたものが怪しいわけがない、って思いたいしね。
だからああいうコミュニティは、結束力が強く離れづらくなっていくんだな。
ただ、これは頭の悪い人だけが陥る心理ではないので、わたしはこういう話を聞く度【もしも自分が同じ状況だったら、同じ心理は起こり得る】と考えてしまう。
だからどんな事象にもそこまで許せないことはない。どんな風に心理が働いてこうしてしまっているがわかれば、無条件に批判したりのっけから信用せずに蔑ろにすることはなくなる気がする。
信頼していた友人や恋人が怪しげなことに手を出していたとして、【信頼していた】考えと【友人や恋人が怪しげなことをしていた】行動が矛盾して、【あぁわたしはなんて愚かなんだ!こんな人を信頼していたなんて!】嘆かわしい、つらい。【まぁでもあの人こういう良いとこあるしね。自分も同じことなってたかもだしね。】許せそう、あんまつらくない。
誰にでも働く認知的不協和を認めて許すことが自分の認知的不協和を減らすことに繋がっていると思った。という、最近の実体験を元に思ったことを書きなぐりましたとさ。
てなわけで頭いっぱい使ったのでダイエット中だけど甘いもん食べてくるね。
はっ!痩せたいと思っているのに甘い物?!
そ、そんな、、何かの間違いでは、、?
【平気平気!認知的不協和は減ったから実質ダイエット成功みたいなもん!】
おわり。