北方先生が生徒になって3か月ポーンと飛んでますが、この3か月でしっかり和也は北方先生に肩入れしています。ピアノが好きであることと、生真面目さやひたむきさで、北方先生に対してがっつり好印象を持ったという感じ。
これは私個人の思う所なのですが、ツェルニー呼びとチェルニー呼びって年代とかで違ってくるのかなと思ってます。私はツェルニー呼びです。
後々出てきますが、あかりはがっつり和也のことが好きなまま1年くらい過ごして、店にも足しげく通っています。発達特性への理解度はそこまで高くないものの、最初に比べれば知識が増え、対処の仕方もそこそこに身についている状態です。
ただいざとなったときの即戦力にではなく、居ないより居た方がマシ程度の戦力です。
和也のマニュアルノートは、基本あかりのことしか書いていません。それほどあかりの行動は和也にとって思いもよらないものが多いということになります。和也の場合視覚有利なので書いて覚えることはできるし、書いて残して読み返すことで頭に入れることも可能です。なかなか表面には出ませんが、和也なりにあかりに歩み寄るため結構な努力を積んだことになります。
ここからは小話です。
あかりのおっちょこちょいですが、無自覚で結構な頻度で起きます。だから和也はパニックを起こさずストレスもそんなに抱えず乗り切っています。本編で触れていませんが、こういうあかりの奇行ともいえる行動は、和也が最初コンチェルトを弾いて移行結構高い頻度であったため、和也の方が参ってしまってノートを作り始めた経緯があります。
和也の場合、できない部分の引き出しを作ったり選択肢の幅を広げるのに時間がかかります。ひとつのルートしか答えを持っていないと、人付き合いをするにあたりとんでもない事態になりかねんと肌で感じたきっかけが、戸高あかりだったのです。
今まではいきなり来た人をそのまま帰していましたが、あかりに対してそれをしようとは思えず、じゃあどうしたらいいかと考えた末の選択肢が本編に出ていたものになります。1時間で練習を切り上げる妥協案を自分なりに飲むためにも、結構な苦労をしています。それほど変化が苦手です。
苦手ではあるものの、回数をこなしていけばだんだん慣れるので、慣れ込みで今回のこの行動になったと思っていただければと思います。こんなすんなり変化を受け入れられるわけがないと思うかもしれませんが、1年これに耐え抜いた結果が今の柔軟性を幾分持った判断につながっています。