※下記はネタバレを含みます。「第18章 颯」の読後にお読みください。
「第18章 颯」でハルト専用の剣「颯(はやて)」が誕生します。少し裏設定をご紹介します。
【レイピアとは】
信長がハルトに渡した剣は「レイピア」です。フェンシングのルーツとなった剣の前々時代にあたる、ヨーロッパの細身の突き剣で、ちょうど戦国時代と同時期に使われていました。ただし本来のレイピアは日本刀より重く、フェンシング競技者のハルトには扱いにくいサイズです。一応、斬ることもできたようです。
作中では、信長が入手したレイピアがたまたま軽量化を試みた個体だったという裏設定があります。当時のヨーロッパでも軽量化を模索していた職人はいたはずで、そういう一本がたまたま日本に渡ってきた、というギリギリのリアリティで成立させています。ただし南蛮鉄そのものの性質上、ハルトがそのまま使い続けていたらいずれ折れていたはず。颯が生まれるべくして生まれた剣だとも言えます。
当時のヨーロッパには、南蛮鉄を使った剣を軽量化できる技術がなかったようです。
フェンシングの直接のルーツになった剣は「スモールソード」と呼ばれ、レイピアが長い年月を経て軽量化され、突きに特化した剣となりました。(サーブルはもう少し後の時代の軍用サーベルが元になっています。ナポレオンをご想像ください)
余談ですが、「三銃士(17世紀前半が舞台)」は、本来は1kg超えの重いレイピアの時代ですが、映画や舞台では役者の安全と「見栄え(スピード感)」のために、軽くて細いアルミ製やフェンシング用の剣が使われます。
また、「怪傑ゾロ(19世紀前半が舞台)」 は、時代設定的にはスモールソードに近い「軽い剣」で正解なのですが、作品内では「レイピア」というかっこいい名前で呼ばれることが多いため、「レイピア=ゾロのように舞うように戦える軽い剣」というイメージがセットで記憶されてしまいました。
どちらの作品も、視覚的な見栄えのためにレイピアをヒュンヒュン振り回すような演出になっています。現代フェンシングのしなるほど細く、片手でヒュンヒュン振り回せる軽さをレイピアに投影してしまいがちなようです。
もう一度言います。本来のレイピアは日本刀より重いです。
話は戻りますが、作中では源次はレイピアを見たことがあり、南蛮鉄を入手できた謎の鍛冶師として描いています。
【颯が生まれるまでの三振り】
そもそも南蛮鉄は、当時の日本では高価というレベルではなく、入手自体が極めて困難な素材でした。交易ルートが限られており、そう簡単に手に入るものではありません。
源次が颯を完成させるまでに、三振りの試作を経ています。
一振り目は南蛮鉄をそのまま細く打ち延べたもの。まず素材そのものの強度を確かめるための一本です。南蛮鉄は均質すぎるため、衝撃が一点に集中して折れてしまいました。もちろん折れることも想定内でした。
二振り目は日本刀の製法を応用したもの。硬い南蛮鉄を芯に、柔らかな和鉄で外側を包む構造です。日本刀ではこれが正解なのですが、細身の剣では通用しませんでした。そもそも和鉄だけでハルトの求める細さの剣を作ろうとして何度も失敗してきたのも、和鉄の柔らかさが原因のひとつ。芯を硬くしても、細い刀身では衝撃の逃げ場がなく、内側から食い破られてしまったのです。
三振り目へのヒントになったのが、釣り竿のしなりでした。竹は外側が硬く中が空洞という構造で、力を「流す」ことができる。でも流すだけでは、ハルトの剣術に必要な「受けて返す」力にはなりません。そこで源次は、日本刀の製法とは逆転の発想に至ります。芯に粘りのある和鉄を据え、外側を硬い南蛮鉄で包む。さらに折り返し鍛錬で南蛮鉄の均質さを崩し、刀身の中ほどだけ焼き入れ温度を調整して「受ける力を一点に集める」構造を作り上げました。
日本の製鉄は鉄を何度も赤めて叩き、折り返す工程があります。叩くことでゴミを出し、質をそろえて最高の鉄に仕上げる。西洋の製鉄は大量生産のためこの工程がなく、素材が良くても折れるというジレンマを抱えていました。源次は南蛮鉄をこの工程で叩き直すことで、西洋では実現できなかった強度を引き出しました。
西洋にはない設計、日本にはない素材。その両方が揃ったのが颯です。のちにヨーロッパで技術の進歩により軽量化に成功した「トランジショナル・レイピア」を先取りしたような、本来この時代には存在しえないオーパーツな剣が完成しました。
両方の鉄の性質を知っていた源次だからこそ成し得たことなのです。
ちなみに、設定の物理的な整合性としても、時代考証としても、複数のAI(ChatGPT・Google Gemini・Claude)で描写を検証し、概ね問題ないという結果でした。
若干演出も交えた表現で書いていますが、そこも踏まえてお楽しみいただけたら幸いです。
源次がなぜこのオーパーツを生み出せたのか……今後公開予定の閑話「源次編」に少し匂わせてありますので、そちらもぜひ。