※沢山抱えてるので書きません
※TSはいつか書きたい
※ただの息抜き
彼は宇宙を跳んでいた。そう、跳んでいた。
「うわっ! わわっ! たっ、たす、たすけ」
早朝の玄関。
父、母、妹は、彼を見送りに集まる。
「はい、これお弁当。傷むから早めに食べるのよ」
「うっ、お前が立派なトラベラーになるとはなぁ……。夜遅くまで勉強を頑張って……お父さんは、お父さんは……うっ、うっ」
「おとーさん! 毎日毎日泣いていたのにカラカラの干物になっちゃうよ! それより、お兄ちゃん。これはわたしから」
妹の千鶴が小さな巾着袋を、夜水に渡す。
「わっ、これ千鶴の大事にしているビー玉キャンディじゃないか。受け取れないよ」
夜水は千鶴の小さな胸に巾着袋を押し付けるが、両手で返り討ちにされた。
「いいの! これお守りだもん。お兄ちゃんが寂しくなった時に、千鶴を思い出して食べてくれたら……う、ふぇぇ」
大人びた事を言っても所詮小学五年生だ。当たり前のように隣の部屋にいた大好きな兄と離れる。その辛さを玄関での見送りで実感し、大粒の涙がぽたりと零れた。
「泣かないで、千鶴。皆も心配しすぎだよ。一年後には帰ってくるんだよ?」
やれやれと妹そっくりのクリッとした黒く丸い目を夜水は細めた。
「だ、だって、クラスの子がいってたもん! 宇宙は宇宙人がいて危ないんだよって。手術されちゃうよって!」
「それは漫画の読みすぎなような……」
夜水が半笑いで戸惑っていると、ぎゅうっと身を抱き締められた。
「ちょっと、お父さん……夜水が潰れてしまいますよ」
「夜水ぅ~夜水ぅ~」
「お父さんずるい! わたしだってお兄ちゃんとギューしたい!」
大きな男と小さな子供に挟まれて、夜水はこれがブラックホールかな、と遠い空を見上げる。
すると四人の前にキャンプカーが、キッと止まった。一見キャンプカーだが、タイヤが無く、二十センチほど浮いている。他の車と違い空は飛べないが、その分、冷蔵庫、キッチン、トイレと何でもござれの万能キャンプカーだ。
「おはようございます。お待たせしてすみません。さぁ、夜水。変顔キメてないで早く乗れ」
「好きで、やってない」
辻に促されて、夜水は二人を己の身から引き剥がした。
「じゃ、じゃあね、母さん弁当ありがと! 千鶴もキャンディありがと! 父さんは……うん、またね」
「おいっ! お父さんにだけ冷たくないか?!」
「名残惜しいですが、また一年後に会いましょう」
肩幅の広い背高の男ににっこりと微笑まれ、母、妹は大きく手を振り、父は白いハンカチを弱々しく振るしか無かった。
***
「っていう尊い見送りをされたんだよ!」
「……すまん。キャンピングカーの整備がなってなかったようだ」
ピカピカのキャンピングカーの中身は実はボロボロだった訳だ。
「宇宙ならキャンピングカーも確かに飛べるよ。でもさ、乗ってる奴いないじゃん」
夜水は辻にめちゃめちゃ怒っている。
何故なら自分達が降り立ったのは、データ上にもない見知らぬ星だったからだ。
「しかも基地に連絡が付かないってどういう事だよ」
「わからん。繋ごうとしても通信出来ないんだ」
「おい、まさか、通信も故障したって言うんじゃないだろうな」
「……さぁ」
「『さぁ』じゃねーよ! 馬鹿野郎が!」
「空気があるだけ幸いだったじゃないか」
「……」
確かに空気があるので、死は免れた。かつ、樹木が立ち、果てのない草原が広がっている。陽はポカポカと二人を照らし、そよ風も吹いている……。
「運は良かったけど良くない」
「水や木があるから、人はいるかもしれないぞ。そうしたらそこで助けを乞うといい」
「アメーバだったらどうすんだよ」
「人外でも話が通じればOKだろ」
「……風任せがすぎる」
取り敢えず、突っ立ったままでは解決が出来ない。夜水達はキャンピングカーに乗り込む事に──。
「っうあ!」
「わあああ!」
目の前が砂漠地帯になったかのような砂嵐に二人は地面に転がった。
「まえ、が見え、夜水! 大丈夫か!」
夜水は辻とは違い体躯が細く小さいので、きっと紙のようにファーッと飛ばされた恐れがある。
「夜水! よみ! ぷはっ!」
暫くすると砂嵐はピタリと止んだ。ホッとして、辺りを見ると緑の草原は吹き飛ばされ茶色い地面が剥き出しになっている。草が吹き飛ぶくらいだ。夜水なんか三キロ先まで吹っ飛んでいるかもしれない。
ふと足元を見ると巾着袋が落ちており、中から砂だらけのビー玉キャンディが転がった。
「夜水! 夜水ー!」
辻は慌ててキャンピングカーに乗り込もうとドアを開けた。
「つ……、つ……じ、つ……!」
微かに聞こえた声に辻は反射的に振り向いた。
五十メートルほど先の大木から手が見える。
「夜水か!」
「う……ん」
夜水は大木にしがみついたお陰で助かったようだ。
「ちょっと待ってろ!」
辻は今度こそキャンピングカーに乗り込み、夜水の方向へ車を走らせた。ガソリンがたっぷり入ってるので、当面何十キロか走れるだろう。宇宙に飛び出す事は不可能だが。
「夜水、大丈夫か?!」
大木に着くと、辻はタオルを持ち急いで夜水に駆け寄った。
「う、うん、何だったんだあれ……」
「良く見えなかった。ただエンジンの音が微かに聞こえたな」
「こんな荒野に? もしここの生物だったら何の用だったんだ」
「それは飛んで行った生物しか知らん答えだ。それよりお前砂まみれで砂漠のようになってるぞ」
「砂漠……もっといい例えはないのか」
辻は持ってきたタオルで夜水の背中を叩いて払った。
「いた、いたっ! お前もっと丁寧にやれよ! 石像じゃないんだぞ!」
「石像だと思った」
「……お前と組んだ事を今一番後悔してる」
そうだ、バディなんか誰でも良かったのだ。異性だって選択が出来た。しかし夜水は試験に追われていたので、バディ選びなんかすっっっっかり忘れていた。
結局余り物同士の辻が相手になったのだ。
『忘れてた』
理由すら同じで夜水にとっては嬉しくない。もっと優秀な奴と組めば……後の祭りを愚痴ってもしょうがなかった。
「ほら、こっち向け」
一際酷い前髪を、バッサバッサと叩かれる。口の中に砂が入り、夜水は思わず呻いた。
「う゛ぇぇ」
「後で水をやるから我慢しろ」
砂は黒いシャツの中にも入り込み、今すぐキャンピングカーの風呂に入りたい、ていうかキャンピングカーで良かった! と元凶に感謝する。
「ちょ、待って」
夜水はザリザリと肌を擦る砂の不快感を取り去った。
「最悪だ」
バサッと黒いシャツを思い切り振う。もう黒ではない、砂に塗れきった白いシャツを。
「ん? なんだ?」
「……お、お前……、は? なん、なん……」
辻はこちらを見て、恐ろしい物でも見たかの形相をしている。
「背後に何かあるのか?」
振り向いたが剥げた草原が広がるだけで何も無い。
「なんだよ、ライオンでもいたのか?」
「……」
辻は黙って後ろを向いた。
「下見ろ」
「は?」
「いいから見ろって!」
「見ろって蟻塚でもある……の……か」
見覚えのない異物が目に入る。異物の間にそよ風が通り、裸体でも天気がいいので寒くは無い。寒くは無いが。
「んな?! なななななんだこれ?!」
夜水の胸に、ふっくらとした柔らかな双丘、つまり女性の胸が二つぶらさがっていた。
***
「何故」
「俺が知ってると思うか」
「何故」
「……」
夜水は砂に塗れた姿を忘れ、突っ立ったまま微動だにしない。
「とりあえず服を着てシャワー浴びろ」
「あ、そっか」
夜水は手の平に片手をポンと叩いた。
「あれだ、砂だよ。この惑星の砂が原因なんだよ、うん、それだ、うん」
夜水は夢遊病のようにふらつきながら、裸体のままキャンピングカーに入っていった。
「……服着ろよ」
辻は自分の砂埃も払うべく、服を脱いで草原へと吹き飛ばした。髪の毛の砂を払っていると、一瞬獣のような声がして思わず周囲を見回した。こんな所で野獣だか宇宙人だかに捕まっては堪らない。
「夜水、今変な声がしなかったか?」
キャンピングカーに向かって話しかける。
「……」
「おい」
「……」
「夜水? おい、ちょっ」
「辻……」
キャンピングカーからシャワーでびちょびちょになった濡れ鼠が現れた。
「変わらなかった。下も、うっ、な、なか……っ、ぐすっ、うぐ~」
うわああぁ! と先程聞こえた獣のような声で泣く夜水に、辻は呆然と全裸を見る事しか出来なかった……。
「俺には変化がない。夜水と俺で何か……そうだな、例えば遺伝子的な違いがあるとか考えられないか?」
冷え込む夜。二人はキャンピングカーの中で、夕食の缶詰を開いた。開いたが互いに口にしなかった。
辻は、ぐしゅぐしゅと泣く夜水を困惑しながら慰める。
「そんなのこんな知らない星でどうやって調べるんだよ……」
タオルに顔を埋めて止まらない涙を拭っている。
「まず、水がある方へ向かうんだ。生物がいる可能性が高いからな」
「うぐっ、そしたら、解決っ、出来るのかよ」
「それは俺にだって分からないよ。この星に来るのも初めてだし……」
「うわあぁぁ~」
「もう泣くなよ……。ああ、ほら。お前のだろ、これ」
辻が夜水の手を掴んで巾着袋を握らせた。
「あ……」
夜水は、くたっと砂まみれになった巾着袋に驚くと、パッパッと砂埃を払う。しかし中からコロンと落ちたビー玉キャンディは砂のお陰で真っ白にくすんでいた。数粒が吹き飛ばされたのだろう。千鶴から受け取った時より袋は明らかに軽かった。
「酷い……」
「すまん、全て俺のせいだ」
「……寝る」
夜水は辻を責めても状況が変わらず、百パーセント辻が悪いとも言えない。なら悪夢から逃れようと、缶詰を口にせずベッドに潜り込んだ。
「ああ、お休み」
辻は缶詰等を片付け、歯を磨いた後、夜水の隣のベッドから布団を引き摺った。
「……なんで布団持ってくんだよ」
「ソファで寝るんだよ」
「わざわざ? ベッドで寝りゃいいじゃん」
「そういう訳にはいかないだろ」
「何故さ」
「……お前な。はぁ。女と寝れる訳ないだろ」
「は? 女ってどこ……」
上半身を起こして辻に問いただしていた夜水の体がぴたりと止まった。
「……もしかしてお前……俺に欲情してんのか?」
「欲情ってか、普通に女と寝ない」
「俺は女じゃない!」
夜水はベッドから降りると辻の首元のシャツを掴んだ。
「ぐっ、ぐ~~っ」
細かろうが男の夜水は、相手を掴んで突き飛ばす力があった。しかし今は、辻を数ミリも動かす事が出来ない……。
夜水は男の時も可愛かった。なので、見た目は変わりないが肩が丸みを帯び、まず胸がある。
辻的には理知的な大人の女性が好みなのだが、間違いを起こさないとは、はっきり言えない。
掴みかかるも動けない夜水の両脇を持って抱き起こすとポイッとベッドに放り投げた。
「寝ろ」
辻は寝室のカーテンを閉めると、さっさと行ってしまった。
しん……としたベッドに一人になった夜水はスローモーションのように倒れた。が、ぷにっとした感触を胸に受け、かばりと起き上がる。
「……怖い」
それしか言葉に出ない。だって、今まで無かった物がある。しかも触ったことや見たことなど一度もない異性のだ。恥ずかしいとか、触りたいという欲求より恐怖が先立った。
「寝よう」
夜水はうつぶせ寝を止めて仰向けになり、目を閉じた。これは悪い夢だ、目覚めたら今のように何の感触も受けない身体になっている。ここだって、誤って来てしまったのは自分の住む惑星であり、自室なのかもしれない。
『お兄ちゃん、朝だよ! いつまで寝てるの!』
という妹、千鶴の目覚ましの洗礼が待っているだろう。
「おい! 夜水! いつまで寝てんだ。早く起きろ」
その希望は、渋い男の声に打ち砕かれた。
「千鶴……男になったのか?」
「今は、そのギャグ笑えない」
夜水はカーテンの差し込む光に片目を瞑りながら、身を起こした。
「……」
夢は夢じゃなかった。
さて。
ここでトラベラーの説明をしよう。トラベラーとはタイムトラベラー、つまり時間を操作する仕事である。そんな事をしたらタイムパラドックスが起こるのでは?
いや、夜水達の仕事は「過去の遺産回収」。例えばジュラ紀に行き、恐竜の細胞を取り未来へと持ち帰る。それを研究所に提出し、資料として補完。継いだ次世代のトラベラーが新たな資料を作る。
つまり擬似アカシックレコードの作成だ。気の遠くなる作業だが、人間には好奇心という性質がある。
子供から研究者まで、未知の物は知り尽くしたい。そういった好奇心ある優秀な人材を育て、未来への希望に繋げるのだ。
壮大に見えるが、簡単に言うと夜水達は縁の下の力持ち、ただのお手伝いさんである。
しかしトラベラーには危険がつきものだ。指示を無視し未来を変える行為をすれば、一発でその者の受精卵は潰され存在は消える。そんな恐ろしい危険を犯してでも過去の遺産にロマンを馳せたい、ただそれだけが彼らの原動力であった。あと給料いいし。
「給料……もらえるのかな」
ベッドの上でぽつりと漏らす夜水の独り言は現実逃避の上だろう。
「口座見ればわかる」
「なら母さんが管理してるから安心だ。ははは……」
「……メシ出来たら呼ぶから」
辻は気にせず、キッチンへと戻った。
「……」
自分ではなく、背高で程よく引き締まった身体の辻が女性になったらどうなっただろう。
「怖い」
あの体に胸が付く。想像しただけで身が震えてしまう。
「ぷっ、くくく、あっはっはっは」
腹が震えるほど捩れ、ベッドの上で転げ回ってしまった。
「はーあ……ヨシ!」
体に変化があろうがなかろうが、自分の心は以前とちっとも変わってない。なら変化する前の自分なら、この先どうした? 荒野で男二人ぽっちで何をする?
「辻の言う通り、生命体がいるかもしれないな。車用の水が欲しいし、水場を探そう」
善は急げだ。夜水はグッと拳を握りながら立ち上がった。
「なんだ?! どうした?!」
突然の笑い声に驚いた辻がカーテンを開ける。
「あ、ご飯? 昨日食ってないから腹持ちいいもんが食いたいな」
「……」
「なんだよ」
「こっちの台詞だ。なんで裸なんだよ……」
「シャツ、クローゼットの中だもん。取りに行く為に脱いで何が悪いんだ」
「お前な……。服は俺が取るから、そこで待ってろ」
「それ!」
「は?」
「俺を女扱いするな! 以前と同じようにしろ!」
仁王立ちでDはあるだろうふくよかな胸を張られても。
「あのな、女の胸見て普通でいられるか?」
「はーん。お前、女の胸見たことないのか?」
くくく、と邪悪な笑みをしながら辻を見下ろす……事は身長差で出来ないので見上げ、顎に手を当てた。
「ある。そうだな、女切れた事無かったし、むしろ慣れてる」
突然のマウントに夜水は一歩引いた。
「けっ、経験豊富だからって自慢するなよ」
「自慢じゃないし……。なんだ、お前は見たことないのか?」
夜水の背中にデカい銛が刺さった。
「み、見たこと、あっ! 千鶴のなら赤ちゃんの時に……」
「こんなとこでブーメランするな」
「と、とにかく! 俺が全裸でも気にするな!」
「男でも全裸は気にするだろ……」
夜水は着ていた服をぶん回し、怒りながらクローゼットに行ってしまった。
「何なんだあいつは」
その気概は朝食時に判明する。
「お前の言うように水場に行こう。アメーバでもなんでもいい。状況を変えたい。この星も調べたいし、なんなら資料として持ち帰りたい。帰れないとか言うなよ?」
「賛成だ。ここで立ち往生したってしょうがないしな。ただレーザーガンは持ち歩けよ」
「ああ、ゲームオーバーにはなりたくない」
「早いとこ攻略方法を見つけないとな」
二人はキャンピングカーの中を掃除して砂を払いきったあと、方位磁石で自分達のいる位置を確認しながら車を走らせた。
「あっ! 辻! あそこに鳥がいる!」
夜水の指をさした先にある大きな木の枝に真っ白な可愛らしい鳥が集っている。
「水場が近い証拠だな。あっちへ走らせてみよう」
「うん!」
暫く走らせていると前方にうっすら何かが見える。
二人は車を止め、一旦外に下りた。
「なぁ、辻。あれって蜃気楼って奴じゃないか?」
遥か遠くに、ビルの立つ都会のような物が見える。が、ここは砂漠でもない。太陽は照り付けておらず、春の陽気に近い。そんな気候に蜃気楼など現れるだろうか。
しかし水場の上に都会が浮いている様は蜃気楼そのものだ。
「もし行って、『何もありませんでしたー! 騙されたっ』ってなるのは嫌だ」
「そういうレコードは少なからずあるな。ただ、水場だけがフェイクでビルは本物かもしれない」
「分の悪い賭けだ」
「前に『蜃気楼は妖怪の仕業だ』とロマンを抱えて飛び出してった奴のレポートを見た。でもレコードには、そんなもんは居ないと載っている。飛び出した奴には気の毒だが、お陰で妖怪ではなく本物だという可能性を得た」
「それを信じるなら行ってみる価値はあるな……」
「まぁ、ガソリンは足りてるから損はない。どうする?」
「行こう。ただ、未知の生物だったら怖い……」
「その時はその時だ」
「無責任!」
二人は再び車に乗り込むと、謎の蜃気楼に向かって走り出した。
夜水はソファに座り、レーザーガンをボディバッグを入れ、これを使うことがありませんようにと祈る。ここの星が、自分達の星を把握していたら宇宙大戦争になる可能性も否めない。友好かつ平和的に行きたい。自分達は図らずも母惑星の代表になるのだから。
念願叶い、夜水達は蜃気楼まで辿り着く。
街の周りはコンクリートの壁に囲まれており、蜃気楼のように浮かんで見えたのだと判明した。
しかし母惑星でも当たり前だろうが、国境であった。この場合、夜水達からは星境(?)になるのだろうか。
「待て、お前ら! どこから来た!」
戦車に乗った男達が、ジャキッとライフルを鳴らし、キャンピングカーに迫った。
夜水は殺される恐怖より、人間だ! 嬉しい! という喜びが勝った。
窓から思い切り「私達は怪しい物ではないです!」と叫ぶ。
「はぁ?」
「言葉が通じてる!」
「たった一言だぞ」
辻のツッコミを無視し、夜水はキャンピングカーから降りた。
「あの、私達はトラベラーの者です。誤ってここの星に不時着してしまったんです」
夜水はライフルを持った強面の男に必死で訴える。
「……トラベラーか。どこの星から来たのか言え」
「地球です!」
「地球ぅ?」
不味い。地球が見知らぬ惑星である可能性はある。何故ならこの星もデータになかったからだ。だとしたら、夜水達の方が異星人に見られる。そして捕まり、拘束され、解剖なんぞされたりしたら――。
「まず、顔をスキャンさせろ」
ハッと顔を上げると、カメラのような物でぱしゃりと光を浴びせられた。
「北峰夜水ね」
「は、はぁ……」
何故自分の事がわかったのだろう、もしや全てを見通せる光でも浴びたのだろうか。
「じゃあ、そっちさんもスキャンして」
「はいはい」
辻が手を挙げながらキャンピングカーから出ると、同じくぱしゃりと光を浴びていた。
「辻榊ね」
辻の名前は「つじ さかき」。苗字が連なってるように見えるが、きちんとした姓名である。更に二文字は珍しいとあちこち言われ済みだ。辻にとっては慣れっこもいい所だった。
「……凄い機械、ですね……」
男はカメラのような物を操作すると、カードの差し込み口に似た形状の物から白い紙が二枚出てきた。
「これを持って入国しろ」
「い! いいんですか?!」
「登録されてるんだから当たり前だろ」
辻と夜水は互いに顔を見合わせ困惑した。あまりにも簡単すぎて、この惑星は警備がゆるっゆるなのではと疑ってしまう。
「行かないなら尋問になるがいいのか?」
ライフルを掲げようとする男に、夜水は慌てて「いきます!」とキャンピングカーに急いで乗り込んだ。早く早くと辻を急き立てて、窓から作り笑いをしながら男達に手を振った。男達は夜水達を一瞥すると定位置に戻っていった。
あそこで撃たれていたら見知らぬ星で最期を迎えてしまう所だった。千鶴、母、特に父の号泣した顔がありありと浮かんでしまう。
「怖かった……」
「ああ、互いに無事で良かったな」
「っていうかこの惑星高度すぎない?! 地球の存在どころか、地球人のデータまであるんだよ?!」
「それだけ地球が進化してないって事だろ」
「うう、ありがたいけど悔しい」
シューッと宙に浮いたキャンプカーを走らせ外の景色を見ていると、ファンタジーかと思うような広い森や野が広がり大きな水車が回っている。ということは無く、まるで地球に還ってきたのでは? と疑いたくなる文明に夜水は驚愕した。
「ビルがある……看板がある……歩道橋も横断歩道もある……」
「地球みたいだな」
「地球に来たと勘違いする」
くらくらと頭を押さえながら、はて自分達はどこへ行けばいいのだろうと気付く。
「ところで、俺達はどこへ行けばいいんだ?」
「……さぁ」
「その口癖止めろよな。腹立つから。とりあえずさ、この星にあるステーションを探そうよ。地球を知っているなら、宇宙船だってあるだろうし。キャンピングカーじゃなく、ちゃんとした宇宙船が。宇宙船が」
「地球人なので、宇宙船下さいってか?」
「そこは頑張って交渉するしかない」
「不安しかない」
「ちょっとは励ませよ」
「困惑してる俺を励まして欲しいね」
むーっと夜水が窓の外を見ていると、街の中央に金属で出来たドーム型の建物が現れた。地球のステーションと良く似ている。というかそのものに見える。
「もう如何にもじゃん! 辻! あっちに発進!」
「めちゃくちゃだな」
「今の状況がめちゃくちゃだよ!」
辻の背後で司令官よろしく指揮を取る夜水に、やれやれとキャンピングカーを走らせる。
「着いた、けど」
ドーン! と効果音が鳴りそうな、シルバーのデカいドームに怯む。
「私達は友好です。私達は友好です」
「壊れた人形のようだな」
「どこの星でも第一印象が大事だろ」
夜水達が建物のドアに立つと、シューッと自動で開いた。
「わりと不用心だな」
「国境超えたからじゃないか?」
ドームの中は広大で床がピカピカで埃も落ちてない。挨拶か良くても衣服に気を使えば良かったと、夜水は地球代表としてしょんぼりする。
「いらっしゃいませ」
前方から透き通った女性の声が聞こえ、びくりと背を正した。
「証明書はお持ちでしょうか?」
「しょっ、証明書?」
「あれじゃないか、おっさんがくれた紙」
「ああ! 成程」
夜水は身につけていたボディバッグの中から、白い用紙取り出し、受付の女性に手渡した。
「北峰夜水様、辻榊様ですね。こちらへどうぞ」
女性は受付から立つと、夜水達を細い通路へ誘導した。
「何だか友好的すぎて怖い……」
「お前、さっきの気概はどこやったんだよ」
長い通路の先に、シルバーの金属で出来た扉が現れ、「こちらへお入り下さい」と案内された後、受付嬢はさっさと去ってしまった。
「……お前、入れよ」
「さっき人形になってたのに急に気弱だな」
「だって怖いもん……」
辻は肩を落とすと、ドアノブに手を掛け重そうな金属のドアを開けた。
「あっ! 私達は友好です!」
変なタイミングで声を上げてしまったが、誰も居なかった。あるのはテーブルに四角いトランクが二個置かれているだけだった。
「……誰もいない」
『任期お疲れ様でした』
「わっ!」
突然部屋の四方から機械音が聞こえてきた。
『北峰夜水様、辻榊様。お間違えないでしょうか』
「あっ、合ってます! けど……」
『預かった私物をお返し致します。先にご確認をお願いします』
「私物って何?」
「自分の物」
「辞書引かなくてもわかるよ! そうじゃなくて、何で初めて来た星に俺達の私物があるんだよ」
「……さ」
「言ったらコロス」
「わからん」
「俺だって分からないよ」