タロット・ザ・フォーチュン・テラー 水先案内人
猿田彦
「ムラサキノキョウフ」
「ここが八重洲ブックセンターだ。たしかこの辺に立ち食い蕎麦屋があったはずだけどな……」
「ん? 占いか… こんな所にあったかな?」
立花弘、三十三歳、大手証券会社に勤めるサラリーマン。
立花は今迷っていた。これまで外回りという職が合わず、どんなに頑張っても株の注文は取れず手数料収入がいつも店でビリであった。
同期の三分の一は店長代理の名刺をもっていた。立花はその二階級下の係長であった。年収も同期の一千万に対し半額の五百万しかなかった。
ただそれも使う暇がないぐらい働いた。
そんな矢先、社内の立花専用のパソコンに一通の社内メールが来た。
社内の情報、ニュースは全てパソコンを通じて各自に配信されるシステムなのだ。
そこには、
「シティバンク・ニューヨーク支店 トレイニー 二名募集! 英語筆記試験あり」
「合格者は六ヶ月間、東京四谷の日米英会話学園通学後、シティーバンクに一年間派遣 ただし単身赴任が条件」
とあった。
モルガンスタンレー証券なら飛びついたが異業種の銀行とはどんなもんだろう。
一年半も明けてしまったら同期の背中も見れなくなってしまうぐらい離されてしまうのは火を見るより明らかだった。
しかしニューヨークに絶対行きたいと思っていたのも事実だった。というよりむしろこの状況から逃げ出したかったと言った方が適しているかもしれない。
そのぐらい追い詰められていた。妻と一人娘には申し訳ないが是が非でも逃げたかった。
「占いなんて生まれて初めてだな。こんなことで将来の大切なことを決めていいのかな? でも、まあ参考にする程度ならいいか」
一人うなづき立花は真黒の頭巾をかぶった占い師の前の真中に腰掛けた。
ロウソクの灯りがまぶしいなと思いながら、
「おじさん、ん、おじいさん? 何を占ってもらえますか? いくらですか?」と聞いた。
「あなたの未来を占いますじゃ。オリジナルタロットカードと墨で一本の線を書いてもらう。それで未来を占います。見分料は千円ですじゃ」
「タロットカードと 墨? でも千円なら安いし……、まあ、いいや、お願いします」と言った。
「何を視ましょう?」
「ん……」立花は思い切って話し始めた。
「実は、社内でニューヨーク研修募集がありまして、英語は好きだし何となく受かる気もするのですが……」
立花は続けた。
「それに行くと、本業とは畑違いの研修のため、かなり出世が遅れる可能性がありまして、ただでさえ遅れ気味で惨めな状態なんですね……」
立花の声が大きくなっていく.
「でもどっちにしても受かるかどうかも分からないのですが気持としては行きたいのです。
ですから受けた方が良いか、受けない方が良いか、受けたら受かるか、受かって向こうへ行ったら将来はどうなるか…」
ここまで言って立花は、
「たくさんありすぎて御面なさい。千円では質問が多すぎますね」と肩をひょいと上げた。
「いや千円で結構じゃ」
「あっ、そうですか、良いならいいのですけども、じゃお願いします」
「それではこのカードをあなた自身で切ってくだされ。そして机に置き両手でよく混ぜながら将来を真剣に念じて下され」
ロウソクの炎が老翁の声に合図するように、ゆらゆら揺れている。
「納得がいったら三枚のカード裏返したまま抜いて三枚横に並べて下され」
「そのカードはわしの方から見て正位置になり、左端があなたの過去、右端があなたの現在、そして真中があなたの運命の未来のカードじゃ」
「最後に…」
「この筆に墨を付け一の字を書いてもらう。それが助言、戒めの言葉となる」
「よろしいか」
立花は何故だか分からないが恐怖を感じ背中に冷たいものが流れた。腕を見ると鳥肌が立っていた。「お、お願いします」
言われた通り真剣に念じ何回も何回もぐるぐる目をつむってかき回した。
ふっと我に帰り、
「もういいです。お願いします」と言った。
「よろしいか、では裏向きのまま三枚カードを抜き出し横に並べて下され」
「はい、一枚、二枚、そして三枚と」
「よろしい」
「では一番左のカード、つまり過去じゃ」と言いながら老翁は裏返した。
「ほう、吊るし人の正位置じゃ」
吊るし首にされている人間が立花の目に入った。
「狭い足場で綱渡りをしている状況じゃ。ぎりぎりのところでかろうじてバランスを取っている状態が見て取れる。
無理やり自分を奮い立たせ前向きになろうとしておったのう。
固い気持で自身を支えておったのう。じゃが固い芯は限界が来るとポキッと折れてしま
う。折れる寸前じゃったのう」
「次に二枚目のカード」と言って裏返した。
「これが現在のカードじゃ」
すこし間をおき、
「皇帝の正位置。ほう……。
成功する人間というものは成功すべきして成功したのじゃ。無謀に見えても採算は合
たということじゃ
端から見て無茶でも綿密な計画と強い意志があれば成功するということじゃ。良い方に
向かうかも知れんな」
「三枚目、これが未来のカードじゃ」
「ほう……」
立花の緊張が更に増し思わず目をつむってしまった。
ゴクリ、と唾を飲んだ。
喉が急速にすぼまっていく。
「運命の輪、正位置。最高のカードじゃ」
「えっ? 最高のカード?」
「そうじゃ、このカードの意味するところは幸運じゃ。幸運の訪れは唐突なもの。予測していない時に不意にやってくる」
「しかし動揺すると人は地に足が付かなくなりせっかくのチャンスを潰してしまう」
「よいか? もうすぐ幸運が訪れようとしている。しっかりつかむのじゃ」
「あっ、はいっ」
立花は息だけの返事をした。
「最後にゆっくりこの硯に筆を浸しこの紙に一の字を書いて下され、それが、助言、戒めの道標となる」
「はいっ!」立花の心の底から出た返事だった。
そしてゆっくりしっかりと一の字を書いた。
字は自身に満ち溢れていた。
「ほう……」
「一面では成功に近い所までいける。しかし一箇所暗雲の相がある」
その言葉を聞き 立花は血の気が引いた。
老翁はそう言ってフレームが薄緑色に輝くホタルの光のような虫眼鏡を取り出し、ゆっくり一の字を見た。
一瞬レンズが夕焼けのように輝いた。
「渡米しなされ。研修後日本に戻り、半年以内に必ずあなたは同期を追い越す。勿論、渡米の試験も受かる。日本にいても今より悪くなるばかりで辞職を考えるようになる。人望もなく誰も救ってくれない、だから行きなされ」
「ただし……」
老翁の声が大きくなると同時にロウソクがゆらゆらゆれる。
「ムラサキに気をつけるのじゃ。ムラサキの暗雲が見える」
「ムラサキ? 色の事ですか? 醤油もむらさきって言うし……いったい……」
震える声できいた。
「ムラサキじゃ、わしもそれ以上は、わからん。ただ暗雲、ムラサキが見える」
「ムラサキって、いったいなんのことだ…」立花はひとりごちた。
「信じるも信じないもあなた次第じゃ。あなたに幸運が訪れます様に」
そして立花には聞こえないように「幸運が近づいている」と老翁は呟いた。
「あっ、ありがとうございます」狐につままれた思いで立花は返事した。
「先生。チャレンジします。千円で本当によろしいですか?」
「何度も聞く必要はない」
「あっ、はいっ、じゃ、千円。ありがとうございました」
もっと聞きたい衝動にかられながら立花は席を立った。
「ムラサキってなんだろう?」
来る日も来る日も考えたが立花はわからなかった。
頭を切り替え迫ってきた英語の試験に没頭した。
一ヵ月後立花は見事に合格した。
なんと応募は二百八十七人もあったのである。そんなに難関ということも知らず最初か
ら受ると信じリラックスして受けたのが立花にとってまたとない力となったのだ。
日米英会話学園の半年はあっという間に過ぎた。
仕事は一切せず立花の大好きな英語を朝九時から午後三時までやって終わりだった。天
国だった。
そして待ちに待った渡米の日が来た。生まれて初めて乗るビジネスクラスであった。
クリスマスシーズンで空の上から機内サービスで日本にいる家族にメッセージを添え花束か可愛いオルゴールのどちらかを贈るサービスがあった。
迷わず立花は娘とそして音楽の大好きな妻のためにオルゴールを選んだ。メッセージにはこう書いた。
「やっと夢が叶ったよ。俺、やったよ! 応援ありがとうね。じゃ夢に向ってテイク・オフ! 弘」
そしてアルコールが弱いにも拘らずせっかく出してもらった黄金色に輝く、泡がプチプチはねるウェルカムシャンパンを一気に飲み干した。
ニューヨークの生活は本当に夢のようであった。
アメリカ人は絶対時間外労働はやらず五時丁度で終わった。
「五時に帰れるなんて社会人になって初めてだ」
と立花は呟いた。
仕事は資産運用で、立花の専門の証券運用部門初め、M&A(企業吸収)など基本的には日本にはない最先端のセクションであり、日本で今後花形部門になることは間違いなかった。
「チャレンジしてよかった」心の底から立花は思った。
すぐに立花は仕事を教えてももらう隣の席のゲーリーというニューヨーク出身の生粋の
ニューヨーカーと友達になった。
彼はスタッテンアイランドから黄色いフェリーに乗って出社してくるのだ。
ゲーリーは同い年で、子供はいないが結婚していて奥さんはブリンダといい中学校の教師だった。
気が合い殆ど毎日ランチを一緒に食べた。
ゲーリーの家に招かれたのはまだニューヨーク到着後二週間しかたっていなかった。そ
のくらい気が合った
立花の英語はつたなく、いわゆるジャパニーズイングリッシュであったが、ゲーリが
合わせてくれた。
それに南部のカリフォルニアの巻き舌英語と違い東部のニューヨークのそれはイギリス
に近く、母音の発音がはっきりしており日本人の立花にはうってつけであった。
ある日の金曜日、ゲーリーから、スーパーボールの決勝戦が明日あり、それを家に見に来ないかと誘われた。
二つ返事でオーケーしスタッテンアイランドまで片道一ドルの黄色いフェリーに乗り向った。
途中自由の女神がまじかに見え感動的だった。港につくとゲーリーは日本のトヨタ、カムリで迎えに来てくれた。
「ここがスティーブンセガールの家だよ。彼の写真はスタッテンアイランドの全てのレストランで見る事ができる。ここのヒーローさ」
と教えられ、まさに観光客気分でゲーリーの家に着いた。まるでおとぎ話のような二階建の真っ白な一軒家だった。
家に入ると太ったニューヨークジャイアンツのイメージカラーのグリーンのティーシャツを着たアメリカ人がいた。
「こいつは俺の幼馴染みのデイビッドだ」とゲーリーが紹介してくれた。
「初めまして」とお互い映画のように握手をしたが、デイビッドは上の空でテレビに釘付けになってポテトチップスを食べていた。
そして奥さんと挨拶した。ブリンダと名乗り自然に握手の手をだしてきた。一瞬ハグではないのかと安心したような寂しいような複雑な気持ちになったが握手の出し方があまりにも自然で感心してしまった。何より感動したのはまじかで見たブロンドヘアー、ブルーアイだった。本当に美しいと思った。
テレビの前のテーブルには山ほどのお菓子があり立花の目に止まったのはデイビッドがポテトチップスをサワーオニオンマヨネーズに浸して食べていることだった。程なくブリンダも浸して食べ始めた。目ずらしい食べ方だ。アメリカ人はこうやって食べるのかと立花は妙に感心して見ていた。そのよこには二センチくらいのまん丸の茶色のものがあった。食べてみるとマッシュルームでその中にガーリック、ミンチ、玉ねぎなどが入っていて初めて口にする味だった。とても美味しく関心していると ブリンダが「これはスタッフドマッシュルームといってアメリカのつまみの定番よ」とコメントした。
アメフトのルールを良く知らないまま立花はグレイのダラス・カウボーイズ対グリーンのニューヨーク・ジャイアンツの試合を見ていた。
途中トイレを借りバスルームに入るとバスタブの上からロックンロールがガンガン流れていて、ふと見るとラジオが点けっぱなしであった。
「あれ、消し忘れ忘れかな。なんでこんな所にラジオがあるのだろう?」
と思いながら元のソファーに戻り、
「ゲーリ、ラジオがお風呂にあったよ。つけっぱなしだったよ」と言うと、
「ロックンロールは俺の全てさ。朝から夜までつけっぱなしさ、アメリカ人はみなそうさ
「なぁ、デイビッド?」とゲーリーは言った。
デイビッドは「ァ、ハン」と言いながらも目はテレビから話さなかった。
立花は信じられず、
「朝からかい?」ときいた。
テレビを見ていたデイビッドが、急に立花に振り向き、「そうさ、朝からさ」と呟いた。
そして「アメリカ人は心の底からロックンロールが好きなのさ」と付け加えた。
へー、と感心したが英語でどう返事すればよいか分からず立花は一言、「グレイト」とだ
け言った。
試合はニューヨークジャイアンツが勝った。
翌日、いつものように仕事が終わるとゲーリーが、
「どうだ弘、軽く一杯行かないか? ソーホーに素晴らしいハードロックカフェができたんだよ」
立花は「またやかましいロックか……、あまり飲めないしつらいな」と思いながらも、
「まあいいや、いつものようにそこそこたったら別の所に移動すれば良いや」と心で呟き、
「よっし、行こう」と返事した。
ゲーリーの酒はとてもスマートだ。
絶対強要してこないし、短い時間のあっさりした飲み方で、飲めない立花にはとてもそれが助かり気に入ってもいた。
そんな楽しい日々は瞬く間に過ぎていった。
本当に掛替えのない夢のような時間だった。
素晴らしい月日はあっという間に過ぎた。
そして帰国一週間前、ゲーリが
「オールマン・ブラザーズ・バンドのチケットが手に入った。明日行かないか? ヒロシ」
と聞いてきた。
「オールマン・ブラザーズ・バンド? 何それ」
「古いバンドで殆どのメンバーは事故などで死んでしまった。今残ったメンバーで再結成し再び活動し始めたんだ。ちょっと危険なバンドでね。マリファナとかクラックとかシュルームの歌を歌うんだ。ニュヨークではヒーローさ」
「シュルーム?」
「ああ、幻覚を起こすマッシュルームさ。アメリカではそうだな、高校生がよくやるな」
「えー、そういうバンドなんだ。そういうのも面白そうだね。行こう。いいよ」
「オーケイ、じゃあ明日仕事帰りにいこうぜ。七時スタートだ。スィー・ユー・トゥマロウ」とその日は別れた。
「さあ行くぞ、ヒロシ」ゲーリーは凄く嬉しそうだった。
六時にホールに着いた。少し時間があるので隣のショットバーに行き、いつものバドラ
イト小瓶でビンのまま乾杯し飲んだ。まるで映画のワンシーンだった。
つまみはホットウィングという手羽先の辛いタバスコ炒めのようなものである。辛いが
立花は好きだった。ゲーリーは飲む時は殆ど食べない。とくに日本でいうネギのような匂
いの強いものは絶対食べない。ただひたすら飲み続ける。それは始終するブリンダとのキ
スのためだ。見るたびのこちらが赤くなってしまった。
「さあそろそろ行くか、ヒロシ」とゲーリーはポケットからマネークリップにはさんだド
ル紙幣を出し十五ドルテーブルに置くと席を立った。
アメリカ人で財布を持った人間を立花は見た事がなかった。マネークリップなんてこれ
もまた映画みたいだなといつも感心して見ていた。勘定はいつも交代交代だ。
ホールに入るといつもの雰囲気との違いに立花はすぐに気付いた。
よく見ると来てる連中、つまり客層が全く違うのである。革ジャン、チェーン、モヒカ
ン狩り、刺青、鼻、口、耳は勿論、瞼、頬、あご、喉。額までピアスしている連中がうじ
ゃうじゃいた。
酔いが醒め怖くなった。
そんな立花をゲーリーは「怖いのか?」とからかった。
「そんなことはないが……、早く席に行こう」と立花はゲーリーを誘い、席をさがした。
「まだここの席方がましだ。ああ怖かった。しかしえらい所にきてしまったな」と独りごちた。
さあドライアイスと共に幕が開いた。
大きなスクリーンにいきなりマッシュルームが写り演奏がスタートした。
「これが、シュルームか……」「曲も何か幻想的な曲だな」と立花は感じた。しかし、いや
な曲ではなかった。ゲーリーに聞くと「ライト マイ ファイアー」だ、といった。
席は丁度ど真ん中の一階席だ。
三十分ぐらいしたところで場内を見渡すと皆紙コップから何かを飲んでいた。
ゲーリーに、「皆何飲んでるの?」と聞くと、後ろを指差し、後ろのドアの向こうでビールを売っていて皆それを飲んでいるのさ」と笑っていった。
「飲んでも良いのかい?」
「普通のコンサートなら絶対飲めないし、禁煙だ。だからショーが始まったら店はクローズだ。しかしこのバンドは特別なのさ」と言うとデーリーは席を立って後ろに行ってしまった。
程なくビールを二杯持って戻ってきた。
「そら、ヒロシ、飲めよ」と言ってぽいと立花に手渡した。
立花は、「ありがとう、もう帰国も近いし、よし今夜はもういいや、飲めないけど飲んじゃお」
「チアーズ」音のしない紙コップをあわせ、飲み始めた。
日本のガキバンドと違い、完全に不良の親父バンドだった。それなりに本当にカッコよ
かった。アメリカにはこういう生き方があるんだと思った。音楽も独特の雰囲気、まさにドラッグの香りがした。一時間ぐらい経った頃だった。
立花は、「おいゲーリーここはタバコもオーケーなのか? 前の奴が立て続けに吸ってる
ぜ」
「いやあれはタバコじゃなくマリファナだ。吸いたいか?」
「えっ、マリファナ? あれがそうなのか…、いいのか? まあ吸ってみたいとは思うけど、でも……、ゲーリー持ってないだろう?」
するとゲーリは何を思ったのか前の赤いキャップを反対向きに被った男の肩をぽんぽん叩き小声で何か話した。
まさか、と思ってると、なんとそのキャップの男は振り向き様に今点けたばかりの長細い四センチほどのタバコらしきものを立花の目の前に差し出した。
立花はあっ気に取られ迷っていると、キャップの男は、「そらっ」とウィンクし、白くて先が細くなった手で細長く丸めたマリファナを立花の顔の前に持ってきた。
凍り付いていると、
「エンジョイ、クレイジーガイ」と立花に押し付けるように手渡し、再びウィンクをし、 何事もなかったかのようにまたバンドの方を向いてしまった。
ゲーリーがあごで「吸えよ」と言ってきた。
「えっ」と言いながらもアルコールで急加速している好奇心に勝てず、恐る恐る一口吸ってみた。
なぁんだ、タバコと同じじゃないか、と思った。
立花を見ていたゲーリーは、
「駄目だ、吸ってしばらく息をとめるんだ」と言った。
立花は言われるままにした。しかし何ともなかった。
もう一回やったが同じだった。
そして三回目をやった途端、体のどこかのスイッチが入り血液が急に回り始めたのをはっきり感じた。
そして次の瞬間、何もないのにケラケラ笑い始めた。
ゲーリーに話し掛けようと思っても笑いが止まらず話しかける事ができなかい。涙も溢れ、あまりのおかしさに何と小便まで漏らしてしまった。
その自分自身がおかしくてたまらず、又笑い出す始末だっだ。ケラケラ笑っている間にコンサートは終わってしまった。
別れ際ゲーリーは、
「楽しかったな、いい思い出にしてくれ。スモークをやると アイ・ビカム・ストーンと言ってな、石になるという意味だ。それぐらい、あとがだるくなる。まぁ、元気の前借りをしたようなものだ。明日は休みだからゆっくするんだ、ヒロシ」
「じゃあ」
「テイク ケアー ヒロシ」と別れた。
翌日おきたら夜の七時だった。
何度も起きかけたがだるくて起きられなかったのだ。
やっぱりゲーリーの言った通り「石」になってしまった。
這いつくばって、やっと歯を磨き自分に戻った時は夜中の十二時を過ぎていた。
そして残り六日は何も起きず平穏に終わった。
「ゲーリー色々本当にありがとう」
ケネディー国際空港で、涙をため、途切れ途切れに立花は続けた。
「ゲーリーのお陰で……、アメリカの一年間は、本当に最高だった……。本当にありがとう」
「かわいい奥さんのブリンダによろしくな。日本に来た時は必ず必ず、電話くれ」
ゲーリーも、、
「ああ分かった。俺も本当に楽しかったよ。日本人で友達になったのはヒロシがはじめて
だ。気をつけて帰ってくれ。キープ・イン・タッチ…。ユー・アー・ナイス・ガイ、ヒ
ロシ」
と言ってくれたゲーリーの青い目も光っていた。
立花は涙を拭きながらただただ広いケネディーエアポートのJALのカウンターに向っ
た。
テロで凄い数の警官がいる。
スーツケースを預け小さなバッグ一つ抱えX線のゲートに向った。
何も持っていないが非常に物々しいため緊張しながら手提げバックをベルトコンベアーに乗せ、ゲートを通ろうとした瞬間、空港警備員が呼び止めた。
どきっ、として立花が振り返ると空港警備員はジェスチャーで、
「靴を脱いで靴もコンベアーに載せ、裸足でゲートをくぐってくれ」と言ってきた。
びっくりしながらも、「イエス」と指示に従い、くぐると何もアラームは鳴らなかった。
「良かった」と思う間もなく今度はゲートの外で空港警備員が待ち構えており、
「両手を大の字に伸ばしてくれ」と言ってきた。
その通りにするとバットのような棒で頭の先から足の先まで全身くまなくチェックしてきた。腰辺りに棒がきた時、
「ピー、ピー」と警告音が鳴った。
立花の心臓は止まる寸前だ。
「ユー ヒャブ コインケース?」
と聞いてきた。
「イエス そっ、そうです」とあわてて小銭入れを取り出し手渡した。
もう一度棒が近づいてきたがもう鳴らなかった。コインケース以外は何とかアラームも
鳴らなかった。ぐったりしてベルトコンベアーで運ばれた荷物と靴を受け取り、椅子に腰
かけ靴の紐を結んだ。
安堵の溜息と共にふっと見上げると、綱をつけていない黒い盲導犬がいた。
「可愛いな」と思い、頭をなで立ち上がろうとした瞬間、その犬がいきなり、噛みつかん
ばかりの勢いで吼えかかってきた。
「ウッ、ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン!」
間髪入れず警察官が三人飛んで来て犬を静め、いきなり立花をはがいじめにした。
真青になった立花をアメリカの馬鹿でかい男が脇にかかえ、荷物といっしょに別室に連
行した。
警察官は立花を裸にするまでもなく、すぐに着ていたジャンバーのポケットから吸いかけのマリファナを見つけ出した。
「あ……しまった、あの時のマリファナだ」
あのときの吸いかけをまた部屋で吸おうと思いポケットに入れて帰ってしまったのだ。
と同時に立花に戦慄が走った。
「あっ、あの占い師が言ったムラサキとは紫色、つまりマリファナの煙の色だったんだ。
しまった……」
「どうしよう、俺はどうなるのか……」
法廷にて
映画のワンシーンのように裁判官は、手錠の立花に、
「被告、立花弘は前科もなく更正の余地が充分にあり、懲役一年、罰金一万ドルとする」といった。
「そんな馬鹿な、助けてください。弁護士さんお願いします」
「申し訳ありませんができません。しかし真面目に努めれば三ヵ月で出られます。
ただ……、アメリカの刑務所はなんと言うか……その……日本とは違い風紀が悪いので充
分に気をつけて下さい。
くれぐれも短期を起こして命を絶つようなことだけはしないように。私もこれから日本
大使館へ行って来ます」
「弁護士さん、せめて、せめて、独房に入れるよう働きかけて下さい」
「いや独房は凶悪犯が入るところであり、あなたの罪はそれには当たらないのです……
でも、一様申請はしましょう」とすまなさそうに言った。
「おい、見ろよ、あれ日本人じゃねえのか? めずらしいぜ、可愛いぜ、まるでガキのイエローモンキーだ」
「あのケツ、まだバージンだぜ」
「フェッ、フェッ フェッ。今夜が楽しみだな」
「うっまそうだぜ、ところでボス、何人で回しやす?」