ふと、大学時代のクラスメイトが使っていたハンドルネームを思い出した。「ゾファス」という名前。
気になって調べてみたら、古代ギリシャの哲学者アポロニウスが書いた『ヌクテメロン』という文献に登場する守護霊の一体だった。「パンタクル(護符)を司る者」という設定で、全84体いる守護霊の中の一柱らしい。
このヌクテメロン、簡単に言うと「魔術師が修行で通る12段階を描いたガイドブック」みたいなもの。各段階に7体ずつ守護霊がいて、それぞれが「恐怖」「欲望」「自由意志」みたいな概念を象徴している。
第1段階:悪徳を克服する 第6段階:自由意志を獲得(ゾファスはここ) 第9段階:偉大な秘密(アポロニウスいわく「この段階は沈黙すべし」) 第12段階:最終完成
という感じで、RPGのレベルアップシステムみたいな構成になってる。「火が三つの舌で神を讃える」とか「星々が互いに語り合う」みたいな詠唱っぽいフレーズが並んでて、中二心がくすぐられまくる。
で、これに関連して有名なのが「ソロモンの72柱」。17世紀の魔術書に記された、王様が封印したとされる72体の存在たち。こっちは実用的な召喚マニュアルで、それぞれに:
階級(王、公爵、侯爵、伯爵など)
率いる軍団の数
召喚時の姿
できること
が細かく記されている。
例えば:
「召喚者を透明にする」
「地震を起こせる」
「恋愛成就させる」
「正しく命令しないと嘘をつく」
「不注意だと召喚者を殺す」
とか。最後のやつ怖すぎる。
でも一番グッときたのは、35番目の存在「マルコシアス」。
グリフォンの翼と蛇の尾を持つ狼の姿で、口から炎を吐く。かつては天使だったが、1200年経った今も天界に戻りたがっている。
これだけ物語なんですよね。他が能力説明だけなのに、こいつだけ感情がある。1200年も経ってるのにまだ帰りたいって...泣ける。
あと、20番「プルソン」は「獅子の頭で、熊にまたがって現れる」らしく、くま好きとしては「乗られる熊の気持ち」が気になった。毎回獅子頭の変な奴に乗られて大変だろうな...。
読んでるだけで呪われそうな雰囲気だけど、こういう設定資料って創作のヒントの宝庫ですね。ガンダムとかゲームでもよく使われてるのも納得。
◆カッコいい設定 vs 親しみやすさ
で、ここまで読んで思ったんですよ。
**全員めちゃくちゃカッコいいな...**って。
「地獄の竜に乗って口から炎を噴く」「世界の秘密を知っている」「1200年天界に戻りたがっている」。どれもこれも壮大で、ビジュアルも設定も完璧。
それに比べて自分が書いてる『神さまの婿』の登場キャラたちは...
・水族館デートで緊張しまくる内気な男子高校生
・遠くから見てた子に会うためだけに神さまになった女子高校生
・人間も神さまもアブラゼミを本気で捕まえに行きそう
...なんというか、スケール感が違いすぎる。
72柱の存在たちが「地獄の階層」とか「軍団の数」とか語ってる横で、うちの人間も神さまたちも「あ!あそこにアブラゼミいる!」「待って!網持ってくるから!」とか言ってるわけで。
でもね、どっちに感情移入できるかって言ったら、絶対後者なんですよ。
「地獄の大公爵」って言われても、正直「へぇ〜すごいね」で終わっちゃう。遠すぎるし、実感が湧かない。
でも:
初デートで手を繋ぐタイミングに悩む
夏の終わりを惜しんで一緒にセミ捕りする
限られた時間しか一緒にいられないと知っている切なさ
これは刺さる。
マルコシアスの「1200年経っても天界に戻りたい」という設定は確かに泣けるし、ドラマチックだと思う。でも、鈴の「ほんの一年しか一緒にいられないから、今この瞬間を大切にする」っていう切なさは、もっと身近で、もっと痛い。
「神さまなのにアブラゼミ本気で捕まえに行く」っていうギャップも、考えてみれば完璧なんですよね。72柱の存在たちに「セミ捕り得意な悪魔」なんていない。「地震を起こせる」「恋愛成就させる」はいても、「夏の午後にセミと格闘する」やつはいない。いや、向こうがそれやったら台無しだけど、こっちはぜんぜんアリ。
そこが勝ちだな、って思ったんです。
壮大な設定やカッコいいビジュアルも素敵だけど、結局読者が求めてるのって「共感できる感情」とか「自分の日常に近い温度感」だったりするんじゃないかって。
神さまが人間と同じ目線で、同じ空気を吸って、同じ季節を感じて、同じ虫を追いかける。その「普通さ」の中にこそ、「永遠と有限」「神性と人間性」みたいなテーマが生きてくるんだと思う。
『神さまの婿』は「親しみやすさ」と「切なさ」が同居してる作品だから、読者の心を掴めるんだろうな、と。
72柱のカッコよさとは別ベクトルの強さ。
アブラゼミを本気で捕まえに行く神さまたち、最高じゃないですか。
この話を悪魔好きの人に話したら「お前とは絶対に分かち合えない」と言われました。