• 異世界ファンタジー
  • SF

(先行公開)第54話 展示

「訓練展示ぃ……?」
「『委員長』がやれっちゅうんだ。しょうがねぇだろ」

 『湾岸暴動』の真相がマスコミを通じて議会を揺さぶった頃、ドーベック市保安隊は、リアムが念願としていた幕僚組織と3コ歩兵連隊、そして騎兵大隊と砲兵大隊を擁する程に|拡張《増強旅団規模》していた。
 保安隊は通商路の警護や重要施設警備、失業者の受け入れ先としての役割を果たしていたとはいえ、それでも「毎日が実戦」となる警察局よりは全然マシな業務量をこなしていた。(検察と刑事と公安とを取り扱う公安刑事部を始めとして警察局が異常なのは置いておいて、だ)

「よぉ、皆、元気してたか」
「|委員長《リアムさん》!? 気をつけぇ!」
「楽に休め」

 そんな保安隊本部に、面倒事が持ち込まれた。

「今度な、商会のお得意様が来る――というか大挙して押し寄せるんだわ……」
「何故です?」
「会長曰く『機が来た』んだと」
「はぁ」

 軍人には理解できない破滅的行為が、行われようとしていた。


****


「最終弾、だんちゃ~~~く、今!」
「突撃にぃ~! 進め!」

 最終弾着を模擬した花火がピュルルル、ドンと爆ぜた後、這いつくばっていた保安隊員が号令を受けて着剣小銃を抱え一斉に立ち上がる。

「突っ込め~~~っ!」

 喚声が轟き、爆破された鉄条網中に黄色い小籏で示された「突撃路」からゾロゾロと隊員が陣地へ突入し、藁人形に空砲をぶっ放しながら銃剣を突き刺す。

「こちら2中隊、橋頭堡の確保に成功!」
「こちら連隊本部、了解」
「騎兵中隊は橋頭堡から躍進、敵後段の襲撃を実施せよ!」
「こちら騎兵中隊、了解!」

 電話通信している。という体で拡声器越しの展示が行われ、直後|騎兵銃《カービン》を帯びた騎人が演習場を上手から下手へと駆け抜けた。
 おーという歓声と、まばらな拍手が鳴る。

「こちら騎兵中隊、敵竜騎兵を確認!」
「こちら連隊本部、了解 砲兵中隊は直ちに対空戦闘を準備せよ!」
「砲兵中隊了解!」

 黄色い風船がぷか~と放出される。 『ワイバーン』を模擬したものであったが、対空標的としての役割はアレで十分果たされる。

「撃ち方用意、撃て!」

 バババン。命中を期待して装填される散弾と、威嚇を期待して装填される激光弾が一斉に発射されて風船を粉々に撃墜する。激光弾に充填されたテルミットとマグネシウムが、それぞれ派手に視界を塗りつぶす。
 おおっという歓声が湧いて、続いてざわめきがあった。

 聞いてないぞ、こんなの。

「このようにドーベック市保安隊は、|あらゆる《・・・・》脅威からドーベック市、及びカタリナ商会を防護するため、日夜厳しい訓練を積み重ねています! 続いて、観閲行進をご覧頂きます!」

 ロイスのアナウンスを受け、儀仗隊がチャッ、チャッ、チャッ、と行進してきて儀仗をそつなくこなした後、音楽隊が行進してきて見事な隊列変換と派手な行進曲をジャンジャカ鳴らした。

 |行進間、部隊の威信を示す《共通教範『部隊教練』》|場合は、水平の腕振りをする。《第三節より》

 誰の目から見ても、目の前の『劣等種』が、素晴らしい統率と練度の下にあるのは明らかであった。端的に言えば格好が良かったのだ。

「皆様、会長が夕食会を準備しております」

 ひな壇まで無理やり引いた市営路面電車に|商《客》人らを詰め、|リアム《保安委員長》はふぅと息を吐いた。
 あとは|商会側《カタリナさん》の仕事だ。


***


 何だ、あれ。

 自慢の全装術船でドーベックに乗り付けた私は、目を何回か擦った。
 まず、遠くに得体のしれない巨大構造物があった。それは巨石でできていて、暫くして水を湛えているのだと分かった。

 カタリナ商会。

 貴族相手の珍品行商と、劣等種相手の商売をしていると聞いていたが、最近になって急にその名を聞くことが増えた。
 彼らは、どういう訳だか、アルミ製品を始めとする各種高価値商品を安価に売り始めたのだ。こうなれば商売上がったりである。市場は正直だ。こちらも値下げせざるを得ない。
 そのうち、我々もカタリナ商会の要求に従って取引を始めた。彼らは珍しい鉱石や地金、作物や書物を要求したが、宝石や美術品には興味が無いようだった。「商会紙幣」というアルミが箔押しされた証券は、各種商品と良好なレートで交換することができた。

 暫くこうした美味しい取引を続けた後、どういう訳か、品物の値段が急に跳ね上がり始めた。小耳に挟んだ原因は、戦況の悪化と品物の不足だ。カタリナ商会はその頃になって、アルミ以外の品物を『市場価格』で流し始めた。
 その頃だった。「お得意様へのお誘い」という手紙が届いたのは。

 美辞麗句と社交辞令とを取り除けば、その手紙の中身は『ドーベック市を見に来たら良い取引があるよ』というものであった。
 正直行きたくなかった。あそこは大穴の近くに所在しており、殆どの勢力が蓋をし、或いは手出して大火傷をしてきたからだ。

 だが、好奇心と、従業員の生活があった。
 そして最初に見たのが、『ダム』という構造物だ。自然を制御するという無謀は、魔法をもってしても難しい。それを無理やり『クソでかい石』というシンプルだがあまりに強引な方法でやっているのだ。

 あいつ、なんでもしやがる。

「バート様ですね? お待ちしておりました。昼食のご用意が出来ております」

 船から降りると、身なりが整ったヒトに案内され、単純ながら整った馬車に乗せられて昼食会へと案内された。
 今ではやたら高くなった肉やらパンやらが大量に並べられた立食会の中に、幾つか見知った顔があった。

「ヴェルナー、お前も呼ばれてたのか」
「バートか、久しいな」

 互いに、言いたいことは分かっていた。

 どんな魔法を使いやがったんだ、|アイツ《カタリナ》は。

 次いで、商会は精錬工場へと見学者を案内した。
 そこでは|アルミナ《Al₂O₃》が氷晶石と共に釜で煮込まれ、そこに雷を通じてアルミが生まれていた。
 術者はどこだ? カタリナか?

「ここではダムの電力を活用して精錬が行われています。このようにして得られたアルミ地金が既存品より高品質で、かつ遥かに安価であります」

 あの巨石にそんな意味が。無知を恥じることすら許されず、ただ戦慄があった。
 そしてダムを登らされた。よく見ると、この街が劣等種によって作られ、そして炎によって動かされていることに気付いた。奴隷も、魔法も居ないのである。なのに、こんなにも豊かで、そして莫大な生産力を以て市場を破壊しているのだ。

 ゲームのルールが変わる。

 カタリナが、帝国経済を破壊したと言って良かった。その威力の源泉が、ありふれている――精々が農業と鉱業しかできないような――『劣等種』を急に『知性化』して『生産力』として使役していることを、|彼《商人》らは瞬時に理解したのだ。
 この魔法を何とかしてカタリナから吸収しなければならない。そうしなければ、我々は競争に負けるどころか、競争に参加するできない。

 なのに、魔力が感じられない。何故だ?

 ダムの展示放流に圧倒されながらも、彼らは必死に魔法の匂いを嗅ぎ取ろうとした。しかし、その無駄な試みは、却って自然の雄大さと工学の威力とを身に沁みさせる以外の効果を挙げなかった。

 だが、彼らには一応の余裕があった。

 帝国の武力があれば、貴族が団結すれば、この街も、カタリナも国有として管理されて我々の競争相手では無くなるだろうという留保が、最後まで脳裏にあったからだ。

 夕方、だだっ広い平原に案内された。
 畑かと思ったが、違うようだった。


****


「皆様、本日は遠くからご足労いただきまして、ありがとうございます」

 そこには、明らかな無能が居た。
 彼女からは、エルフが生来持つ魔力というものが全く感じられなかったのだ。

「弊商会は、今後とも皆様と良好な関係を維持したく考えております。今日御覧頂いたのは、弊商会の持つ|実力《・・》のほんの一部であります。皆様、お気付きになりましたか?」

 彼女は、世の中全てをバカにしたような微笑みを、一瞬全体へ向けた。

「これまで|我々《支配種》が、どれほどの富をドブに捨ててきたのか」

「そして、それが最早許されないことが」


****

毎話このように先行公開しておりますので、ぜひこの機会にサポーターへのご登録をご検討ください!

コメント

コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する