• に登録
  • 現代ドラマ
  • エッセイ・ノンフィクション

初稿

時間がないので、外出の移動中と待ち時間に初めてスマホで書いた

以下、クリスマス企画の初稿
これを推敲してなんとか数日以内に……



既読をつけて返信できないままのスマホの画面を見ながら俺はとほうにくれている。
「今年のクリスマスイブはバイトで帰れないの お母さんにも伝えてくれる? それからもしかしたらもう二度と家には帰らないかもしれない これはお母さんたちには内緒ね」


四つ年上の隣のお姉さん
ずっと憧れていた
親の反対を押し切って遠くの国立大学に進学したけれど、アパートの保証人になる以外はえんじょは全然無くて、奨学金とアルバイトでやり繰りしているのは聞いていたけれど、そこまでこじれていたなんて


子供の頃から「手に職をつけて地元で就職して、こっちの人と結婚するのが一番」そう母に言われ続けてきた
父は何も言わなかったけれど、母の言葉を無言で肯定しているのは伝わってきて、その生き方は母の人生そのもので

「お隣さんも旦那さんとは別れちゃったみたいだけれど、手に職をつけていたからちゃんと生活出来ているでしょう」

お隣さんは母子家庭で、お母さんは看護師をしている
夜勤も結構多くて、そのたびに幼い息子さんをウチで預かっていて、それはそれで私も弟が出来たみたいで楽しかったけれど、その生き方は私とは相容れないもので

私はこの「市」とは名ばかりの田舎町から出たかった
せまくて濃い人間関係
勉強が出来ることより、スポーツやケバいファッションやテレビドラマの話題に精通している方が尊ばれる価値観

スポーツと言ったってオリンピックやプロ選手を目指すほどでも無く、ファッションと言ったって所詮はイオンに入っているブランドかしまむらだ
テレビドラマであってNetflixの海外ドラマじゃないし、ついでに映画もイオンシネマでかかる作品ばかりで、単艦ロードショー系の映画の存在なんて、もしかしたらウチの高校でも知っている人はいないかもしれない

音楽、映画、小説、…およそ文化と名前のつくものは、私と私以外のこの町の人とは価値観はちがっていた



母さんが遅番や夜勤の日には隣の家に泊めてもらっていた
お姉さんは、本当のお姉さんみたいによく遊んでくれた
時々難しい話もしたけれど、ゲームやおしゃべりも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた

やがて俺がひとりでも留守番できる年になって、お泊まりでお世話になることはなくなったけれど、母さんが夜勤をするクリスマスイブだけは、毎年お呼ばれしていた

母さんも隣のおばさんも、「手に職をつけて地元で働くのが一番」とよく言っていたから、俺も自然とそう思うようになっていた
ほのかに恋心を抱いていたお姉さんを俺が養っていければ、そんな気持ちから、やがてその時には自分が建てた家で暮らしたい、という夢を持った



母から「お隣の息子さん、隣の市にある工業高校に行くつもりらしいわよ」と聞いたのは、私が高3、彼が中2の時だった

ひとりっ子で母子家庭だった彼はわりと早い時期にスマホを買ってもらっていて、LINEのやり取りは時々していたけれど、そんな話は聞いたことがなかった

「偉いわよねえ。建築科に行って大工になりたいんですって。ちゃんとこっちで出来る仕事を今から考えてるなんてねえ」

ちょうどその頃、県庁所在地にある国立大学に進学したい私と、高卒で市役所に就職して欲しい両親とで諍いが絶えなかった頃だった

地域で一番の進学校というか、唯一の県立の普通科高校である母校からは毎年ほんの数人のその国立大学に行く生徒の他は、医療系の短大や専門学校に何人か行くくらいで、就職組が多かった

母は「ウチの娘には市役所受けさせるつもりで」と言いふらして外堀を埋めにかかっているつもりのようだったが、私の決心も固かった

最終的には、無利子の奨学金の審査に受かること、就職は大卒公務員として市役所を受けること、アパートと保証人と敷金礼金までは出してやるが、以後はアルバイトで生活することを条件に父が折れてくれた

隣の彼は、「姉ちゃんが戻って来る頃には俺もちょうど就職だな」と目をキラキラさせて言った

幼い頃から一緒にいた彼にも私の気持ちはわかってもらえない、それが辛かった



県庁所在地も充分田舎だったけれど、じっのある町よりはよほどマシだった
何より、ここには私の気持ちをわかってくれる学友がいた
「まわりの『勉強するのはカッコ悪い』って同調圧力キツかったよねー」の言葉が通じる環境は、生まれて初めてのことだった

しかし現実は厳しい
時給がいいから始めた居酒屋のアルバイトは決して楽なものではなかったし、そこには地元の町にもいたようなタイプのバイト仲間もいて、居心地もいいとは言えなくて

そんなある日、いわゆるウェイ系のバイトの同僚が言ったのだ「動画配信」儲かるよ、と

まあ、流れもある程度決まってるし、不文律っていうの? そんな感じ
薄着でコメントに返事しながら雑談して、チラッと見せたり、ね
アンタいい声してるし人気出るんじゃね?と

彼女の配信日時を教えてもらって視聴してみたけれど、アレはムリだと思った
顔を隠しているとはいえ、公開ストリップみたいなものではないか
しかも有料でマスターベーションまでしてみせるという、モザイクなしで

せっかくのお誘いだけれど、とお断りして考えた

そこまで稼がなくても小遣い程度なら…
探してみると本の朗読というカテゴリを知った

オークションサイトで白いワンピースと麦わら帽子、ピアスみたいに見えるイヤリングとストレートでロングヘアのウィッグを買った
手芸屋で大きな空色の布を買った

布で生活感あふれる室内を隠して、椅子に座って斜め後ろから撮影

脚は素足で、腕や肩も出した絵に描いたようなあざとい後ろ姿

最初は青空文庫をタブレットで読むのをろくがして流した
時々脚を組んだり組み換えたり、ちょっとした動作だけつけて、淡々と

読むのに慣れて、少しだけお気に入り登録してくらる人も増えた頃、生配信をしてみた
章の切れ目とかに、いったん読むのを止めて、コメントを読んだり返事をしたり
それで一気にフォロワーが増えた

読む本のリクエストを受け付けるようになると、さらにフォロワーが増えた
Twitterのアカウントを作って生配信の時間を告知することを覚えた

Amazonの欲しいものリストにリクエストされた本を載せることを憶えた
ついでに個人的に欲しいものも載せて

そんなある日、ウェブ小説を読んで、作者から通報されて、アカウントが凍結された

お小遣いとしては、そこそこの稼ぎになってきていたから痛かった
慢心とはこのことか、と思い知った
生まれて初めての挫折らしい挫折だったかもしれない

けれど…

フォロワーの中に出版社の人がいた
ちょっとアダルトな小説を出しているところ
その人から、自社の新刊を読むことを提案された
時々衣装を指定されることがあるかもしれないが、それは向こうで用意してくれると言う

名前を聞き、出版社に電話して実在する人物であることを確認してちゃんと契約書も交わした
配信サイト運営とのトラブルは全て出版社側で対応してくれる
私は本のタイトル、電子版の買い方、Amazonでの注文のリンクを配信中に表示する

顔は映らないようにするにしても、ポルノ小説を読むのは恥ずかしかった

けれど、フォロワーは爆発的に増えた
声優の事務所からスカウトも来たけれど、それはお断りさせてもらった
むしろ、出版社とのコネクションが出来たことが大きかった
それとなく営業補助の事務職員としての採用もちらつかせられたりして



友だちが「スゲー動画見つけた」と言ってきたのは中3の冬の初めだった
「スゲーいい声でエロ小説を朗読するの! たまにこっちからのコメントにも返事してくれたり 脱いだりはしないんだけど、アレやべーよ」と

帰ってから自室でイヤホンをつけてその配信を見てみた
…びっくりした
間違いない、隣のお姉さんだった

家からの仕送りはないって聞いていたけれど、だからってこんなことをしているなんて…

知っている人なら他にも気付く人がいるかもしれない

俺以外の男がこの配信を見て、この声を聞いて発情していると思うと腹わたが煮え繰り返るような気がした

素知らぬふりをして、「クリスマスはどうするの 久しぶりに会いたい」とLINEした

「姉ちゃんが好きだ 俺が建てる家で一緒に暮らしたい」

勢いに任せてそう送信してしまって、慌てて二つ目は消したれど、一度送信したメッセージは自分には見えなくても、もう向こうの画面から消すことは出来ないとは知らなかった



…やっぱり通じない人には、どうしても通じないものなのだ
私は絆とかそういう言葉が好きな田舎にはもう帰りたくない
そこではわたしは異分子だ
なのに、家族や、ずっと隣で暮らしていた人にすらその感情は理解してもらえない

「クリスマスはアルバイトで忙しい」と返信して、可愛かった『弟』にはもう会えないのだ、と確信した

2件のコメント

  • 黒猫屋さん、こんにちは。
    この度は『bittersweet』に素敵なレビューをありがとうございました✨
    上の初稿↑を随分迷って、読まないことにしました。
    作品として上がってくるのを待ってます(๑•̀ㅂ•́)و✧
    それではまたー。
    ありがとうございました🎄
  • 早瀬さん、こんにちわ

    諸般の事情でなかなか時間が取れません(>_<)
    たぶんクリスマスが終わった頃に、その「諸般の事情」をnote に書くと思います

    ではでは、ごきげんよう
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する