狭いアパートの一室に、男が二人いた。
一人は田村、四十代半ばの独身男。
無精髭にしみついた汗臭さが、彼のだらしなさを物語っている。
もう一人は中村、二十代の大学生。
どこか頼りない笑顔を浮かべた彼は、田村の部屋の隣人だった。
「田村さん、本当に豚飼ってるんですか?」
中村が笑いながら訊ねる。
「いや、そんな大げさなもんじゃない。ただの趣味みたいなもんさ」
田村は、テーブルの上の小さなプラスチックケースを指差した。その中には、豚の形をした小さな陶器の置物が並んでいた。
「ほら、これなんかいい出来だろう?海外旅行で買ったんだよ」
田村が誇らしげに説明するのを、中村は相槌を打ちながら聞いていた。
「でも、なんで豚なんですか?」
「宗教みたいなもんだよ」
田村の言葉に、中村は首を傾げた。
「いや、別に信仰とかじゃなくてさ。豚ってのは、不浄なものを食べて綺麗になるって言うだろ?それが面白くて集めてるんだよ」
中村は曖昧に笑いながら、目の前の置物を手に取った。重さの割に冷たい感触が、妙に心地悪い。
「それにしても、アパートで動物とか飼えないのに、よく管理人に怒られないですね」
「まあ、隠れてやってるんだ」
田村が悪戯っぽく笑った。
その日から、中村は頻繁に田村の部屋を訪れるようになった。
理由は単純だった。田村は話が面白い。
特に彼の収集している豚の置物には、一つひとつに独特なエピソードがあり、それを聞くのが楽しかった。
ある日、田村が新しい置物を見せてきた。陶器の豚にしては不自然なリアリズムが、奇妙な印象を与える。
「これ、リアルですよね。どこで買ったんですか?」
「これは特別だ。作ってもらったんだよ」
「作ってもらった?」
「そう。俺がその素材を用意して、職人にお願いしたんだ」
その言葉に中村は目を丸くしたが、特に深くは考えなかった。むしろ、そのリアルな置物に見惚れていた。
数週間後、中村は大学の友人に誘われて飲みに出かけた。
その帰り道、ふと田村の部屋が目に留まった。カーテンの隙間から、白い光が漏れている。
「まだ起きてるのかな」
軽い気持ちで中村はドアをノックした。
応答はなかった。けれども、鍵は開いていた。
「田村さん?」
中に入ると、異様な臭いが鼻を突いた。獣の臭い、血の臭い、そして何か焼けた臭い。
リビングには、豚の置物が無造作に並べられていた。その数は以前よりも格段に増えている。中村は背筋が冷たくなるのを感じた。
「田村さん?」
その時、棚の奥から小さなノートが目に入った。表紙には「‘素材’リスト」と書かれている。
中村は震える手でノートを開いた。そこには日付と名前、そして「提供済み」の文字が並んでいた。
最後のページに書かれていた名前を見た瞬間、中村の心臓が凍りついた。
そこには、自分の名前があった。
後日、田村の部屋は空き家になっていた。
管理人に尋ねても、彼がどこに行ったのかは分からないと言う。
しかし、中村の姿を見た者は誰もいなかった。