戦後四年、共和国のゴシップ誌風
『週刊レディ・リパブリック』
西暦三〇一九年 春の特大号
巻頭大追跡
戦死したはずの“白い声”は、いま敵国将校の妻?
――真珠、湖畔の官舎、そしてふくらんだお腹。
女の一生には、いくつかの“着せられる名前”がある。
娘。学生。軍人。婚約者。妻。母。
では――
戦死者という名前を着せられた女が、そのあと別の国で奥さまになっていたとしたら?
そんな馬鹿な話があるものですか、と、最初は編集部でも笑いが起こった。
けれど、笑いながら集めた断片を机の上へ並べるうちに、だんだん誰も笑わなくなった。
この話の主人公は、アサ・イオトセ少佐。
そう、あの首都炎上の夜に行方不明となり、後に二階級特進のうえ戦死名簿へ記された若い女性将校である。
遺体は見つからず、親元へ戻ったのは、焼け、黒ずみ、鎖の途中で千切れた認識票の破片だけ。読めたのは名前と識別番号の一部だけだった。
これを見れば誰だって、「ああ、あの子はひどい死に方をしたのだ」と思う。
私たちだって、そう思っていた。
でも。
戦後、共同管理区域を行き来した女たちのあいだで、奇妙に同じ形の噂が繰り返し囁かれているのだ。
北方の湖のある官舎に、黒髪の若い夫人がいる。
首が細く、肌が白く、異国ふうの整った顔をしている。
目元だけが、ひどく軍人らしい。
しかもその夫人、最初の冬の終わりには、もうお腹が少しふくらんでいた。
……ねえ、読者の皆さま。
ここまで来ると、さすがに無視しづらくはありませんか。
目撃談その一
「あの方、どう見ても帝国の奥さまじゃありませんでした」
共同管理区域で洗濯石鹸と乾燥果物を売っていたという中年の女が、こう証言している。
「ええ、見ましたよ。護衛や従卒みたいなのを少し後ろに置いて、湖の方を歩いておいででした。
服は上等でしたね。地味だけれど、地味だからこそ良い生地だってわかる。
でも、帝国の奥さまたちみたいに“柔らかく見せる”歩き方ではなかったんです。
どこか、まだ命令を聞く側じゃなく、命令する側の癖が残ってる感じで。
ああいう女、見たことあります。軍の女です」
この証言だけなら、何とでも言える。
戦後には未亡人も、占領地へ移ってきた女官も、各国監督部の夫人もいたのだから。
だが、その女はさらにこんなことを言う。
「首に真珠をしていました。やわらかい色の。
でも顔はちっとも浮かれてなくてね。
ああ、この人、自分で欲しくてあの首飾りをしてるんじゃないんだ、って、なぜか思いました」
真珠。
ここで急に話が、ただの目撃談から女の生活へ寄ってくる。
首飾りというのは厄介だ。
愛の贈り物にもなるし、囲いの印にもなるし、家庭の秩序にもなる。
しかも男たちは、その重さを案外わかっていない。
目撃談その二
「あの大佐、煙草を家では吸わなくなったそうよ」
これがまた、夫人週刊誌らしい話である。
敵国将校の恋だの拉致だのより、私たちの読者が本当に気になるのは、たいていこういうところだ。
首都を焼いた側のある高級将校が、戦後しばらくして急に結婚した。
相手は黒髪の若い女。
妙に訳あり。
そして――
家では煙草を吸わなくなった。
なんでも士官クラブではまだ吸っていたらしい。
でも官舎では吸わない。
持ち帰らない。
匂いを落として帰る。
これを、男たちは笑い話にしたそうだ。
けれど私たち女は知っている。
こういう変化は案外、恋より先に家庭を語る。
つまりその女は、彼の命まで変えたわけではない。
けれど匂いの持ち込み方は変えた。
男の生活の末端を変えるのは、たいてい情事ではなく暮らしの方なのだ。
さらに妙なのは
その“若い奥さま”が、死者の名前の綴りにやけに詳しかったこと
共同管理区域の記録補記にかかわった第三国筋から、こんな話も流れている。
ある家の夫人が、共和国側戦没者名簿の綴り補記にひどく詳しく、病院船搬送控えだの仮名簿だの、いわば死者の名前を戻すためだけの紙切れを、必要なタイミングで持ってきた、と。
ねえ、ここで急に話が変わってきませんか。
もしそれがただの帝国貴婦人なら、そこまでしない。
しても慈善の顔だけだ。
でもその女は、どうも綴りの揺れに詳しすぎる。
どの母音が抜けやすいか、どの姓が誤記されやすいか、まるで自分の国の死者を拾うように知っている。
そしてこの一点だけは、私たちも背筋が寒くなる。
もし彼女が本当にアサ・イオトセだったなら――
彼女は敵国の家にいながら、自分の国の死者の名を拾っていたことになる。
こんな話、下品な不倫記事よりよほどひどい。
だって、これはもうただの男女関係ではない。
戦争の残り火が、敵国の居間へそのまま持ち込まれているのだから。
では、彼女は被害者なの?
それとも、裏切り者?
夫人週刊誌として、いちばん俗な問いをあえて書こう。
読者の皆さまの中にも、そう思った方はいるはずだ。
敵国将校の家で真珠をつけ、子まで宿した女を、共和国の女として許せるのか。
それとも、その女はやはり、国を売ったのか。
……と、男ならきっと簡単に言うだろう。
でも女は、そう簡単に切れない。
攫われた。
生かされた。
着るものを替えられた。
名前を替えられた。
それでも腹はふくらみ、朝は来て、家の中ではお茶も出る。
そういう生活の中で、人はどこまで自分でいられるのか。
どこからが裏切りで、どこからが生存なのか。
戦後を生きる女なら、ここで少し黙ってしまうはずだ。
なぜなら、彼女だけが特別に汚れているわけではないから。
私たちだって、石鹸をくれる兵には会釈をする。
共同管理区域の配給で今日の夕食をつなぐ。
敵と味方の境目は、戦後になると、女の台所から先ににごる。
だから本誌は、彼女を安く断罪する気にはなれない。
なれないけれど、だからこそ余計に、この噂は気味が悪い。
もしこれが真実なら、アサ・イオトセ少佐は死んだ共和国軍人であると同時に、敵国高級将校の若い妻でもあったことになる。
しかも、どちらも演技ではない。
そこが最悪に恐ろしい。
そして最後に、いちばん婦人週刊誌らしい疑問を
その男は、彼女を愛していたのだろうか。
ここで本誌は、うっかりロマンスへ逃げるつもりはない。
真珠を贈る男も、煙草を減らす男も、この戦争ではたくさんの都市と人名を焼いてきた。
愛していたから無罪、などとは言わない。
けれど、仮にその男が本当に彼女の夫としてふるまい、彼女もまた人前で「あなた」と呼んだのだとしたら。
そこには、単なる監禁よりも厄介な何かがある。
支配だけでも、保護だけでも、恋だけでもない。
もっと汚くて、もっと生活に近いものだ。
女を一人、戦場から攫ってくる。
軍服を脱がせる。
首に真珠を掛ける。
腹に子を宿させる。
それでやっと、自分の戦争が終わる気がする男。
そんなもの、愛と呼びたければ呼べばいい。
でも私たち女は知っている。
それは愛だけでは済まない。
生活という、もっと鈍くて逃げにくい地獄でもあるのだ。
結び
戦死者名簿に載った女が、どこかで本当に生きている。
しかも敵国の家で、夫と子を持ち、なお死者の綴りだけは忘れていない。
そんな話、三流の記者なら喜んで書くだろう。
そして賢い読者は、そんなもの鼻で笑うだろう。
でも、もしこの噂の核だけでも本当なら。
共和国が失ったのは、ひとりの若い将校ではない。
戦争にいちばん似つかわしくないかたちで生き延びてしまった、戦争そのものの証人だ。
そして、そういう女がいちばん長く、あとから効く。
だから本誌は、次号以降も追うつもりである。
湖のほとりの官舎。
真珠の首飾り。
煙草を持ち帰らなくなった男。
そして、紙の上では死んだままの女。
戦後とは、どうやら、こういう話のことらしい。
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この線で書きつづけられる技量が欲しかった
軍事と恋愛のオカルト